15話 騎士団
あれから数日が経過し、また迷宮へと赴き戦闘が開始されることとなった。この前の一戦で冒険者連中はほぼ片付いたものの、後続としてやってきている騎士団は手付かずのままだ。奴らを何とかせねばならない。
「それで作戦はどうなっているんだ?」
司令官に尋ねる。冒険者達を狩り殺した功績により、俺も主だった作戦行動に加わるこにとなったのだ。戦力的に言っても彼らの足を引っ張ることもないだろう。
「まずはこの広間に敵を集めるんだ。ここには対大隊用の大規模なトラップ郡が存在している。それを使って敵を罠にはめて、待ち伏せしている我々の本隊で奇襲をかける」
「なるほど」
まぁそんなとこだろうか。騎士団は数こそ多いもののレベルはそこまで高くないと聞いている。それならば広い空間をフィールドに選び、トラップや範囲攻撃の餌食にしてやればいい。それにこちらは巨体の魔物も数多く居ることから、迷宮の通路のような狭い道はかえって戦いづらいだろう。
だが、気になる点もいくつかあった。広い戦場ならば数が多いほうが基本的には有利だからだ。少数を多人数で取り囲んで袋叩きにするということが普通に起こりうる。ましてや騎士団などというものは厳しい鍛錬をモットーとしており、その連携技術は侮れないものがあるだろう。
そしてその中に何人か確認された魔法士の存在。彼らは魔法を巧みに操り騎士団のバックアップに回る。その数人程度で戦況がひっくり返されてしまう、などということにはならないだろうが、なかなか厄介な相手だ。
というようなことを司令官に進言してみる。
「だからもう少し攪乱が必要なんじゃないかと思う。誰かが先に忍び込んでおいて敵に手痛い先制攻撃を加えるとかな。それで、その役を俺にやらせてくれ」
「だが、もし感づかれてしまっても我々は助けにはいかないぞ。そんなことをしてしまっては後に控える作戦行動に支障が出てしまうからな」
「ああ。俺がドジ踏んで敵にやれれそうになっても見捨ててくれて構わない。俺一人で実行することなんだ。自分の責任は自分で負うさ」
「ふむ………先の迷宮での活躍といい、ここでの冒険者達との戦いといいなかなか肝が座っているようだな。あるいは命知らずなのか?」
「さてね。ただ俺が成功すればそれだけ損害が減るだろう。それで失敗しても俺が死ぬだけ。悪くない賭けだと思うんだがどうだ?」
「………いいだろう、好きにやってみるといい。だが本来の作戦の邪魔はするなよ」
「わかってるさ」
なんとか了承してもらえたようだ。礼を言い退出していく。
これで戦場での一番槍は俺となった。司令官に伝えたように自軍の被害を防ぐ為というのも理由の一つなのだが、やはりより多くの敵と戦ってレベルアップするために志願したという目的の方が大きい。
まぁそれだけ危険性は跳ね上がるのだが今回はアイン達を引き連れて行くわけでもない。我が身一つだけとなれば気楽なものである。
自室へと戻り戦闘の準備に取り掛かる。とはいってもやることなどほとんどない。武器や防具を持っているものならその手入れや新調といったことをするのかもしれないが、基本的に俺は無手だ。
使用する武装は己が五体、それに加えて妖姫の涙。初めは好みでこの戦い方を選んだのだが、なかなかリーズナブルではなかろうか。手間や金を節約できているのだ。
じゃあなにをしようかと考えていたのだが、ふと持ち物の中からクエストの巻物を見つけた。
「デュミナスから受け取ったやつか。そういえば中身をまだ見ていなかったな」
あいつには色々と含むところがあるのだが、直々にクエストを渡してくるともなると中身が気になる。封を破り丸めてあった紙を広げてみた。
「人間の討伐……9/50だって?んで期限は次に私に会うまで。報酬は…書いてないな」
オーソドックスな討伐クエストのようだ。ただ相手は人間なのだが。
9/50という数字は50人のターゲットのうち9人はすでに達成されている、ということだろうか。自分の中で倒した人間の数を数えてみると、どうやら合致しているようだ。
なぜこんなものを俺にと思うが、心当たりがないこともない。奴と最後に会ったとき、デュミナスと俺は共に相手を破壊せねばならない者だと認識し合った。
だがデュミナスにとっては未だ弱い俺を叩きのめしたところで面白くはないだろう。強くなれと言っているのだ。より強大になって私を楽しませろ、と。
さらに討伐対象に人間が設定されている。俺の配属先に人間が攻めてくると知っての行為なのだろうが、俺にはそれ以外の思惑があると考えている。
元は同族だった人間の血を浴びろというのだ。そうして甘さを捨て去り真の魔物たれと。こうしたところはいかにも奴らしいと思う。
