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7話 おれのなまえ

 ゴブリンシューター。耐久力を初めとしたステータスは普通のゴブリンとそう大差ないものの、やつらはより多くの知性を備え、弓を使った遠距離攻撃を得意とする。しかし、真に恐るるは弓ではなく、奴らの戦術眼だ。これと決めた獲物は決して逃さず、さながら狩人のように的確に相手を追い詰めていく。


 しかしながら今の状況はというと、何故かゴブリンシューターは敵の目の前にのこのこ姿を晒している。狙撃手が相手に自分の位置を知らせるなどは愚の骨頂であるはずだ。ではなぜか。この場合、相手を仕留めるのに絶対の自信があるからに他ならないだろう。その自信の正体はというと。


「光属性がエンチャントされた矢か。やはりさっきのはお前の仕業だな」


 先ほどのスケルトンが光に包まれ消えていった様子。あれはアンデッド族が光属性攻撃を受けたとき特有の消滅の仕方だ。そしてやつの矢筒にはその矢が入っている。間違いないだろう。こうして姿を現したのも、こちらが全員アンデット族だとわかっての行為なのだ。


「……………」


 チラリ、と背後のアイン達に目を向ける。全員身を隠し、ゴブリンシューターの射程には入っていないのだが、接近を許せばその限りではなくなるだろう。現在俺は彼女たちを背にゴブリンシューターと向かい合う形で立っているのだが、俺がここをどけば、どうなるかわかったものではない。


 ふと、ドライと目がった。腰をわずかに上げ、いつでも飛び出せるという意思表示をしている。ふむと唸る。彼女の考えが簡単に伝わってきてしまった。


 囮になるつもりなのだ。このパーティー内で最速を誇るドライがゴブリンシューターに襲いかかり、その隙をついて倒してしまおうというのだろう。見れば、ほかの皆も同じような目をしていた。その手を使えばおそらくこの危機から抜け出せるのだろうが、ほぼ間違いなく囮となった者は死ぬ。そんなことを受け入れられるはずもなかった。


 無言で彼女らを諌め、ゴブリンシューターに向き直る。出来ればもう少し優しい方法で試したかったのだが、仕方あるまい。俺は覚悟を決めてゴブリンシューターへ向かって疾走した。


「隊長!!!」


 背後から呼び止められるが、俺はその声を無視して突っ走っていく。と。


「グッ……!」


 ドスン、と胸に衝撃が走る。敵が放った矢が命中したのだろう。バカ正直に突っ込めばそりゃこうなるわな、と苦笑する。ステータスを確認すると、矢が刺さっただけでHPの9割近くを持って行かれていた。即死をまぬがれたのは幸運といえよう。


 しかし、次の瞬間にはエンチャント効果による光属性の特殊ダメージが待っている。それが来る前になんとかゴブリンシューターに手を伸ばそうとする。


「-----------」


 後一歩…なのだが。俺の牙は届かず、視界が聖なる光で満たされていく。すぐ目の前のゴブリンシューターが俺を嘲笑っているのが見えた。だが悔しいとは思わない。俺はやるだけのことはやった。矢を受けた今この時までも俺は俺のベストを尽くしたのだ。背後でアイン達が絶叫して俺を呼んでいるのが聞こえる。彼女達にはすまないことをしてしまった。足の感覚がなくなり、俺は光に包まれたままその場に崩れ落ちた。



◇◇◇◇◇◇



にやりとゴブリンシューターが笑いながら歩を進める。この先にもあといくつかの獲物が待ち構えているのはとうにわかっている。そして。


「貴様ァ!よくも隊長を……!」


「殺、す、殺す、殺す殺す殺す殺す」


 獲物が怒りに任せて飛び出してくることも。故に、最初の獲物はとっくに決まっていたのだ。わざわざスケルトンを最初に狙い撃ち、矢の効果を知らせてやったのもこの為だ。


 ------楽しい。哀れにも恐怖に駆られ、この迷宮へ押し寄せてきた魔物たちとは違う、理性あってこその愉悦の表情を浮かべながら矢を構えた。もはや遮蔽物はない。司令塔を失い、我を失った獣だけが残っている。故に------


