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16話 入口

 トン、と地面を軽く蹴って宙へと舞う。その跳躍たるやグールだった時の比ではない。まるで体に羽が生えたかのように軽い。


 空中で妖姫の涙を楔へと変化させ、ざっくりと迷宮の天井へと突き刺した。そのまま天井からぶら下がるような形になった俺は、5メートル程下にいる騎士団を見下ろす。


 突如視界が闇に包まれたことで混乱しているようだ。兵たちは手探りで辺りを確認するように這い回り、やがて隊長の男を中心に円陣のような形を組み始める。恐らくは敵の攻撃を予測して陣形を整えているのだろう。


 だがそんなことをしてももう遅い。こいつらが罠に掛かり、この広間に入った時点で勝敗はもう決したようなものなものなのだ。それに密集したような陣をとるということは、それだけ範囲攻撃が効果的になるというわけで。


「な、なんだ…!?」


 騎士団の一人が自分の立っている床に視線を落とし、なにやらつぶやく。石で出来た迷宮の床に魔法陣が書いてあるのを見つけたようだ。ようやくトラップに気がついたかなどと考えていると、次の瞬間その魔法陣から放出された強力な炎が騎士団襲う。


 迷宮の暗闇を一瞬照らし、円陣を組んでいる騎士団達の中心あたりから爆炎が巻き起こったのだ。対大隊用のトラップの一つで炎の魔法を付与されている大型地雷である。


 これで後方に回され前衛に守られるような形で陣の中心にいた弓兵連中は大打撃を受ける。さらに燃え広がった炎が兵から兵へと伝播して、騎士団は阿鼻叫喚の地獄絵図といった有様だ。


「う、うわっ、こっちへ来るな!火が燃え移るだろうが!!」


 火の手から少しでも逃れようと隊列から抜け出すものがいる。が、炎から遠ざかり安心したのも束の間、新たに発動したニードルのトラップによりその体にいくつもの穴を穿たればたりと倒れ伏した。


「ええい、皆の者落ち着け!!たかがトラップだ。動きを止めればこれ以上いらぬ罠にかかることもないわ!!」


 隊長の男が声を張り上げる。奴の言っていることも正しいといえばそうだ。地雷原の只中にいて、辺りを走って逃げ回るなどということは自殺行為に等しい。それならとりあえずは動きを止めて、ゆっくり罠を解除するなり、設置場所を見極め回避していくなりすればいい。


「冷静な意見じゃないか。見直したよ」


 兵達を静止する隊長を褒める俺。無論皮肉だ。奴はひとりだけ高レベルなのでトラップの被害を比較的受けていない。周りの兵たちより危機感を感じていなくて当然なのだ。炎に纏わり付かれ、助けを求めようとすがってきた部下を斬り殺しながら命令を下す隊長の姿に思わず苦笑する。


 さて、トラップ郡に囲まれ立ち往生している騎士団達なのだが、手痛い攻撃を受けたとは言え戦闘の続行が不可能というわけではない。なにせ数が多いのだ。


 これ以上迷宮の奥へと進んでいくなどということはしないだろうが、踵を返して迷宮の出口へ向かっていく戦力はまだまだあるだろう。


 が、それはこの広間を無事に抜け出せたらの話だ。


 ぐるる、と獣の唸り声のようなものが迷宮に木霊する。ともすれば聞き逃してしまうような小さな音だったのだが、先程の混乱ぶりから打って変わって途端にピタリと動きを止める騎士団。


「まさか……魔物…?」


「おい、うそだろ…」


 口々に信じられないといったような口調で呟いていく。彼らも本能で感じ取っているのだろうか。この場所が各々の死地であることに。


 トラップなどというものは所詮前座なのである。真に迷宮を守る者たちは息を殺し、己を殺し、ただひたすら必勝の好機を待ち続けていたのだ。そして機は熟した。


「ご苦労だったなグレイヴ」


「まあな。だがまだ油断するなよ。あんまりはしゃぎすぎて足元掬われちゃしょうもないからな」


「ふっ、わかっている」


 暗闇より投げかけられた司令官の労いの言葉に返事をしておく。なんだ、と声のした方向に視線を投げかける騎士団達。徐々にだが暗闇に慣れ始めた目で迷宮の天井を見上げる者もいたのだが。


「よっと」


 妖姫の涙を形状変化させた俺はそのまま騎士団たちの頭上へと躍りかかり、その中の一人の鎧と鎧のつなぎ目にある僅かな隙間に貫手を突き入れてやった。


 指の先から敵の血を吸収してやる。血を吸われている兵はビクビクと痙攣し、みるみるミイラと化していった。


「きたきた…この感覚。たまらないな」


 血を吸収したことで身体能力が強化されていく。冒険者連中を襲った時のような強烈な精神汚染が始まるわけでもなかった。しかしながらこの酩酊感にも似た感覚は健在だ。思考は凪のように澄み渡り落ち着いているのだが、それでいて内では己の獣性が猛り狂っている。なんとも妙な感じなのだが。


「殺し合いには最高の気分ってことだ」


 言い終わるより早く、そばにいた兵士の顔面を蹴り上げる。縦回転して天井へと叩きつけられたのをよそに、背後より振りかぶられた剣を歯で受け止めてそのまま噛み砕いてやる。


 折られた剣を呆然と見ながら後ずさっていく兵へむけて微笑み、口の中に残っている尖った剣の破片をプッと飛ばしてやる。それはまるで弾丸めいた速度で飛来し、そいつの眼球へと食い込んで敵の光を奪った。


 俺を取り囲もうとする騎士団連中、しかし俺にだけ構っていられる暇などこいつらにはない。いまやこの広間のあらゆる場所から魔物達が出現し、騎士団を包囲するように攻勢を仕掛けているのだ。


