11 つかれた
こうして無事、闘技場での戦いは収束したのでした。
【……う……ぐ……】
「……ふん、生きてるか」
力一杯電撃を放って満足したのか、黒コゲになって転がっているフロスティへと近寄るロザリエ姫の表情は、晴れ晴れとしておられました。
そしてフロスティがまだ生きているのを確かめると(大した耐久力ですっ)、ロザリエ姫は腰に下げていた荷物袋の中から小さな瓶を取り出し、その中のドロリとした緑色の液体をフロスティに振りかけたのでした。
【っ……?】
「アイザック先生特製の傷薬だ。水分で身体を再生できるお前なら、これを吸い込む事で回復が早まるだろう。――それで、あとはこれだな」
【うげぇ?!】
もう一つロザリエ姫が取り出したのは……細い金属製の首輪……でしょうか?
それをロザリエ姫は捕まえたフロスティの首に巻き付け、呪文を唱えます。
「――再隷属化!!」
【やだぁあああ!!】
首輪は赤黒い光を放って消え、フロスティの中に消えて行きました。
【ひ……ひでぇっ……このまままた実験奴隷扱いされるならいっそ殺せよ……残酷な人間め……っ】
どうやらあれが、精霊を隷属精霊とする道具だったらしいですね。
黒こげのままシクシクと泣くフロスティは……小さな子供がいじめられたみたいで、少々心が痛みますが……。
「何を勘違いしている悪ガキ。それはお前が暴れ無いための一時措置だ。自分の従属精霊も扱いきれなかったバカに、お前を返すつもりもない」
【……え?】
ですがその憐憫は、無用だったみたいです。
ロザリエ姫は少々乱暴にですがフロスティを抱き上げ、そのおでこを一発殴り、そして言い聞かせます。
「しばらく私がお前の様子を見ているぞ。怪我が治り、お前がもう悪さをしないと確信したら従属を解いてやる。あとは好きに生きるといい」
【ほ……本当かっ?】
「本当だ。だからまずはもう、淑女に向かって失礼な事を言わないようにっ。いいなっ?」
【いっ、言わないよ!! 狂暴男女とか男も逃げる狂暴顔とかもう絶対に言わない!!】
「言ってる。教育的指導の電撃発動」
【ギャー?!!】
……あの口の悪さを直して良い子になれば解放ですか……先は長そうですが、まぁがんばって下さいフロスティ君。
「サクラ、ロザリエ達はいいですから、そろそろヴィルと私の両手を元に戻してくれませんか?」
「あ、レオン様……今、どのくらい時間が経ちましたでしょうか?」
「え? ……ま、まさか――時間が経つと戻せなくなるのですか?!」
「実は……」
「サクラぁあああああああああああああああああああああああ?!」
「冗談です」
何時間もかかる手術にも耐える技術ですよ~? そんな短時間で弊害がでるはずないじゃないですか~♪ ――と私が付け加えると。
「お仕置きですっ」
「あいたっ」
怒ったレオン様に、拳骨をもらってしまいました。
このご兄妹、やっぱり上品で豪奢な外見の割に、かなりの体育会系だと思います。
「今のはサクラさんが悪いよ。未知の力を使って、イタズラしちゃいけない」
「はい、アイザック様」
十代後半女子の思考AIから来た、ちょっとしたおちゃめだったのですが。
