4話 であい
さて、今日からいよいよ迷宮作成部の仕事に向かうこととなる。そもそも迷宮作成部とは何か。大きく言ってしまえば、やってくる敵を撃退するのが仕事だ。しかし他にも制作部、と冠するように、実際に迷宮を作ってしまうことも業務に含まれる。
これから俺が向かう先はその業務が主な仕事となるらしい。先の大戦で勇者たちによりいくつかの迷宮が攻略されてしまったため、空っぽになってしまった迷宮を復活させて再利用するのだそうだ。一度攻略され冒険者たちに荒らされまくった迷宮は打ち捨てられ、人や魔物が寄り付くことはまずない。当初の話では最前線に送られるとの話だったはずだが、予期せずして後方支援に回されてしまったようだ。
「なんか気が抜けちまったな。まぁこれはこれでアリか」
どっこいせ、とゲートをくぐり、ワープが始まる。程なくして、目的地へと降り立った。
まず始まったのが、チームの作成。仕事はそのチームリーダーに割り振られ、こなせばこなした分だけ報酬が支払われるというものだった。
「さて、どこに属することになるんだか。いいリーダーだったらいいなぁ」
などと言いながら、点呼をとり徐々に構成されていく周りのチームを眺めていると。
「お久しぶりでございます」
「うおわっ、ってあなたはあの時の」
急に話しかけられてやおら振り返る。配属先を決めるときに真摯に説明してくれた猫の獣人さんだった。
「以前お会いしたときは名乗りもせず申し訳ありませんでした。ミーナといいます。以後お見知りおきを」
「はぁ…ところでなぜこんなところに?」
「私の部署では他部門の監査を行っているのです。今日はたまたまここが現場となりました」
監査。ちゃんと仕事してるかどうかのチェックに来ているということか。偶然…とはいえよく会うなこの人とは。
「なるほど。俺の方は普通に迷宮作成部の仕事できてるんだ。思ってた仕事と違って少し拍子抜けしてるんだけどな」
「それは災難でございましたね。しかし、命をとして戦う仕事よりも、こうやって安全に働くことのほうが思いのほか楽しいかもしれませんよ?」
彼女には無理して迷宮探索部への仕事を回してもらった恩があるため、アハハとわらうことしかできなかった。
「そういえば貴方様にと上層部からの指令を預かってきました」
「ん?俺は何も聞いてないけど。なんだろう」
「はい。こちらに控えている部下を従えて業務に専念せよ、とのことです」
見ると、ミーナの背後に5体のゾンビが立っている。
「……は?」
「それでは確かに指令を伝えましたので、私はこれで。お仕事頑張ってください」
「ちょっ!?」
言うことを言っててしまうとミーナは足早に立ち去っていってしまった。なんじゃそりゃと思う。今日来たばかりの新入りに、いくら数があぶれているとは言え部下を持たせるとは。はっきり言ってめちゃくちゃである。取り残された俺とゾンビ5体の間にひゅ~と風が舞った気がした。
「え、えーと。よろしく?」
「…………」
へんじがない、ただのしかばねのようだ。を地で行くかと思われたが、わずかに反応がある。その後色々試してみたのだが、単純な命令、例えばここからあそこまで荷物を持って歩け、などというものは理解できるようだった。これが出来れば最低限なんとかなるだろう。
それと、気になったことがいくつかある。全員に鑑定をかけてみて気がついたのだが、まず全員女だ。まぁこれはいい。人間ならいざ知らず、こと魔物に関しては体力的な性差はほとんど無しといってもいい。むしろ、魔力の扱いは女の方が勝るため、より多くの魔力を蓄積した魔物ならば女性型のほうがより多くのアドバンテージを得られるのだ。言うことはない。
問題は彼女らが所持しているスキルだ。彼女たちも生前に取得したであろうスキルを所持しているのだが、そのスキル郡が普通に強い。生きていた頃はどれも一角の人物だったろうことは疑うべくもないのだ。
周りにいる他のゾンビ達にも鑑定をかけてみる。
スキルを所持しているものはチラホラいるものの、その質と量は彼女たちの足元にも及ばない。意図的に俺の元に集められたのだとするのが自然な流れだ。
「…まあいいや。別に業務に支障をきたす訳でもないし、より一層働いてくれるなら俺は大歓迎だ」