 迷宮内に戦いの咆哮と悲鳴、そして怒号が響き渡る。ここに来るまでの無理な進軍が祟っての疲労、実質の指揮官だった副長の死亡による連携の低下、さらにトラップにかかり士気も兵力も減ったとくれば、もはや騎士団などものの数ではない。


 対して戦いの時を今か今かと待っていたこちらの兵は、気力体力共に充実している。本当ならトラップ郡によって身動きの取れない騎士団達を遠距離攻撃で少しづつ削り殺すというのが安全で確実な策なのだが、そこは魔物の性なのか、この通り血で血を洗う白兵戦へと戦いは移行している。


 まぁそれでもこちらの優位は変わらないのだが。


 遠方より射られた弓矢を空中で引っ掴み、襲いかかってきた兵士に突き刺しながらそんなことを考えていると。


「見つけたぞ。貴様、よくも俺をこんな目にあわせてくれたな!!」


 騎士団の隊長が兵たちを押しのけ俺へと向かって突進してくる。どうやら目をつけられたらしい。血走った目を俺に据え、剣を振りかぶって斬りにかかってくる。


 スピードだけならレベルの恩恵があってなかなかのものだったが、そんな大振りでみえみえな攻撃など俺に通じる訳もなく、ひょいと避けて足を引っ掛けてやっただけで簡単に転んでしまった。


「身体能力を強化しすぎて魔力に振り回されているな。お前の戦いの経験程度じゃそんな力は使いこなせない」


「なんだと……っ!」


「オーバースペックだって言ってるんだ。まともに車を乗ったこともないような奴が、レースマシンなんざ満足に操れるわけないだろ」


 そこまで言って、あれ車?ってなんだと思ったのだがそれはさておき、この男に引導を渡してやろうと歩を進めようとしたのだが。


「………っ!」


 急に物凄い魔力の奔流を感じた。依然として戦いが続いているこの広間なのだが、ここにいる魔物達の中の誰よりに強力で洗練された魔力だ。その出処を確かめようと振り向くと。


「……お前ら」


 アイン達が魔法士達に刃を突きたて、その血を啜っている。その肌は暗闇の中にあってもなお白く映え、紅い5対の瞳はうっとりとして血へと注がれている。


 彼女らも成ったのだ。夜の王へ続く第一歩、ドラキュリーナへと。


 俺の姿を見つけると彼女らはこちらへゆったりとした足取りで向かい、佇まいを直してから恭しく礼をする。


「我らご主人様の下僕なれば。何なりとご命令ください」


 どこか妖艶さ漂う表情で、まるで俺をどこかへと誘うかのような声色で囁くのだった。


「……ああ、期待しているぞ」


 そんな様子に若干戸惑いつつも返事をする。その様子や仕草、ともすればこのまま闇の中へと引きずり込まれてしまいそうな雰囲気を纏った彼女達はグールだった時とはまるで別人のようだ。


「敵はわかっているな。今のお前らにとっては雑魚同然だろうが気を抜くなよ」


「はい、ご随意に」


 言うや否や、アインたちは矢のような速さで獲物へと飛びかかっていった。騎士団たちの大群をものともせずに行く手を遮るもの全てを撃滅して回っている。


 そして戦い方を見るに、明らかにそこに快楽を見出している。悲鳴をあげて逃走する兵を背中から嬉々として切りつけ、命乞いをする者に笑顔で歩み寄ってその顔に手を添えて顎をむしり取り、炎の魔法を付与した兵を操り仲間と合流させたとこで諸共爆散させるなど、通常の人間なら躊躇するようなことを平気でやってのけている。


 まるで花を摘む無邪気な子供のようだ。この場合摘まれているのは人間の命なのだが。


「こいつはすごい。只者じゃないとは思っていたがな」


 思わず感想を零す。彼女らはその能力も去ることながら、人間を脱却し魔の者として生きる才能までとびきりだった。そして、見れば戦っている兵士や魔物達の視線は彼女達に釘付けだった。


 皆が彼女達を恐れ、そしてそれ以上に血を浴びてそれを化粧とする彼女達に見惚れてしまっている。魅了のスキルだ。彼女たちは戦えば戦うほど強く美しくなり、周囲の男共を腰砕けにしてしまうのだ。


「美しい……。なぁ、あの者たちの名前はなんというのだ?」


 すっかり惚けてしまい、ぼんやりとした目をしながら転んだままだった隊長の男が俺へと問いかけてくる。


「自分で聞けばいい。ほら、こっちにやってくるぞ」


 フュンフが血に染まった大剣を担いでこちらへ近づいてくる。その剣の切っ先からはポタリポタリと血の雫が流れ落ちている。そして無言で隊長の男の前で大剣を振りかぶった。


「おお、そなた名はなんと申すのだ。ぜひ聞かせて欲しい。俺はこう見えても貴族の出身で……」


 今にも鉄塊が頭上に振り下ろされようとしているというのにこの男はなにやらフュンフを口説きにかかっている、まぁそれも詮無い話だが。


「沙汰を言い渡す。主の視界を汚した罪、黄泉路で後悔するがいい」


 フュンフは言い終えた頃にはすでに男は唐竹が割れるがごとく、2つに分割されたあとだった。


「……よくやったな」


「は、お褒めに預かり恐悦至極」


 満面の笑みを浮かべるフュンフ。今さっき人を物言わぬ肉塊へと変えた者の表情とはとても思えなかった。人間を殺したことに後悔や自責の念などなく、俺に褒められたことを掛け値なしに喜んでいる。


 そうか。彼女達はとっくに吹っ切れていたのか。ならば、俺は。


「用事が出来た。少しの間ここを頼んだぞ」


「お任せ下さい」


 俺も俺の役割を果たすことにしよう。

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