「故に、俺の勝ちだ」


 背後からゴブリンシューターの腕を押さえつけ、射撃をやめさせる。


「…………ッ!?」


 驚愕の表情を浮かべているようだ。まぁそりゃ驚くだろう。


「狩りの楽しさでつい背後を疎かにしたな。我を失っていたのはお前も同じだったわけだな?」


 答えを聞かず、首を360°回転させてやった。ぐえ、と情けない断末魔を上げ、魔力に変わっていくゴブリンシューター。


 その魔力を回収すると俺の身体に変化が訪れる。ランクアップだ。煙が収まった頃には俺の体はゾンビのそれではなくなっていた。随分と動きやすい。今まで上体を支える力すら不足していたため、猫背気味だったのが、ちゃんとした姿になったため、視点が高くなっている。どうやら人間にしてはかなり上背があるようだ。さらに筋肉もほどよく付いている。


「おっしゃあ!これでもう足を引きずって、腕を突き出しながら唸り声をするお仕事から開放されたお!」


 テンションがあがっているのか、また自分でもよくわからないことを口走る。一体なんだこれ?と、そうしている間にアイン達が俺に駆け寄ってきた。


「ほ、本当にご無事なのですか」


「どうして…矢は直撃したはずなのに…」


 当然の疑問だろう。俺が知る限りでも、光属性の攻撃を受けて無事だったアンデットなど存在しない、ということになっている。


「うーん……愛の力、かな?」


なんてな、アハハ、と続けようとしたのだが、アイン達は急に目を輝かせ、しきりにうんうんと頷き始めた。よくわからないが、なんだかすごく納得してくれたようだ。


 まぁ実際のところそんなものは間違いなわけで。真相は俺の光魔法スキルにある。光魔法は総じて威力が高いのだが、消費MPもまた高い。そんなわけでグールとなった今の俺でも使用不可能なのだが、ひとつだけ使えている魔法があったのだ。レベル75で覚える光の加護というパッシブスキルである。光魔法をかなり極めなければ覚えられないかわりに、その効果は高く、光魔法系の攻撃なら全て無効化。さらに吸収して自身のHPとMPに還元してしまうというものである。


 初めてこの身体で目覚めた時、カールにポーションをぶつけられて無事だったのもこのスキルのおかげだったのだ。しかしながら、光属性にとにかく弱いアンデットに、本当に光の加護が付いているかどうかはやはり疑問が残っており、実際に試そうにも命懸けになることから、今の今まで確信が持てずにいたのだが、どうやら土壇場の賭に勝ってしまった、とこういうわけである。


 先も言った通り、アンデッド系はとにかく光属性に弱い。そのことを鑑みれば、この魔法はこの後極めて有効に働いてくれるに違いない。ぽわぽわとなにやらシャボン玉のような不思議物体を放出して頬を染めているアイン達を尻目にそんなことを考えていると。


「ん……、よく見れば敵の数が減ってきているな。そろそろオフェンスに回る頃合か」


 魔物の数が減っているということは、ビッグシャウトによって呼び寄せられた魔物達の大群もそろそろ弾切れになってきているということだろう。あとは最下層に向け進軍し、コアの安全を確保した後に残った魔物を殲滅すればいい。


「よし、最下層に援軍にかけつけるぞ。全員遅れるな!」


「了解!!」



◇◇◇◇◇◇



「うおおお!あんたはこの迷宮の英雄だぁぁ!!」


 感極まったのか、俺に抱きつかんと飛びかかってくる司令官であるオーク。


「不敬である!」


 それを各々の武器でもって、空中で迎撃するアイン達。


「おお、みんな強くなったなぁ」


 娘の成長を喜ぶ父親のような気持ちになる俺。


 あれから魔物を撃破しながら最下層まで降りていった俺たちは守備隊と合流し、迷宮内のすべての魔物の掃討を完了した。今は、あとからシカリウス領から駆けつけてくれた兵たちに迷宮の入口を固めてもらい、やっと一息つけたという具合である。


