8話 住処はどこか
ゲートを通り、シカリウス領まで飛ぶ。
あの後さすがに、というかどう見ても通常業務は不可能だと判断され、監査部の人達に邪魔だからとたたき出されてしまった。あそこまで迷宮のダメージが大きいと修復に伴う物資などが馬鹿にならないはずだ。おそらくその手はずが整うまではお役御免となってしまうだろう。
そして、なにやら報酬と引換にすることができるカードを一枚渡された。普通に働いていた頃は現場でそのまま報酬を手渡されていたのだが、今回は違うらしい。
とりあえず受け取りに行こうとバンクへ向かって歩いていく。
そういえば、アイン達とはゲートをくぐる前に離れ離れになってしまっていた。共に戦った仲間だ、解散となる前に別れを告げたかったのだがしかたあるまい。それに彼女たちのことだ、ランクアップしても慢心せず、これからも着々と力をつけていくことだろう。生きてさえいれば必ずまたどこかで再開するに違いない。
と、そんなことを考えていると、バンクまでたどり着いていた。
カードを職員が確認し、奥に引っ込んでから、報酬の金額が書いてある小切手を持ってくる。それを手渡されるのだが。
「……すごい金額だな」
書かれてあった数字の桁を見て驚く。現地で貰っていた給与とは比較にならない。なんでこんなに、などと思っていると。
「聞いたか?事故があったんだってよ。なんでも採掘中に野良魔物の巣を掘り当てちまったらしくて、内部はめちゃくちゃに荒らされちまったんだとよ」
近くで魔物たちがうわさ話てしていた。詳しく聞いてみると、俺が配属されたあの迷宮のこと…らしい。この話はすでにシカリウス領全体に広まっており、信憑性も高い、とのことだが。
「いや、どう考えても違うだろう。なんたって俺は当事者なんだし」
往来を歩きながら、ポツリとつぶやく。
俺は魔物達が攻めてきた原因の発端をこの目で見ている。デュミナス。あの狂気の瞳はそう簡単には忘れられそうにない。
そして、あの現場に立ち会っていたのは俺だけではない。途中で気絶し、すべての顛末を見ていないミーナだが、監査部に属していることから鼻も効くはずだ。恐らく真相はとっくに掴んでいることだろう。
ではなぜデタラメな噂がまことしやかに囁かれているのかというと。
「わざとデマを流したな。真実は闇の中、と」
聞けば、デュミナスはこのシカリウス領を治める4人の魔物の一人であるらしい。そんな人物があんな惨事を巻き起こしたとくれば、対外的には非常によろしくない。
とすれば、この法外な給与にも一応の説明はつく。労働の対価としての報酬。また、予期せぬ戦いに巻き込まれたことへの見舞金。そして、余計なことは喋るなという口止め料、といったとこだろう。
「なんだかなぁ」
はっきり言って納得はできない。が、今の俺には先立つものが必要なのも確かだ。この金に義理立てするつもりはないが、今はまだそのときではないだろう。俺はこれで執念深い。必ず仕返しはさせてもらう。
◇◇◇◇◇
さて、そんな訳で思わぬ大金を手にしてしまった俺だったのだが、掲示板に貼ってある不動産のチラシとにらめっこをしている最中だ。
「どんなところがいいんだろう。魔物の家についてなんて、俺はしらないぞ」
シカリウス領では魔物も人間と同じように、部屋を借りたりなんなりで、拠点を持って生活している。ここの外の魔物たちは……俺の知る限りそんな文化的な生活はしていなかったはずなのだが。
俺の隣でどの物件がいいかウンウン悩んでいる魔物を横目に見て、改めて、ここの魔物たちの人間くささに驚くのだが、それはさて置き。
「どれに決めていいかわからんな。直接聞いてみるか」
人を探そうと、店内に通じる扉へと進む。
現在、俺はまとまった金が手に入ったので、どこか部屋を借りようとしているのだ。
