14話 休憩中
あれからアイン達と合流した俺はいくつかの冒険者グループを狩って回っていた。ジークやエレーヌと一緒にパーティを組んでいた冒険者達もそうだったのだが、取り立てて注意すべき相手というほでの者はいない。レベル差こそ開いていることもあったのだが、高くともせいぜいプラス5といったところか。レベルアップを経るごとに今まで使えなかったスキルを開放していっている俺たちにはどうとでもできる相手ばかりだった。
「魔物め!これ以上はやらせんっ!!」
仲間を殺されて憤慨しているのか、冒険者の男が俺の肩口を狙ってボウガンで矢を放ってきた。
こいつらのレベルから言って避けるほどの必要性も感じなかったのだが、痛いものは痛いしわざわざ当たってやるのもどうかと思い、よっこいせと身体を動かそうとする。しかし。
「見え見えだよ」
ツヴァイの弓から放たれた矢が空中でその行く手を遮り、金属がぶつかり合うような音を立てて男の矢を弾き飛ばした。そして次の瞬間、男がポカンと口を開けている表情そのままに心臓から矢を生やしてばったりと倒れる。
「助かったよ。ありがとう」
「いえ、当然のことです」
そう言ってツヴァイが俺にほほ笑みかけてくる。状況が状況でなければ地上に降りたった天使とも見間違うかもしれないが、残念なことにここは戦場だ。
アインがバックラーを敵の顔面に叩きつけ、飛び出した鼻血が地面に落ちるのを待たずにその腹に剣を突き刺す。ドライが肋骨と肋骨の間にダガーを差し込み、その僅かな隙間をなぞって血の線を増やしていく。フィーアがその腰から攻撃ポーションを抜き取り、手首のスナップだけでもって敵にぶつけ、フュンフが振り上げたその巨大な鉄塊でもって右半身と左半身に別れを告げさせた。
なかなかにいい動きだ。当人たちが己の特性をちゃんとわかっており、自分がどう動けば効率的に敵を始末していけるかを理解している。
見れば、それぞれの表情は心なしか喜悦に染まっていた。戦いの中で闘争本能を活性化させ、敵に容赦ない攻撃を浴びせていく彼女らは皆が皆興奮を覚えているに違いない。
もしかしたらそういった情念は女のほうが強いのではないかとも思わなくもない。身体を返り血に染めて恍惚に身を委ねながら敵を手加減なしに八つ裂きにしていく彼女らは、紛うことなき魔性に生きる者達だろう。
「………ん?ああ、やめとけお前ら。ランクアップするまで待ったほうがいい」
アイン達が死体から流れる血に視線を寄せてフラフラと近寄ろうとしているのを見咎めた。
未だグールの俺たちには血を飲み己の力とする受け皿が完全に整っていない。俺が飲んだ時に極度の錯乱状態に陥ったことからそれは明白だった。体の傷こそ治ったものの、あんな気分を味わわせるのは気が引ける。俺の口元に付いている血を見て真似ようとしたのかもしれないが、それはやめさせておいた。
だが、血を飲むことになるのはそう遠い話でもない。現在俺たちのレベルは17。次のランクアップ、ドラキュラとドラキュリーナになるレベル18まであと少しだ。そうなってくればいよいよ魔法が使えることになるはずだ。そこにさえ漕ぎ着けてしまえば戦いはだいぶ楽になる。
「ここら辺はあらかた片付いたし一旦戻るか。騎士団ってのも来てるらしいが、今日はもう動かんだろう」
戦闘が始まってすでに数時間が経過していた。暗闇に閉ざされ昼も夜も関係ないこの迷宮なのだが、俺達にも奴らにも休息は必要だろう。司令部の方に通信すると帰ってきてよしという旨を聞いた。ならばこの場は他の者に任せ後退するとしよう。
◇◇◇◇◇◇
最下層へと戻ってきた。そこには魔物達の街並みが広がっている。商店などから漏れている光が迷宮の暗闇を照らしてその活気を現している。酔っ払って肩を抱き合いながら次へ赴く店の算段でも立てている魔物や、往来の真ん中で取っ組み合いの喧嘩を始め、それを皆で囲って声援を投げかけている者、子供だろうか何やら数人でおっかけっこでもしているのも見て取れた。
そんな様子を尻目にアイン達を引き連れ酒場へと入っていく。空いているテーブルに座りラミアの店員に適当な注文をした。
「初めてこういうとこに入ったが、ますます人間の町並みと変わらんな」
アイン達の人間性を取り戻すためにあれだこれだといろいろやっていた俺だったのだが、どうやら自分でやっているうちに感化されてしまったらしく、魔力を買うはずだったお金を少し使うつもりでここにきてしまった。
まさか俺も自分で気がつかないだけでアンデッドになった時に人間性のいくらかを失ってしまっていたのではないかとも思わなくもない。ここ最近人間的な生活をし始めたのもそれが原因かもしれない。が、それもそれでありか。
