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2 アイザック様を観察した

 私と人間の殿方、アイザック様は挨拶を交わしました。そして。


「……マホウの、世界」


 アイザック様の言動からして、私が現在目覚めたこの場所は、私が冬眠する前とは大きく異なっているのだと理解しました。

 アイザック様には嘘をつく人間特有の一般的な生体反応変化バイタルリアクションチェンジも見られませんし、あくまで計測上ですが、私に対してあからさまな敵意を示してもおりません。

 ここは私SK20100―Rの個体維持のため、アイザック様を一時的な主人(マスター)格として従うのが、最良と判断しましょう。


「……ん?」


 ならば個体識別をより明確にするためにも、私はアイザック様の詳細を記憶しなければなりません。

 私は先程アイザック様に命じられた通り横たわったまま、アイザック様を凝視します。


「……え……ど、どうしたんだいサクラさん……」


 ――冬眠前の一般常識フォルダーと照らし合わせて判断するならば。

 名前 アイザック 姓は不明。

 性別 体付きと発声からおそらく男性

 人種 おそらく白人

 宗教 不明

 年齢 おおよそ二十代前半~後半

 身長 182㎝

 体重 おそらく65~70㎏前後

 外見的特徴 アッシュブロンド ダークブルーアイズ 白人種肌 

 ……となりました。身長だけは計測可能ですが、現代の常識が判らない以上、おそらく、おおよそというあいまいな表現を多様せざるをえません。

 これはもう少し詳しく、一般常識フォルダーにある『人間の主観――十代後半女子』を使用して情報を処理し、アイザック様を更に計測した方がいいでしょう。


 ――(計測中)――。

 ……なるほど、判りました。


「……アイザック様は……美男子です」

「――はっ?!」

「やや細身ながらそこそこの長身、そして理知的に整った引き締まった顔貌。全体を総合し――アイザック様は美形、またはハンサム、通俗的な表現を使うならばイケメンという言葉が適用される、成人男性と測定できました」


 あくまで冬眠前の一般常識、十代女子の主観からの計測ですが、こうしてよく見ると、やはりアイザック様は結構な美形男子のようです。

 特に額を覆うアッシュブロンドのから見え隠れする暗碧の瞳は、夜の海を思わせる深い色合いが素晴らしい。……人間のお嬢様方ならば、吸い込まれそうに美しい、とでもいうのでしょうか。冬眠前の世界ならば、モデルや映画スターにでもなれそうな容貌です

  

「……その容貌を活用するためには、身支度を整える事をお勧めします」

「うっ」


 ただ惜しい事に、アイザック様はまるで御自分の容貌を気にしてないご様子です。

 輝くアッシュブロンドは薄汚れ、中途半端な長さで半分以上顔を覆いボサボサ。睡眠不足なのか肌は荒れて目の下にはぶ厚いクマができ、美しい双眼はまるで牛乳瓶底のような眼鏡で覆われています。コンタクトレンズ、もしくは視力回復手術をお勧めします。


「特にお洋服は、是非ご再考下さい」

「うぅっ」


 ですがそれより何より……なんでしょうかこの服は?

 ボロ毛布を縫い合わせたような、ズルズルした長袖ワンピース、しかもフード付き。

 全く似合っていません。しかも体格にあってないのが最悪です。これでは快適な日常活動を大きく阻害する事は間違いないでしょう。これならば、格安量販店で買いそろえられる部屋着、スウェットスーツ上下の方がまだましです。


「……私だったら……」


 ……私がお世話させていただくならば、こんな不衛生で不自由な恰好は、絶対にさせません。

 楽で気軽な、それでいて清潔でどこに出しても恥ずかしくない恰好を、必ずや主人(マスター)のために用意させていただきます。――ええ、必ず。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――……。


―サクラっ!! そのTシャツ捨てるなよっ。気に入ってんだよ~っ―

―……命令(コマンド)ならば従いますが……もう襟袖口がボロボロではありませんか御主人様(マスター)。……それになんですか、このデカデカと書かれた『拳』の文字は?―

―カッコイイだろうっ。俺のサクラ婆ちゃんが、東方地区から持って来たモンだぜっ―

―……私の一般常識フォルダーにある『恰好良い』とは、違う気がします―

―判ってねぇなぁサクラ。カッコイイに常識は通用しねぇんだよっ―

―……判りません。御主人様(マスター)



 ……? またです。

 ……また現在起動している記憶領域内(メモリー)内には存在しないはずの、映像と音声です。

 ……私が御主人様(マスター)と呼ぶあの方が……冬眠する前の、私の所有者なのでしょうか?

