5話 迷宮を守るお仕事
「みんな落ち着け!ここでワシたちまで狂っちまったら全滅するぞ!」
ミーナを抱えて、迷宮の広場にやってくると、現場の最高責任者であるオークの魔物が必死になってほかの魔物たちをなだめている最中だった。あのオークも状況は把握しているらしい。兵たちの士気が落ちていればこれから始まる迎撃戦に勝利することは不可能だろう。とはいえ。
「こりゃまずいな。半分近くは使い物にならないか」
鑑定スキルを使って、周りを見渡してみると、ビッグシャウトのおかげで恐慌状態に陥ってる者たちが少なからずいる。同じ種族、同じようなレベルの魔物達とはいえ、当人の素質によって及ぼす効果に違いが出たのだろうか。
師団指揮スキルでなんとかできるかと考えもしたが、規模が規模だけに使用には相応の代償があるはずだ。この状況で自分が倒れてしまっては元も子もない。気を失っているミーナをほかの監査部の人に任せ、状況確認に努める。すると。
「正気を保っている者たちだけでいい、よく聞いてくれ!」
オークが声を上げる。
「ワシはこれからコアの起動に取り掛かる。その間にお前たちにはなんとか敵を食い止めてもらいたい。大軍勢が押し寄せてくるのはもう少し時間がかかるとは思うが、この迷宮の付近にいた者や足の速い魔物たちは直ぐにやってくるだろう。つらい戦いになると思うが皆奮起して欲しい」
話を終えると、各々のチームリーダーに通信機のようなものを配り始める。作戦としてはコアの起動までどうにかして最下層を死守するというものだ。ここにいる魔物たちだけではどうやっても自力での殲滅は不可能である。単純な戦力が不足しているのだ。
ならばコアを復旧させて、この迷宮に取り残されたトラップを駆使して耐え抜くしかない。防衛の配置場所をほかのチームリーダーと確認しあい、持ち場へと付いていく。幸いなことに俺の部下である彼女たちはビッグシャウトの効果を比較的受けておらず、とりあえずの戦力は整っている状態だ。
さて、ついに戦闘が始まる。今までで脅威と呼べる存在と相対したことは初めてではない。記憶に新しいのはデュミナス、始まりで言えばカール達だ。闘技場でもいくらかの魔物と手合わせしたこともあるのだが、本当に意味において生死を賭した戦いが行われるのはこれが初だろう。
まずどんな相手が現れるのかは不明で、戦闘が開始される直前でなければわからないのだが、一つだけ覚悟しておかなければならないことがある。俺たちが最弱の魔物であるゾンビだ、ということだ。
つまりどんな敵と出会おうが間違いなく俺たちより強い。楽な戦闘をこなしていくなど到底期待できそうもない。
そもそも、ゾンビ含む、アンデッド系の魔物達の行先は総じて茨の道である。最弱の魔物から始まり、運良く生き延びて大成したとしても、とある事により、やはり過酷な運命が待っている。弱点の存在だ。
優れている点と弱点は表裏一体の存在であり、どの種族も差はあれどそこは変わらない。ただし、アンデット系はその中でも特にそのきらいが激しいのだ。
将来的に肉体と魔法の技術両方を強化され、高い知性を持つに至るアンデットだが、その分光魔法をはじめとした聖なる力に絶望的なまでに弱い。
格下と敵対した時でも全く安心することはできない。その致命的な弱点ゆえ、土壇場からの大逆転というのが往々にして起こってしまうということだ。光魔法を使ってくる敵が今回現れるかどうかは不明だが気を引き締めなければいけない。とそこまで考えていたところで。
「ん?なにか来るな」
配置場所についたばかりなのだが、早速お出ましのようだ。遠見のスキルで近づいてくる敵を察知する。数は1。加えて鑑定スキルでステータスを表示する。
「ゴブリンか。レベルは5で目立ったスキルはなし、か」
序盤の相手としてはおあつらえ向きだ。運が味方してくれているようである。とはいえ、こちらの戦力はレベル1のゾンビが6人だ。普通にやったんじゃおそらく勝ち目はない。
「………」
無言で部下たちに合図を出す。わずかに首肯し、彼女たちは持ち場についていった。としたところで、いつのまにか、もうすぐそこまでゴブリンが近づいてきている。
手にはショートダガーを握り、だらしなく開いた口からは蛇のように長い舌が蠢いていた。俺の姿を認めると、すぐに襲いかかってくる。刃の切っ先が俺に向かって伸びてくるが……届かない。ゴブリンは無様に顔を迷宮の床へ叩きつけていた。
答えは簡単。俺にたどり着くまでの道に両側から細いロープを張って罠を仕掛けたというだけの話だ。そしてゴブリンは足を取られ、顔面を強打した。
いくらなんでも通常はゴブリンだってこんな初歩的な罠は直ぐに見破ってしまうだろう。が、事実ゴブリンはまんまと罠にかかった。その理由はこのゴブリンにかかっているバッドステータス、混乱にある。
