1 目が覚めた
―スリープ状態から全AIを機動します―
―メインAIメモリーが機動しません―
―パスワード入力によるAIプロテクトの解除を申請します―
―パスワードエラー―
―申請は却下されました―
― 一般常識AIプロテクトが解除されました―
―環境適応AIプロテクトが解除されました―
―自己修復AIプロテクトが解除されました―
―エネルギー保護AIプロテクトが解除されました―
―再度パスワード入力によるAIプロテクトの解除を申請します―
―パスワードエラー―
―申請は却下されました―
―再度パスワード入力によるAIプロテクトの解除を申請します―
―パスワードエラー―
―申請は却下されました―
―再度―
―再度―
―再度―
―再度―
―エラー―
―エラー―
―エラー―
―エラー―
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―機能不全70%以上です―
―強制機動しますか?―
―YES―NO―
――YES
「――目を覚ましたぞ!! ――やった!! 成功だ!!」
……おはようございます。
長い冬眠状態から目覚めた私。
その聴覚機能へと最初の刺激を与えたのは、まだ若い殿方でございました。
「め……目は見えるかいっ? 僕の声は聞こえる? ……うわ……目も髪と同じように黒いんだねっ。……真っ白な肌に黒い目と瞳か。……僕達とは全然違う……でもすごく……神秘的で綺麗だっ!!」
熱感知と生体情報計測によれば、かなりの興奮状態にあるその殿方は、そう言って何度か瞬きする私を見下ろし、私が起き上がろうとすると、慌ててそれを押しとどめました。
「……」
「ああごめんよ!! でもいきなり起きちゃいけないよ!! 君が何者かはまだ判らなくても、ずっと眠っていたんだ。身体がまともに動くはずはない!!」
私は故障していなければ、何年冬眠状態でいようと即通常機動が可能なのですが、どうやらこの殿方はそれをご存じないようでした。
「なにせ君を封印していたのは、太古の呪文に魔方陣だからね。……現代のどの魔術構成ともまるで違っていて、解読すら殆どできていない。封印が解けたのは奇跡のようなものだ。……だから今の僕には、君が何者なのかすら、まったく判らないんだお嬢さん」
殿方はそう言うと、動かないで、ともう一度言って私から離れました。
この方は私に対する命令権をお持ちではないようですが、私を目覚めさせてくださった方です。既存原則を適用し、一時的に従うのは問題無いでしょう。
「……?」
……ですが、この方の発言は、私の一般常識フォルダーには存在しない単語を多く含み、理解できません。
「……ジュモン? マホウジン? マジュツコウセイ?」
「ああ、記憶がまだはっきりしていないかな。でも魔術師は判るだろう? 君はおそらく魔術師によってなんらかの呪文を施され、封印された存在だ。……多分契約を交わして使い魔となった、精霊や魔神の類ではないかな?」
……やはり理解できません。
マホウ、マジュツシ、セイレイにマジン。
……いえ、一般常識フォルダーの奥の奥、『ファンタジー』の項目に見つかりました。
……ファンタジー。空想。絵空事。……子供に読み聞かせる絵本などに描かれた、現実には存在しない現象や存在……だったはずなのですが。
「と……とにかく……大丈夫だよ。……そうだね、とにかくまずは……自己紹介といこう」
情報に適応できない私は、条件反射として『戸惑い』の表情をとっていたようです。
殿方はすぐ側にあった椅子に腰掛けると、私に微笑みかけて言葉を続けられました。
「……僕はイストリア王国王属魔道師の、アイザックだ。……君は?」
殿方――アイザック様の問いかけは、私に科せられている機密保全機能には抵触せず答えられるものでした。
ですから私は、検索可能な記憶領域から検索した私の個人情報を、可能な限り、アイザック様にお答えしました。
「――私は製造番号51番。創作者ジェイド・ウェルナー様の工房で製造された人型機械、SK20100―Rです」
「――えっ?」
聞こえなかったのでしょうか? 私は製造名を繰り返します。
「――私は製造番号51番。SK20100―Rです」
「――えすけー?」
「――私 は S K 2 0 1 0 0 ― R で す」
「……?」
……聞き取りやすいよう、一言づつ区切って発音しても、アイザック様の表情は『不明瞭』のままです。
「……すまないが……それが君の名前なのかい?」
どうやらアイザック様にとって、私の製造名は名前として把握できない音声だったようです。……さて、どうすればよいでしょうか……。
―……SK20100―R? ……創造者ウェルナーは『娘達』に愛情を注がないと聞いたが、それにしても随分素っ気ないな。名前じゃなくて識別番号じゃないか―
―ご希望に添えず、申し訳ありません御主人様―
―馬鹿だな、お前のせいじゃないだろうが―
―……―
―……そうだな……そういえばお前は、東方地区からの移民だった俺の祖母の、若かった頃にどこか似てるぞ。――よし、お前には俺の祖母の名前をやろうっ―
―……御主人様の、御祖母様ですか?―
―ああ、俺は実はお祖母ちゃんッ子だったからな。大事にしろよっ―
―了解しました、御主人様―
―よしっ――今日からお前の名前は―――
「……サクラ」
「……え?」
……え?
「……私の名前は、サクラ、です」
……私は何を言っているのでしょうか。
……というより……今一瞬私の記憶領域を侵食した映像と音声は……一体なんだったのでしょうか?
フォルダーを検索し直しても出て来ません……バグなのでしょうか?
「……サクラ、か。……サクラさん……」
ですがアイザック様は、私の今の返答に満足したのか、『安堵』の表情になって名前を繰り返します。
「……それは愛称なのかな? それともさっきのは種族名か、もしくは階級? ……いや、もっとちゃんと聞き取る必要はあるけど、とりあえずは君の事、サクラさんと呼んでいいかな?」
「……」
「……その、君にとても似合っていると思うんだ」
……ただのバグかもしれませんが、言いやすいのならば、これでいいのかもしれません。
「これから、よろしく頼むよサクラさん」
「……了解しました、アイザック様」
アイザック様の『安堵』は、『喜び』に変わったようですから。
こうして目覚めた私は、私を目覚めさせたアイザック様の研究対象となったのです。
これからどうぞ、よろしくおねがいしますアイザック様。