 ……判りません。

 ……記憶領域内(メモリー)内に存在しないというのもありますが……何故か映像の

中の御主人様(マスター)は、まるでモザイクと音声変更でもしたかのように、その姿と声が判らないのです。

 ……これもまた、開かれていないプロテクトの一つなのでしょうか。

 ……だとしたら……プロテクトを解かなくては、私は御主人様(マスター)のお姿と声を知る事はできないのでしょうか。


「……どうしたんだい、サクラさん」

「……いいえ」


 なんでもありません、アイザック様。

 例え今のが本当に以前の御主人様(マスター)の映像と音声だったとしても、世界が変わってしまった今、その方が生きているかも判りません。

 いない方は、私の所有者にはなれないのです。……ならば思い出すだけ、無駄というもの。


「……とにかく私は、今のこの世界の事を知らなくてはなりませんアイザック様」

「……サクラさ――えぁっ?!!」


 私は浮かび上がった様々なものを振り払うように、勢いをつけて身を起こしました。

 そういえば私はまだ、開いた冬眠用の安置装置(ポット)の中にいたようです。

 私が安置装置(ポット)の縁に手をかけると、バシャリと音を立てて、生暖かい乳白色の生体維持溶液が飛沫をなって舞い、視界に入ります。

  

「さ――サクラさ!! ちょ、ちょっと!!」


 アイザック様が『驚愕』の表情になっておりますが、正式な命令権(コマンド)の無いアイザック様に、私を止める事はできません。


「……」


 ……何かが込み上げてくるのです。

 何かが、早く先程の光景を忘れろと、私にAI(人工知能)に訴えて来る。

 そしてその命令には、最優先で従わなければならないとも。

 ――早く――どうにかして――忘れないと――。


「待てと言ってるだろう!!」


 そんな私の肩を、アイザック様が掴みます。

 ――邪魔をしないで下さい。――でないと――。 


「――いくらなんでも、その恰好はまずいだろうサクラさん!!」

 

 ――えっ?


「……」

「……」


 鬼気迫るアイザック様の声に思わず動きを止めた私は、ふと自分の姿をまだ見ていない事に気付きました。

 ……といっても、さほどの問題は無いはずです。 

冬眠用の安置装置(ポット)に入っている限り身体異常をきたす事はありませんし、私はヒューマノイドですからこれ以上の老化もしません。

 それに恰好とアイザック様はおっしゃりましたが、安置装置(ポット)に入る時には冬眠用の生体保護服(プロテクトスーツ)を身につけているはずですから、濡れているとはいえ、さほど見苦しい事は――。


「――!!」


[一般常識AIから、『羞恥』信号が発信されました]

[発信を拒否します]

[更に一般常識AIから、『羞恥』信号が発信されました]

[発信を拒否します]

[『羞恥』が発信されました]

[発信を拒否します]

[『羞恥』が発信されました]

[発信を拒否します]

[『羞恥』が発信されました]

[発信を拒否します]

[『羞恥』が発信されました]

[発信を拒否し――……]


 処理できない発信信号に、私は思考処理は一瞬凍結(フリーズ)しました。

 今まで乳白色の生体維持溶液の中に横たわっていた私は、全く気付きませんでした。


「……」


 ですが私は――きちんと認識しなくてはなりません。


「い……今何か持ってくるから、だから……もう少しその中で……」


 私は今――全裸であると。


「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ?!!」

「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ?!!」


 サイレンのような悲鳴を上げた私は、先程からずっと、一般常識フォルダーの中の、『十代後半女子の主観』を使用して情報を処理していた事に、今更ながら気付きました。


 ……どうりで、発信された『羞恥』信号が強すぎて、押さえきれなかったはずです。


 人間の感受性を疑似体験するには良い主観なのですが、突発事態に弱いのが欠点です。

 そんな事を反省しながら、私はアイザック様がシーツのような大きな布を持って来て下さるまで、人間のお嬢様方のように部屋中に響き渡る悲鳴を上げ続けたのでした。


 ……アイザック様、お許し下さい。

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