デュミナスがビッグシャウトを使ったことで迷宮内の魔物達に動揺が広がったのだが、それはなにも彼らだけに限った話ではない。いち早く攻め込んできた魔物たちはそれだけ迷宮の近くにいたことになり、その効果が顕著だったということだ。
「やれ」
号令を下すと彼女たちは師団指揮スキルでもって底上げされた力を元に、ゴブリンに群がった。出鼻をくじかれたゴブリンはなす術もなく彼女たちの牙や爪に引き裂かれていく。
「俺の分の魔力はいらない。全て平らげていいぞ」
俺がまず確保しておきたかったものは命令の正確さを上げること、つまり師団指揮スキルをもっと有効に活用することだ。彼女たちは魔力を得ることでレベルが上がり、それに伴って命令をより深く理解する知性を身につけていく。俺が単身で敵を相手にするなら話は別だが、ここではチームプレイを利用した団体戦が主となるだろうことが予想されるからだ。
「レベルは…全員上がっているな」
彼女たちのステータスを表示すると全員がレベル2になっていた。魔力の分配もうまくできているようだ。これでいい。まずは彼女たちを強化していき、ある程度のレベルまで達したあとで俺もあとを続かせてもらうとしよう。
目安はレベル7。ゾンビからグールへとランクアップするタイミングだ。グールまで持っていければだいぶ楽になる。知性もそれなりに付き、魔法はまだ覚えないものの、運動能力や見た目はかなり人間へと近くなっていく。
「ドライ、このショートダガーはお前が使え」
ゴブリンが持っていた武器をドライに手渡す。ドライには短剣のスキルがあるため有効に活用してくれることだろう。
ところで、俺は彼女たちに便宜上ではあるが名前をつけていた。それぞれ、アイン、ツヴァイ、ドライ、フィーア、フュンフだ。我ながらテキトーさ爆発のネーミングセンスだと思うのだが、彼女達の名前がわからないから仕方ない。
ランクアップを果たすにつれ、生前の記憶を蘇らせていくということもあるにはあるらしい。そこで彼女達が自分の名前を取り戻せればいいのだが。
「っと。またなにか来るな、動きが素早い。ヘルハウンドあたりか」
敵を察知して思考を中断する。これから徐々に敵は増えていく一方だろう。無線機での友軍のやり取りや、遠見スキルを使うと、迷宮内のそこかしこで戦闘が発生しているのがわかった。
◇◇◇◇◇◇
あれから8体ほどの魔物と遭遇したのだが、俺たちは未だ健在だった。アイン達は既にレベル4にまで達している。そのおかげで、どんどん師団指揮スキルの伝達がよくなり、確実に敵を撃破していくことに成功していた。だが。
「チッ、周辺に展開していた仲間はみんなやられちまったみたいだな」
このフロアの要所要所に配置されていた仲間のチームは皆連絡が取れなくなってしまった。まだ敵の本隊も到着していないのに、このペースでは正直まずい。さらに、単純に今俺たちが置かれている状況も危険だ。ほかのチームがいなくなったことにより、魔物による襲撃が集中してしまう可能性がある。
「くそッ、コアはまだ起動しないのか」
時間的にもうそろそろ成果が出てもいいはずなのだが、と思った矢先。
『誰でもいいから応答してくれ!おい、生き残ってる奴はいないのか!』
友軍の通信が入った。範囲は俺たちがいるフロア全体に向けられているようだ。声から判断するにここの迷宮を取り仕切っていたオークだろうか。
「こちらアンデット隊のE班、聞こえている」
所属を名乗り応答する。
『おお、生き残りがいたか。そちらの様子はどうなっている?』
「壊滅状態だ。生き残っているのは俺たち6人しかいないな」
『なんだと……それでは…』
なにやら様子がおかしい。
「コアの起動はまだ時間がかかりそうか?そっちはどうなっている?」
『あ、ああ、こちらはコアの起動に成功している』
はて、しかしそんな気配は感じない。トラップも未だ作動していないのだ。
『だが、コアとトラップの動力をつなぐラインが切れているんだ。そのフロアに位置する動力室で問題が起きているらしい』
なるほど。それならばやることはひとつ。
「その動力室まで誘導してくれ、俺が何とかしてみる」
『だ、だが、もうすぐそこに敵の本体が押し寄せてきているぞ!?今ならまだ間に合うが、動力室まで向ってしまえばその兵力じゃとてもこちらまで戻ってこられん!』
「どの道トラップを起動しなければ全員そろってあの世行きだ。それならまだ可能性にかけてみるさ」
『………すまん。お前に任せる。どうか頼んだぞ』
「ああ」
オークから詳細な場所を聞き、急いで駆けていく。途中で魔物と何体か接敵したのだが、いずれも退け、ついに動力室へたどり着いた。
『それじゃあ、ワシの言うとおり作業してくれ』
指示に従って壊れてる部分を修復しようと手を伸ばす。これさえ直してしまえば迷宮の全トラップが起動する。それでも勝率は半々といったところか。だが全力を尽くさないわけには行かない。と。
「……!」
地響きなようなものが起こり始める。ついに敵の本隊がやってきたのだ。もはや下の階層へ向かうのは不可能だろう。