「ふん、もの好きな奴だな。まぁ実際俺と奴の実力は天と地ほどの差があるわけだし、待ってくれるってんなら勝手にすればいいさ」
クエストの書いてある紙を丸めてゴミ箱に放り込むと、俺はごろんと横になった。天井を見ながらデュミナスの言葉を反芻する。
やつは温情など不要と言った。そんなことでは迷宮の守りなど務まらぬと。これまで迷宮を守るためにトップに君臨し続けてきたものの言葉だ。重みだって違うだろう。
それには俺だって賛成だ。しかしなぜかやつの言葉が気に入らない。じゃあそれはなんでだ、と聞かれれば答えに窮するのだが、どこかしこりが残ってしまうのは事実だ。
この違和感をはっきり感じたきっかけはカール達との戦いだろうか。あるいは俺も徐々に人間性を取り戻しているせいか。考えても答えは出なかった。
「とはいえ、そんなことに気を取られている余裕は俺にはないな」
もうすぐ出撃の命が下る。戦場で余計なことを考えて隙を晒してしまえば自分の命が危うい。むしろそれだけで済めばまだいいほうだ。アイン達にも危険が及んでしまう可能性だって十分あるのだ。
ゆっくりと目を閉じてしばしの瞑想に耽る。今は研ぎ澄まさねば、己の牙を。
◇◇◇◇◇◇
ほの暗い迷宮を松明や魔法で照らしながら、ざっざっと規則正しい歩調に合わせて行進は続いていく。周りを見渡せば甲冑に身を包んだ兵士たちが綺麗に整列し、号令と共に掛け声を上げて自分たちを鼓舞している。
俺は現在騎士団の隊列のただ中にいる。奴らの一人をこっそり倒し、その甲冑を身につけて集団の中に紛れ込んでいるのだ。フルフェイス型の防具だったことと頭数が多いことが幸いしたのかバレている雰囲気はない。
奴らは順調にトラップがある広間まで進軍している。何の餌で釣っているのかといえば。
「ドルウィン様また魔物が現れました。あちらの方へ逃げていったのですぐに追いかけましょう」
「フハハ、そうするか。おいそこのお前ら、あの魔物を取り押さえてこい」
この騎士団の副長と隊長…の言である。こいつらは魔物を倒してレベルアップするためにこの迷宮へと着ているのだ。通路で出くわした手頃な魔物たちを追いかけどんどん奥へと進んでいっている。
なかなか深い階層まできているのだが未だ引き返そうとする気配はない。司令官達がうまく倒しやすい魔物で敵を釣っているからというのもあるのだが、この騎士団の団長がノリに乗っているのも原因だろう。というのも。
「よし取り押さえたな。そのまま捕まえていろよ?ソイツから出る魔力は全て俺のものだからな」
この男、部下に魔物をがっちりと取り押さえさせたあとでトドメだけ刺してレベルアップを果たすという方法をとっているのだ。
通常はいくら弱い魔物だからといっても生きたまま取り押さえるというのは相応に苦労するものである。敵は死に物狂いで暴れるのだが、取り押さえる者は例え攻撃されても手加減しなければならない。そしてこの場合、苦労するのは周りにいる兵卒ばかりで、この男は見事に甘い汁だけ吸っているのだ。
それならこの男はなんの疲労も感じないし、レベルアップ独特の高欲感からより多くの魔物を倒そうと奥へ進んでいくというものだ。もっとも周りの兵どもは体力をすり減らし、疲弊しているのだが。
まぁ理屈としては全くの間違いというわけでもない。人間達には勇者を始めとした少数で飛び抜けて強い者たちが魔王を倒したことが有名になっている。その者たちが迷宮に入り、内部をひっかき回す事で混乱させ、それに乗じて大群で押し寄せて殲滅という方法をとれば確かに失う人命は従来より少なくて済むのである。
故にこうした方法でもなんでも使ってその飛び抜けて強いものを育成するというのも手の一つではあるのだ。
だが、この男を見て敵と戦う者にふさわしいかと問われれば、俺は首を振るだろう。なぜならこの男、レベルばかりが高くてスキルが全く育っていないのだ。
スキルは魔力とは関係なしに本人の素質や鍛錬によって培われていくものである。たびたび低レベルの人間が己よりずっと高位にある魔物を倒してしまうことが起こるのだが、その原因は人間達が少しでも己より肉体的に優っている魔物達と打ち合えるように血と汗を流して編み出したスキルを発動させているせいだ。
だが見ればこの男、持っているスキルはそこらの雑兵にも劣る。おそらくまともに剣を振るったこともないのではなかろうか。
これでは兵として使い物になるわけがない。力ばかり強くてもそれを使いこなすスキルがない。加えて恐らくまともな戦場での心構えすら持っていないのではないかと思われる。兵達が疲れているのをよそに自分のことだけを考え従えさせていることからありありと伺えた。
「いいご身分だな。こんなことして強くなったつもりなのか?」