さて、仕事を始める。当初の予定とは違ってしまったがそれも詮無いことだ。ゾンビの手は細かい作業には向かないため、主に力仕事などの雑用を任されることになった。
「そういえば、師団指揮のスキルがあったな。試してみようか」
闘技場では試せなかったスキルだが果たして。スッと肺に空気を送り込む。それを一瞬留めたまま、丹田に意識を集中させほんの少しの魔力と混じり合わせる。言葉は使う者によって音を同じくしながらも、様々な意味合いを持たせることができる。進め、と一言で言っても周りの状況や使用者の心情で相手に千差万別の印象を与えることができる。死への行軍かもしれない、勝利の凱旋かもしれない。その意味は使用者の采配で決まる。人を動かすということはそれだけ重いことなのだ。
「気をつけ」
ザッとゾンビたちはすぐさま直立の姿勢をとった。先程までの気だるげな様子が嘘のようだ。
「俺について来い。お前らの力が必要だ」
「は」
ゾンビたちが肯定の言葉を発する。目を見れば、もはや死人のそれではなくなっていた。
「ふむ、成功か」
彼女たちのステータスを見ながらつぶやく。それぞれの項目の数値が上昇している。先ほど直立を命じたことで俊敏な動作をとったことが気がかりだったのだが、体の耐久の限界を超えた動きをしたというわけではなさそうだ。とりあえずそのことに安堵する。無理な命令をして彼女たちを壊してしまっては元も子もない。師団指揮スキル、有用なようだ。
「んじゃま、お勤めを開始ってことで」
さっきとは打って変わって軽い調子で開始を宣言する。先は長そうだし、俺のペースで始めて行こう。
◇◇◇◇◇◇
それから数日後、依然として作業は続いていた。要領もだいぶ掴めてきており、俺は自分と彼女たちの体力に注意しながらも効率的に業務をこなしている。
報酬は一日の終わりに支払われる。魔物の領で使うことができるお金と魔力の入った小瓶だ。他の魔物たちはどうかわからないが、基本的に俺たちゾンビは魔力さえあれば生きていける。
さらにゾンビはほかと比べて人間性、とでも言おうか、会話することしかり、思考を明瞭にすることしかりの発達が遅いのだ。それを軽減するためにも魔力を集めるのが急務となっているので、彼女たちにはお金を使って魔力を買わせることにしている。
ゾンビが最弱と言われる所以は身体機能の低さも原因の一つだろうが、間違いなく思考力の低さが一役買っていることだろう。一刻も早く魔力を溜めなければならない。
「でもなぁ、この調子じゃさすがにいかんよな」
師団指揮スキルのおかげか、俺たちのチームは与えられたノルマを余裕でクリアし、その後余計に働くことで、報酬に色をつけてもらっている。だがそれでもっても体力回復に大きく魔力を割かれてしまい、成長への割り振りが少なくなってしまっていた。
「手っ取り早いのは、魔物なり冒険者なりをぶっ殺しちまえばいいんだが」
相手を殺した直後に発生し、空気に霧散しようとする魔力をあびることで レベルアップを図る方法。俺がやろうとしていたことだ。
チラリと横目でせっせと働いている魔物たちを鑑定する。ここにいる魔物を皆殺しに出来れば話は簡単だ、幸い低級な魔物が多いようだし寝静まったところを一気に襲ってしまえば…。と考えたところで思考をやめる。
どうも癖のようなもので、時々考えられないような残忍な思考が浮かぶ。ここの連中は魔物だが、話してみれば皆気のいい連中だ。ならず者もいるが、それも魔物ゆえの習性から来るものが多く、魔物社会に溶け込みつつあった俺には殺すほどの必要性は感じなかった。
「地道にやるしかないのかね」
ふーとため息を吐いて、休憩終了。さぁお勤めがんばりますかーと立ち上がった矢先。
「なんだ?ミーナのやつあんなに急いでどこへ行くんだろう」
視界の隅に何やら焦った表情のミーナが早足でかけていくのが見えた。なにか起こったのだろうか。普段なら、そんなこともあるかと気にも止めないだろう俺だったが、妙な胸騒ぎを感じた。
「心眼が発動しているのか?なら追いかけてみよう」
俺が持つスキルの一つ心眼。あらゆる状況で突破口を開くために、その都度使用者の都合にいいように展開を変えてしまう能力だが。この場合で言えばミーナ、もしくはその周辺に何かイベントが起こりつつあるということだろうか。