人間の心理とは不思議なもので、体も身に纏っているものもボロボロだったゾンビの頃は、そこらの通路の端っこにでも寝転がって休息をとっていても全く気にならなかった。しかし、姿形が人間と大差なくなった今はそれもどうかと思い、ちゃんとした生活を送ろうと思い始めたのである。
安い物件にしようと決めているとは言え、家賃代で定期的に出費をしいられることとなるだろう。 だが、レベル10のグールとなった俺には以前とは比較できないほど出来ることが増えている。より難易度の高い仕事をこなすことによって、給与もその分高くなるだろう。
アンデッドの身体を維持、成長させていくには魔力が必要だ。当分は金を全て魔力に当てようと思っていたのだが、これも必要経費のうちだと自分を納得させる。
「何か物件をお探しですか?」
入店してからぼんやりと考えていると背後から声をかけられる。
「ええ、グールなんですけど、どこか手頃な場所は……って」
振り返ると、声をかけてきた人の正体はミーナだった。
「なんでこんなところに…。というか身体は大丈夫なのか?」
「ええ、貴方様が迷宮で活躍してくれたおかげで仲間共々みんな無事です」
彼女と最後に会ったのはあの迷宮だ。無事だったということだけは聞いていたのだが、見たところどこか悪くしてる様子もなさそうだった。とりあえずは安堵する。
すると、今度は別の質問が口をついて出そうになるが、俺はそのまま口を閉じた。例のうわさ話のことだ。彼女なら事情を知っていることだろう。だが、おそらく教えてはくれまい。彼女はプロだ。真相はあくまで闇の中、例えあの迷宮の生き残りで、なおかつ原因を直接目撃した俺であろうとも上層部の許可なしには口を開くことはないだろう。
そんなことを考えていると。
「グレイヴ様…とお呼びしてもいいでしょうか。会っていただきたい方がいるのですが、少々お時間をくださいませんか」
「ん?……別にいいけど。どこへ向かうんだ?」
物件を探している最中なのだが、なぜだかミーナの用事が気になった。まぁ探すのはいつでもできる。今日を過ごす家もないのだが、仮に今ここで契約しても住むのは少し先の話となる。どの道今晩は宿を借りる予定だったのだ。
ミーナは笑って質問をはぐらかし、俺を案内し始めた。そこはかとなく嫌な予感がするのだが、彼女に限って…とも思う。
そうして連れられていった先は。
「東方スタイルの城……いや神社か?」
非常に大きな建築物だったことから一瞬間違いそうになったが、鳥居や狛犬のような石像などがあることから間違いないと思う。でもなんでこんなところへ、と奥へ通されながらも考えていると。
「やぁ、待っておったぞ」
白狐の獣人、楓が現れた。なんでこいつがここに?という風にミーナに目で問いかけてみたのだが、ニコリと笑い楓の背後の控えた。そういうことか……まぁいい。どうやらミーナが俺に会わせたかった人物というのは楓のことらしかった。
「よ、久しぶり…ってほどでもないよな」
「うむ!しかし妾は一日千秋の思いじゃったぞ」
ころころと笑っている。よくわからないが何やらゴキゲンのようだ。綺麗な白い毛で覆われた尻尾がパタパタと動いているのが見えた。
なぜ俺を呼んだのかがわからないが、楓はこの領の統治者の一人だ。会おうと思ってもそうそう会える地位にいる者ではない。ましてやわざわざ向こうから使いを寄越してくるなど、よほどの用があってのことなのだろう。俺は思わず身構えようとうとしてしまうのだが。
「そう構えずとも良い。妾はお主と話をしたかっただけなのじゃ。それに、前に家へ招くと約束したじゃろう?のう、グレイヴ」
「いや、それは楓が一方的に……ってあれ?」
楓が俺の名前を知っているということはさておき、なんだか心を読まれてしまったかのようなやりとりになってしまった。おかしいな、と思っていると。
「驚かせてしまったかの?すまぬな、妾は見通す力に長けておるのじゃ」
「俺の心が読めるのか?」