 司令官のオーク、名前はハゲルというらしい、は表面上こそ明るく装っているものの、心中穏やかではないだろう。勝利したとはいえ、被害も相当ひどいことになっている。非常時とはいえ、無理な起動を迫られたコアはその力を失ってしまったし、迷宮内にあったトラップ郡もガタガタになってしまっている。一番ひどいのは人員で、9割超が戦死、もしくは再起不能だ。こんな馬鹿にならない被害を出して、一体何を守れたというのだろうと思わなくもない。残ったのは瓦礫と山ほどの死人だけだ、などと考えていると。


「おい、アンタか?動力を直してトラップを発動させたのは」


 近づいて質問してきた魔物に思わず身構えてしまう。ひどく疲れた表情をしている。彼らは訳も分からず巻き込まれたクチだ。それがこんな風に弱ってしまった場合、こういう手合いが何をするか……。やり場のない怒りをぶちまける相手を探してしまうに違いない。それで手っ取り早く目に付くのが俺。俺がもっと早くトラップを作動させていれば。俺がもっとたくさん魔物を倒していれば。俺が、俺が、俺が。


「ああ、そうだ」


上等だ。こっちだって色々溜め込んでるものはあるんだよ。お前だけが苦しいと思うな。不敵に笑ってみせる。見れば、遠巻きにこちらの様子を伺い、ヒソヒソと話している魔物たちがいる。構わないさ。なんならここにいる全員かかってきたって…と思っていると。


「なぁ!よくやってくれたぜアンタ!」


「……は?」


 先ほどの疲れた表情とは打って変わって、笑みを浮かべて俺の背中をバンバンと叩いてくる。


「おおーい。やっぱそうだってさ。この仮面の兄ちゃんだよ」


 と、遠くにいた仲間をよびよせてくる。


「おお、オレの目に狂いはなかったか!」


「僕は見たよ。仮面の兄ちゃんが万を超える敵を相手に全くひるむことなく突撃していく勇姿をね」


「スゲェゼ、アンタハアンデッドゾクノホコリダ」


 わらわらと俺の周りに人だかりができていく。というか敵の総数は全部合わせても1000程度にしかならない、俺が戦った敵はさらに低い数字になるだろう。万はありえんだろうとツッコミを入れたかったが、皆が口々に感謝の言葉を紡いでいく。


 ここにいる魔物たちは例外なく辛い戦いを強いられ、恐らくは多くの仲間を失ったというのに、皆疲労困憊なものの、笑顔を浮かべている。


「………ああ、ありがとう」


 俺は自分を恥じた。強いのは彼らのほうだ。怒りをぶつける相手を探していたのは紛れもなく俺の方だったのだ。それに、守れたものならここにある。数は少ないがそれだけ輝きはとびきりだ。


「なぁ英雄殿、そういえば俺たちはあんたの名前を知らない。名を聞かせてくれ」


 名前か。そういえば今まで誰にも名乗ったことはなかった気がする。俺が生きていた頃の名前は思い出せないし、新たに作る必要があるだろう。それで、少しの間考えてみたのだが、一つだけ思い当たったものがあった。アンデット、仮面にあるRIPの文字、ならば。


「グレイヴ。俺の名前はグレイヴだ」


 恐らく、俺一人では名前を決めようなんて思考は生まれなかったに違いない。よって名前を考える機会を与えてくれた彼らこそが俺の名付け親なのだろう。それならば、この名は彼らのために。


 魔物は死ぬと魔力になって霧散する。死体は生まれない。だからきっと墓なんて文化も存在しないのだ。


 だから、俺は今日死んだ仲間たちの軌跡に。

 

 そしていつかは死んでいく仲間たちの姿を刻みつけた墓標になろう。


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