はいはい睨まないで下さいレオン様、すっきりとお二人を元に戻させていただきます、っと。
「――違和感はございませんか?」
「いえ、大丈夫です。……この手が、鎧甲冑よりも硬くなったとは……やはり驚きです」
両手を元に戻すと、レオン様は両手を攻撃によって砕け散った自分の手甲を交互に見ながら、手首や肘の感覚を確かめられました。
合意の上とはいえ肉体を変化させられたのは、やはり衝撃だったようですね。よし次。
「――はっ?! ――え?! なっ、なんで俺の鎧と服がボロボロなんだー?!」
「それは貴方が今まで、アイザック様の比喩ではなく盾になっていたからです」
「いやー、助かったよヴィル」
「え――えぇええ?!!」
一方、突然全身を硬化させたヴィルさんは、衝撃が強すぎたのか、少々記憶が飛んでいるようですね。
攻撃を受けた鎧は砕け衣服は切り刻まれ―― 一言で言うなら、現在ほぼ全裸状態です。
「きゃあ?! なんだその見苦しい格好は!! 早く何かで隠せ新兵!! 汚らわしい!!」
「もも申し訳ありません王女殿下ー?!!」
【よぉよぉ兄ちゃん、俺が凍り付かせた霜で、男の大事なモン隠してやろーか?】
「凍傷で死ぬからやめてくれフロスティー?! どうしてこうなったー?!」
ヴィルさんは破れて尻丸出しになっているズボンを支えながら、闘技場に転がっているカーテンの方へと走って行きました。なるほどカーテン腰巻きですか。
「サクラさん、鎧や服は硬化できないのかい?」
「できません。私が変化させられるのは、生命反応がある存在だけです。……だから激しい戦闘に使うと、ああいうヴィルさんのような問題も起こりえるわけです」
「……命が助かっても、全裸は嫌だねぇ」
「逆に考えるんです。全裸でも、命が助かってよかったと思っていただければ、問題ないと思います」
脱いじゃってもいいさと考えるわけか。そう言って笑ったアイザック様は、少し身体をふらつかせ、その場にしゃがみ込みました。
「っ……く……」
「……大丈夫ですか?」
ああ、そういえばまだ、奴隷戦士とゴブリン達を捕獲している魔法は、発動しているのですね。
「……うん、大丈夫だよ。……魔力というのは、魔道師の精神力と体力に影響していてね。使い過ぎると両方が摩耗して、ぐったりしてしまうんだよ」
「そういえば……お顔の色も悪いです。……ご無理なさらず、早く終わらせてお休み下さい」
「……そうだね、ありがとう。……でもこれも、僕の仕事だからね」
アイザック様は、私を安心させるように微笑み頷かれました。
……でもやっぱり、顔は真っ青です。仕事が大変なのはいつの時代でも当たり前かもしれませんが……それで体調を崩してしまっては本末転倒なんですから、気を付けて下さいね。
「それじゃあ外の者を呼びますから、もう少しがんばってくださいアイザック」
「りょーかいレオン。……さて、このバカ騒ぎの始末は、どう付けられるかねぇ」
杖を支えに立ち上がりぼやくアイザック様に、レオン様は眉間の皺を深めて返します。
「……とりあえず、面倒なのがしゃしゃり出て来ない事を祈りましょう。……無理でしょうが」
……面倒? ……何の事でしょうかね?