「そんな力ではない。ただ妾にはなんとはなしに、わかってしまう、というだけじゃ。相手の心の僅かな動き、その行動、願いまでもな。お主にわかりやすく言うなら、そう鑑定スキルというものがあるじゃろ?妾はその力でもってもこれまで多くの者の内を覗いてきた。」
ふむ。見れば楓には色々なものを分析するという事に特化したスキルが多くついているようだ。
「ただ、つい最近例外が現れおっての。妾が一番自信を持っていた鑑定スキルは効かぬし、危険から遠ざけてやろうとすると、むしろ自分から近づいていくしで、参ってしまっていたところなのじゃ」
困ったやつじゃろう、と俺の顔をわざとらしく覗き込んでくる。なるほど、そういうことか。
「迷宮探索部の仕事でなぜか後方任務に就かされたんだが、楓の仕業だったんだな」
さらに言えばアイン達、強力なスキルを持った部下がまわってきたのもそういうことなのだろう。監査の任務でたまたまあの迷宮の担当になった、と言っていたミーナも偶然というわけではなさそうだ。
「うむ!グレイヴにもしものことがあっては一大事だからの」
なんでそこまで俺にこだわるのかがわからない。よほど鑑定スキルの力を買われているのだろうか。しかし、楓の鑑定スキルレベル100があればこの世のすべての魔物、人間のステータスを見ることができるのは疑いようがない。なぜか俺だけ彼女のレベルを上回ってしまっているわけだが、俺ごときたった一人程度では大勢に影響など与えようもないのだ。無視しても何の問題もないはず。などと考えていると。
「……もっとも、その後の出来事については妾も見通せなかったわけじゃが」
急に低い声を出し、ぼそりとつぶやく楓。さっきまでのにこやかな表情から打って変わって、何の感情も移さない、能面のような顔になっている。
「っ!?」
あまりの豹変ぶりに息を飲んでしまう。見れば、彼女の足元から冷気が溢れ出し、その床をパキパキと凍らせている。
「お、おい…」
恐怖を感じた。恐らくは感情の均衡が崩れ、彼女の持つ氷属性の魔法が暴走し始めているのだろう。つい忘れがちだが、彼女のレベルは65。その気になればこのシカリウス領全部を氷漬けにしてしまうことだってできるはずである。
「うむ?ああ、妾としたことが。ついあの鬼子、デュミナスのことを思い出してな。グレイヴが生きていてくれてよかった。本当に良かった。もしもそうでなくば妾は……」
我に返ったとみられた楓は、またしても自分の内に沈み込み、濁った瞳でブツブツと何かをつぶやき始める。また氷の侵食範囲が広がっていく。一体なんなんだこいつは。
「稲荷様!」
慌ててミーナが楓に駆け寄り、何やら耳打ちをする。その瞬間ピクリと耳を動かした楓は。
「おお、そうじゃった!聞くところによればお主、家を構えるために物件を探しているそうじゃな!」
さっきまでの表情が嘘のように、満面の笑みで俺に詰め寄ってくる。冷気はやんでいた。どうやらシカリウス領が氷河期に包まれるのは回避されたらしい。
「あ、ああ。確かにそうだけど」
ギャップに戸惑いながらも、すぐ目の前にある楓の目を見て頷く。今更なのだが、非常に美しい顔立ちだと思った。こんな美人に詰め寄られると、なんだか、なんでも言う事を聞いてやりたくなってくる。
「そうであろう、そうであろう!そこでじゃ、その大任、我らに任せるが良い!」
「え?いやでも、そんなの悪いし、第一持ち合わせが…」
「何を言う!かの迷宮での活躍は聞いておるぞ。お主にはミーナを救ってもらったという恩義がある。そんなものなどきにするな」
そんなこと言われても。俺はただ生き残るために必死に戦っただけだ。ミーナのことが頭になかったわけでもないのだが、結果的にそうなった、という側面が強い。ましてや恩義などと……と考えていると。
「ええい、男子ならつべこべ抜かすでない!据え膳を食わぬは男の恥なのじゃ!!」
据え膳?なんのことだ?と思いつつも、結局押し負けてしまったのだった。