そして俺がそこに介入することによって現状を良くも悪くも変えてしまう。ちょうど今の境遇を嘆いていたところだ。もしそうなら利用させてもらうとしよう。
少し歩いた先でミーナが何者かと会話しているところを見つけた。なにやら様子がおかしい。
「ですから、ここは私どもにお任せ下さい。我らの威信にかけてもこの迷宮を完成させてみせます」
「別にあたしはお前らの手際に不満があって来たわけじゃない。ただ、自分とこの部署を視察に来ただけだが?」
ミーナが会話してる相手はというと。
「レベル67だと…」
一見すると黒い長髪を湛えた、美しい長身の女性だ。しかし額の両端から血の色をした、先細りしているつのが二本生えている。オーガ。物理攻撃であれば敵なしであり、その凶暴性と合わさり、危険度は全魔物中トップクラスだ。
「ですがっ。あなたが現場に現れるということは……」
「うるさいな。じゃあ正直に言ってやろうか。お前のとこの親玉の狐はここで何やってるんだ。」
「……っ!」
「やつの右腕であるお前がここにいるってことはよっぽどの事なんだろう。楽しそうじゃないか、あたしも混ぜろ」
「それは……できません」
「へぇ、お前がここまで強情になるとは」
岩場の影で様子を見守っていた俺だったが、急に頭の中で猛烈に警報が鳴り始めた。いけない、ここにいてはいけない。今すぐ逃げろと。
「ふむ、じゃあ他のやつに聞いてみるか。なぁそこのゾンビ」
唐突にオーガと目があった。オーガの瞳は垂れ流しの狂気だ。捉えられたものはその身にむき出しの悪意を叩きつけられる。レベル差があればあるほど効果的なのだが、この場合は。
「がっ…ぁ…っ」
レベル1の俺とレベル67の相手。喧嘩にさえなりはしない。目があった瞬間、そのまま眼底を貫通した視線が直接脳を焼いた。ステータスをみるとダメージまで受けている。このままだと殺される。
「やめてください。いくらあなたといえど、これ以上は許しません。この意味をお分かりですかデュミナス様」
見ればオーガ、デュミナスと呼ばれた、と俺との間を遮るようにミーナが立ち塞がっている。彼女のレベルは35。俺ほどじゃないにしろあの視線はこたえるはずだ。
「へぇ、このあたしとやるっていうのかい?」
二人のあいだに沈黙が流れ始める。いつ爆発するかもわからない緊張感が漂う。そして先に静寂を破ったのはミーナだった。ばたり、とついにデュミナスの視線に耐え切れなくなり気を失ったのだ。そのからだを慌てて支える俺。
「ふん、何を隠しているかと思えば、ゾンビ一匹か。一体何がしたかったのやら」
先程までの狂気の視線はもう感じない。スキルをといたのだろうか。俺自身、息も絶え絶えなのだが、ミーナの仇とばかりに睨み返してやる。
「ほぉ、変わっているといえば変わっているな。それじゃあもう少し試してやるか」
デュミナスは足を肩幅程に開き、静かに瞳を閉じた。魔力を制御しやすい姿勢だ。オーガは肉体的にこそ他種族を圧倒しているものの、魔力の扱いは専門外のはずなのだが、一体何をするつもりなのか。と、次の瞬間。
「■■■■■■■■ーーーーー!!!」
急に目を見開き、裂帛の気合でもって大声で迷宮を震わせた。びりびりと地震まがいなものさえ起きているほどだ。頭がグワングワンと揺れている。しかし、思ったほど堪えた様子はない。まぁそれも当然といえば当然の話だろう。これは内に聴かせるものにあらず。
ビッグシャウト。
元は魔物たちが近くの仲間を呼び寄せるものとして使うスキルの一つだ。犬や狼の遠吠えもこれにあたるだろう。だが、今彼女が行ったものは桁が違う。効果範囲はおよそ数十キロ。さらに仲間を呼び寄せるなどという生易しい効果でもない。
私はここにいる。今すぐ私を何とかせねば、私がお前たちを殺す。
これは脅迫の咆哮だ。この迷宮の周囲にいる野良モンスター達が狂気にかられ、もうすぐこの迷宮へと殺到してくる。
人間の冒険者とて例外ではあるまい。この迷宮の復旧を始めてわずか数日、人員も低級の魔物ばかり、そしてコアの起動すらまだ終わっていない状況で、俺たちは最悪の迷宮戦を強いられることになる。
「それじゃ、まあ気張れよ。あたしはこれからゲートを塞いでくる。命があったらまた会おうな」
ひらひらと手を振り姿を消すデュミナス。退路も失われた。覚悟を決める必要がある。