騎士団が予定の広場に到着すると、俺は思わずつぶやいた。
「誰だっ!!今俺を愚弄した者がいたな!?今すぐ名乗り出ろ!」
隊長の男が唾を飛ばしながら怒鳴る。大層な地獄耳だ。荒い息を吐きながらギョロリとした目で声の主がどこにいるのか探している。
「ドルウィン様!この者です!!この者が無礼な発言を!!」
周りの兵が俺を指差し、ドルウィンという男との間からサーッと身を引いていく。
「貴様か、いい度胸をしているな。ちょうどいい、人間を斬っても魔力は手に入るんだったな。ここで我が剣の錆となるがいい」
俺へと向かってずんずんと進んでくる男。どうやらヘマをやらかしたようだがこれはこれで構わない。むしろ好都合というものだろう。
さて、と身構えようとしたのだが、不意に副長の男と目があった。男は怪訝な顔でこちらを見つめてからハッとした表情に変わる。
「ド、ドルウィン様、この者は我らが兵の者ではありませぬ!この者はまも」
副長は最後まで言葉を紡ぐことが出来なかった。あわてて隊長の男に取り合おうとしたところを素早く間合いを詰めて、鋭利に伸ばした妖姫の涙を顎の下から脳天にかけて突き入れてやったのだ。
「ばれちゃしょうがないな」
妖姫の涙を引き抜くと、ヘルムを脱ぎ捨て騎士団に向き直った。
兵達の驚愕の表情をよそに、俺はなにやらざわざわとした胸騒ぎを感じ始めていた。全身の血が沸騰したように身体がカッと熱を帯び、溢れ出てくる魔力がバチバチと周囲の大気と鳴らして身体の内で猛り狂っている。
どうやらランクアップのようだ。副長を殺したことでレベルアップを遂げたらしい。
「は、白蝋の肌に血の瞳……っ、き、吸血種だっ!!」
兵たちが叫び声を上げ、一斉に俺から距離をとり始める。急に現れたとは言え、たかが魔物一匹に驚きすぎじゃないかと思わなくもないが、無理からぬ話かもしれない。
今俺が変身を遂げたドラキュラを始めとしたヴァンパイア系統は他種族に比べ総じて強力なものが多いからだ。
最弱の魔物であるゾンビを出発点にすることで、吸血種へと至る道はごくわずかしか残されていない。しかし、逆に言えばその狭き門をくぐり抜けた者たちは皆が皆例外なく強力な能力を秘めているということになるのだ。
そして数いる魔物達の中でも最強種の一角として囁かれる理由、固有スキルの吸血がある。相手を攻撃して血を流させ、それを取り込むことにより、体力や魔力を回復させ、ステータスの上限をアップさせることができる効果を持つ。
つまり強大な敵と戦えば戦うほどより強くなっていく。さらに戦い続ける限り疲れをしらず、命さえあればいくらでも暴れまわることができるのだ。
ここに来るまでの道程で数匹の魔物を数でもって取り押さえ、楽な戦いをこなしてきたこいつらにとっては最悪の相手だろう。当然ながら俺がそんなことを許すはずもないし、奴らを一人づつ倒していくことで俺はどんどんエンジンの回転数を上げていく。加えて餌が多いので食うに困ることはない。なんならこいつらが全滅するまで戦い続けることだって出来る。
が、まずは腕試しといこうか。ランクアップしたことでステータス上昇にもいくらかのボーナスが加算されているのだ。さらに新しい魔法のスキルも習得している。
「闇より出てて 闇に帰すもの 永久たる夜の王は死を廃し 生あるものの輝きを許さず」
闇魔法lv1。どの属性の魔法を覚えるのかと思ったのだが、これはこれでちょうどいい。
俺の周囲から迷宮の暗闇よりなお濃い闇が溢れ出す。まるで意思を持ったかのように動き回り、兵達が持っている松明や魔法士達が魔法で灯している光を飲み込んでいく。
俺が今使った魔法は人間達の間ではダークミストと呼ばれ、闇魔法で初めて習得する初心者向けの技である。本来は闇の中に身をひそめるため、自身の姿をくらます逃走スキルのようなものなのだが、周囲がほの暗い事と俺がもっている魔法系のスキルのおかげで兵達の視界を完全に遮断しにかかっている。
「な、なんだ!?何事だ!!」
隊長の男が慌てた声を出して狼狽しているのを尻目に、俺はただひとり紅く光る瞳を携えて魔法士たちへと近寄っていく。
魔法士たちはその魔法の知識からすぐに闇魔法の何がしかの攻撃を受けていると見当をつけて、対策に移ろうとしていた。だが俺がそんなことを許すはずもない。
拳を奴らに軽く打ち込み昏倒させてやった。
「さて、こんなもんかな。あとはみんなでやっちゃおうぜ、なぁ?」
闇の中へと呼びかける。それに呼応したのはこの迷宮を守る戦士たちだ。もはやたぎる闘争心を隠そうともせずギラついた目で獲物たちを品定めしている。
これから起こるのは戦いにあらず。愚かにもこの迷宮へと迷い込んだ人間たちへの無慈悲な制裁なのだ。