敵と戦う時には少なからず相手の情報が必要だ。敵の戦闘力はもちろんなのだが、相手の心理や狙いなども読み取り戦闘を有利に進めていくためだ。
そして今俺たちが相手にしているのは人間である。ということは自身の人間性を取り戻すという行為は裏を返せば敵の心理を読み解いていくという行為にも重なり、さらなる効率アップが見込めるだろう。
と、そんなことを考えていると注文が運ばれてきた。匂いからしてアルコールが入ったものだろうかという飲み物が人数分。サラダにスープ、そして豚か何かの丸焼きのようなものだ。テキトーにメニューを選んだので何が運ばれてくるかは分からなかったのだが、思ったより違和感なく食べられそうなものばかりだった。
「じゃあ、とりあえず乾杯。今日はみんな頑張ったな」
音頭をとってグラスを鳴らし合う。周りを見れば他のテーブルにいるものは皆魔物ばかり。人間の街ではとてもありえない光景なのだが、こうしているとまるで本当の人間のようだ。
「さて、食べよう。…これはどうしようか」
運ばれてきた丸焼きを見て少しひるむ。それなりの大きさがあり数も一つしかない。他の魔物達の様子を見ると奪い合うように料理にがっついていることから俺達もそうするのか?と少しげんなりしているのである。
「……取り分けるか。ナイフでも借りてくるよ」
「私にやらせてください」
厨房に行こうとして腰を上げるとアインが俺を呼び止めた。懐からナイフを持ち出し、慣れた手つきで料理に取り掛かっていく。
ほかの皆も小皿を回したり料理を取り分けたりと仕事を手伝ってくれていた。
「……………」
軽く驚きその様子を見守る。俺は彼女達にこんなことを教えたことはない。俺はいままで戦い続きで人間らしい作法など何一つ行ってきたことはなかった。彼女達がアンデッドになって以来こんなことを覚えた要素などどこにもなかったのだ。
ではなぜか、それはアイン達が人間だった頃の記憶を元にそれを再現しているに他ならない。今日の戦闘で多くの魔力を浴びてレベルアップを遂げた彼女達はいよいよ人間性を取り戻しかけている。
そのことで若干の喜びを感じなくもない。これで彼女達はほぼ一人前だろう。強さでいえば一般的な戦闘員達のレベルと肩を並べているし、個人個人が持つ才能も確かなものだ。さらに明瞭な思考や仕草を手に入れたことで誰かに出し抜かれたり、騙されたりといったこともそうそう起こりはしないはずだ。
ここまでくればもう一人立ちさせてやれるのかもしれない。今までは力を貸してもらう為に命の危険がある戦場へと連れてきてしまっていたのだが、わざわざそんなことをしなくともシカリウスでは生計を立てていくことができる。多才な彼女たちだ、きっとうまくやるいだろう。
それに俺の力も上がりつつかる。次のレベルアップでランクアップを果たし魔法を使えるようになればいよいよ俺が持っている強力なスキル達が使用可能となってくる。
それでも未だステータスが足りず完全とは程遠いのだが、今まで遭ってきた困難など歯牙にもかけず蹴散らしてやれるほどの力は得られるだろう。
グイ、と飲み物を飲み干す。少しの苦味と酒特有の香りが口内を満たした。
アルコールの度数はどのくらいなのだろうか。記憶の片隅にある感じとそう大差ないような気がしたが、今は人間よりも頑丈な身体になってしまっている。アテにはならないだろう。
血。今日俺が飲んだ血の味を思い出した。
この酒など足元にも及ばないくらいの興奮作用。加えて身体能力も強化されていたようにも思える。
あの味を知ってしまった。初めての体験だったからなのか、体の準備が整っていなかったからなのか、あるいは狂人の血だったからなのかわからない。しかし、アレは間違いなく魔物としての本能を狂わせ活性化するものだろう。
そんなものを飲んで嬉々として戦闘を続けていけばいずれ迎える結末はロクなものではないと思う。勝利し続けても、いずれは誰かに討ち滅ぼされる。戦いの宿命とはそういうものだ。
だから彼女達にはそうした運命は歩んで欲しくない。それでも普通の日常で起こるちょっとしたいさかいなどからは開放されないのだが、そこは俺が守ろう。
それがいままで一緒に戦ってくれた彼女たちへの唯一の恩返しなのだ。
彼女達がそう望むのなら、この身が朽ちるまで盾であり続けよう。
そんなことを考えているといつの間にやら準備が終わったのか、彼女達がじっと俺の顔をみていた。
「ああ、すまんすまん。気を取り直してみんなで食おう」
いただきますと唱えて料理へと手を伸ばす。食べてみると味も普通に美味しいようだ。そんな料理を食べて頬を緩めるアイン達を横目に、俺は少し微笑んだのだった。