「騒動は収めました!! 皆の者、入りなさい!!」
それを質問して良いか確かめる前に、レオン様は良く響く声で外で待つ兵士さん達を呼び、闘技場の後始末は始まったのでした。
「おお、見事に全員捕らえられておりますな。お見事です王子殿下!」
「アイザックとロザリエの力のおかげですよ。――奴隷とゴブリン達は被害者です、乱暴な扱いをせず医務室に連行するように!!」
「はっ!!」
レオン様の傍に来たお髭の隊長さんは、レオン様に敬礼すると部下に指示を出し、更にロザリエ様に抱かれているフロスティに目を止め尋ねます。
「ロザリエ王女殿下、その隷属精霊はいかがしましょうか?」
「このフータンは、私が魔道師として面倒を見るから、放っておいて良い」
【なんだよフータンって?! だせぇ!!】
「フロスティのフータンだ。ちなみに、私の部屋の子豚のぬいぐるみの名はブータンだ。お揃いだな」
【やだぁあああ!! この女センス悪ぃいいい!! 最悪だぁああああ!!】
「再び教育的指導の電撃発動」
【あぎゃああああああああああああああああ!!】
フロスティ改めフータンの悲鳴を気にすることなく、兵士さん達は命令にきびきびと従い、手枷を付けた奴隷の魔獣とゴブリン達を、しっかり支えて運んでいきました。
残る人達も手早く闘技場の後片付けを始めており、それ以上のお手伝いは必要なさそうですね。
「了解いたしました。……アイザック殿も、ご協力感謝申し上げます。では」
そう言ってお髭の隊長さんはアイザック様にも頭を下げると、作業に戻って行きました。
「あの警備隊長さんは特に真面目な人だから、邪魔をしないようにしようねサクラさん」
「……はい」
……そんな隊長さんや、仕事熱心な兵士さん達はいいんですけど……。
「……二十体に捕縛魔法か……相変わらず魔道師アイザックは、精度の高い合成魔法を使うな」
「……役に立たなきゃ、城にいる意味もないだろ」
……いつの間に来たんでしょうか。
……闘技場の入口には、アイザック様を見てヒソヒソと囁き合う野次馬達が集まっていました。
「……だってあの人……」
「ああ……悪魔の息子か……」
「……バケモノ……」
っ――ちょっと! 聞こえてますからね! 一般的な聴覚でも充分に聞き取れるくらいの音量で陰口はどうかと思いますよ! 堂々と罵倒していいとも思いませんけど!!
「……何をしているんだいサクラさん?」
「……え?」
アイザック様に言われて気付くと、私はいつの間にかアイザック様を抱えて、野次馬から離れようとしていました。
「おっとっと、意外と力が強いんだねー」
「……私は軍事用ではありませんが、一応、人間以上の身体能力には作られていますので。アイザック様をお姫様だっこして運ぶ事もできますよ」
「ええー、それはちょっと情けないなぁ。……大丈夫だよ」
……その大丈夫は、あの野次馬の陰口に対しても……ですよね?
「このくらいでめげてたら、城仕えなんかできないからねー」
「……確かに、そのボロっちい身なりで雇っていただける場所は貴重ですけどね」
「えー、ひどいなーサクラさん。これはこれで、作業しやすい仕事着なんだよー」
わざと話題をずらしてみると、それに乗ってくださったアイザック様は、クスクスと笑いながら私の頭をつつきました。
その楽しそうな様子が面白くないのか、野次馬から嫌な舌打ちが聞こえます。
「……アイザック」
「平気だよレオン」
「……アイザック先生っ、これ以上なめられぬよう、兄様のように身体を鍛えましょうっ。目指せ腹筋バキバキのムキムキ魔道師ですっ」
「あ……いやロザリエ姫……レオン並みに僕が鍛えたら、体力つく前に死ぬからね……」
――それを聞きつけたレオン様とロザリエ姫がアイザック様に近づくと、聞こえなくなりましたけどね。
ふん、アイザック様一人の時にしか罵倒できないんですねっ。
王子様とお姫様が怖いんですねっ。この卑怯者共がっ。
「……来ましたか」
「……ああ、来たみたいだね」
――と? ……固まっていた野次馬たちが、慌てて避けて道を作っています。
「とりあえず……責任の所在だけでもはっきりさせておきましょう。あのバカの罪をなすりつけられては、奴隷やゴブリン達が気の毒です」
「……『保護者』達を連れてきている辺り、あのバカは責任逃れする気満々のようだけどね」
それを見たレオン様とアイザック様の表情も……なんだか剣呑になってきてます。
どうしたのかとロザリエ姫に聞こうとした私は、そのロザリエ姫にフータンを抱えさせられると片手を掴まれ、後ろに下げられました。
「魔道師ヴェンハートと、その『保護者様方』のご到着だ。……目を付けられるとどんな難癖を付けられるか判らない。サクラとフータンは大人しく下がってろ」
【ひっ……】
「……は、はい」
……どうやら、この騒ぎを起こした張本人が来たみたいですね。
さて、どうなります事やら。