『すまない。俺にはお前たちを助けに行くことができない。許して欲しい』
本当にすまなそうにオークがつぶやいた。こちらの地響きを向こうでも感じ取ったのだろう。
「おいおい、何落ち込んでいるんだよ。トップがそんなんじゃ周りの兵に示しがつかないぞ?」
『すまない、すまない。ワシにはこれが精一杯なんだ。』
「だから謝るなって」
『ワシがもっとしっかりしてりゃあ、すまねぇ。謝ることしかできねぇんだ』
尚もくどくどと詫びの言葉を連ねていくオーク。うーむ、これはいかん。師団指揮のスキルを開放する。
通信機越しだが効果はあるのかどうなのか。
「しっかりしろ!このバカが!」
『ハ、ハイイイィィイ』
効果てきめんだった有効なのかこれ。
「いいか、いくらトラップが起動したからって、お前たちが最下層でコアを守り抜かなければ全部パアなんだ。今お前ができるのはメソメソとわび入れることか?違うだろ。死んでいった者やこれから死ねと命令する仲間に報いる為に絶対にコアを死守するんだ。それがお前の使命だ!」
『イ、イエッサー!!』
オークの割れんばかりの掛け声と同時に、動力の修理が完了する。
「作業が終わった。トラップも問題なく稼働している。あとは最下層にいるお前達次第だ。幸運を祈るぞ」
『ああ、ああ。任せてくれ!ありがとう。あんたの言葉に勇気づけられたよ!』
フッと笑みを浮かべ通信を切る。さて、オークには威勢良く檄をとばしたものの、部下を死地に追いやろうとしているのは彼だけではない。
「なぁ、全員準備はいいか?」
「は、何なりとご命令下さい」
やっとのことで、人間性を取り戻し始めた彼女達だが、これからこの迷宮で一番の激戦区で戦ってもらうこととなる。その意味を理解しているのかどうかは不明だが、少なくとも彼女たちは戦う意志を持ってくれている。どんな力が働いたのか、彼女たちは俺の下に集ったわけだが、俺を信用してついてきてくれるからには。
「勝つぞ。そして全員で生還する……!」
それから数分後、俺たちは迷宮内のとある一室に身を潜めていた。いわゆる隠し部屋というやつだ。内部には外の様子を映し出す投影機や、任意でトラップを発動させる装置がついている。迷宮内の様子を見ていると、トラップは順調に稼働しているようだ。侵入者にダメージを与え、あるいはそのまま倒してしまったりしている様子が見て取れる。幸運だったのは、思いのほか混乱状態にある敵が多いということだ。デュミナスのビッグシャウトの恐ろしさを改めて感じた。
「最下層の様子はっ…と、あまり思わしくないな」
先程通信していたオークが獅子奮迅の働きをしてくれているのだが、いかんせん数が多すぎる。間引きが必要だ。俺はこの部屋から打って出る覚悟を決める。が、もともとこの部屋が見つかるのも時間の問題だろうとは思っていた。今現在も鼻のきく魔物などがここへと通じる隠し扉の前をたむろしているのが見える。
さて、打って出るのはいいとして、問題はタイミングだ。今の俺たちのレベル構成はレベル5が5人にレベル1、俺のことだが、が一人。これまで遭遇した魔物や今この時も迷宮内をさまよい歩いてる侵入者たちのレベルを平均してみると大体6か7あたり。戦えなくもないといったところだが、問題はその敵の多さにある。パッと見ただけでも数百は超えており、当然ながらまともに相手をしていては圧殺されてしまうだろう。
ある程度は素通りさせ、最下層の仲間に任せるとしても少なくとも総軍の数割は倒してしまうなり、このフロアにとどめて置くなりしなければならない。そのためにも初撃は何か強力な一手をきめたいところなのだが。
「ん?冒険者か?」
侵入者を映し出す画面に、魔物に混じってなにやら大きく膨れたリュックサックをもった少女が徘徊している。ビッグシャウトによって呼び集められた魔物たちは一心に迷宮の最下層を目指そうとするので、互いに殺し合ったりという現象は起きていない。その中に人間が混じっていても特別おかしいことはないのだが。
「ちょっと気になるな。招き入れてみるか」
少女が一人になったところを隠し部屋に続いている隠し扉から素早くかっさらう。どの魔物にも見られてはいないはずだ。
歳は12歳くらいだろうか。活発そうなツインテールに動きやすそうな服装をした、有り体に言えば美少女なのだ。
「商人か。運悪く巻き込まれたって感じなのかな」
少女は人間側で使われている商人の腕章をしていた。混乱状態にあることから、巻き添えをくって、ここまで降りてきてしまったのだろう。冒険者なら手加減はすまいと思っていたのだが、商人とくれば話は違ってくる。そんなことを考えていると。
「はぇ……?」
よくわからない声を出して、焦点の合わない目で俺を見つめる。
「大丈夫か?気をしっかりもて」
「………おやすみなさい…zzz」
すぐに寝てしまった。なんだこいつは。まあいい。と、そこで少女が背負っていた荷物に目がいった。