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12話 罠

 さて準備はできた。とは言っても何か仕込みをしたとか特にそういうのはない。


 こちらと相手との戦力差がある以上何か策を弄さねば勝率は低いだろう。しかしながら相手は人間だ。こちらと同じく思考し、その時々の状況によっていかようにでも判断を変えて対応してくる。


 今まで相手をしてきた魔物とは訳が違うのだ。


 そんな相手に事細かで綿密な作戦を立てていては、もし何かのはずみで作戦が狂ってしまった場合予想できる展開を全て上げて対応するのは困難を極める。


 時間があればその限りではないのかもしれないが、生憎と俺たちにはそんなものはない。こうしてる間にも冒険者たちは刻一刻と迷宮の奥へと進んでいるのだ。


 ではどうするかといえば、その瞬間の直感に頼るしかない。最低限の備えはさせてもらうつもりだが、結局は戦いの中で活路を見出すしかないのだ。


 幸い地の利はこちらにある。勝率は現実的な数字までは持っていけるだろう。


 それになにより。


「こういうのってすげぇ魔物っぽいよな?」


 誰にともなく問いかける。相手と打ち合い血を流し流させ強いものが生き残る。弱肉強食の世界だ。なんだか少しワクワクしている自分がいる。人間としてではなく、魔物として己が未練を完全に捨て去るために戦うのだ。


「……?…はい」


 なんだかキョトンとして返事をするアイン。そんな様子が可愛らしくてつい頭を撫でてしまう。


「今回はお前たちに期待してるぞ。じゃあ、さっそく頼む」


「はい」


 まず最初にするのは奴らをおびき寄せることだ。そこでアイン達に一役買ってもらう。彼女たちのような若い娘達ならそんなこと造作もないだろう。というわけですうーっとアイン達が息を吸い込み。


「ごしゅじんさまー、だいすきー」


 大声で叫んだ。


「……………」


 ………俺は奴らをおびき寄せる為に助けを求めるようなセリフを言えといったのだが……。まぁ先ほどの冒険者たちのパーティーもこんな不可解な声が聞が聞こえてくれば何事かと様子を見に来るだろうから問題はないと言えばそうなのだが……。


 まぁいいや。叫びの内容の意図は考えてもいまいちよくわからんが許してしまおう。


 それで相手の動きはというと。一瞬足を止めてから少し行軍スピードを落としてこちらへ向かってくる。まぁ成功といったところか。ここで誰か一人なり二人がか弱い少女達を助けようと突出してこちらへ向かってきてくれれば話は簡単だったのだが贅沢は言うまい。


 おそらく警戒しながらこちらへ進んでいるのだろう。なかなか用心深い。基本的によほど高位な魔物でなければ人語を発して敵をおびき寄せるなどという手は使わない。そしてそんなレベルの高い魔物はこんな小細工を使わずともあのレベルの冒険者達くらいなら簡単に倒してしまうことができる。よってこの場合は高確率でただ単に助けを求めている人間だ、ということになるだろう。


 だが、なぜかは知らないが人語をごく普通に操っている例外達がここに存在する。シカリウスに属する俺達だ。正確にはアイン達含む下級なアンデッドはすこしだけ不慣れなのだがそれはさておき。


「あのルートを通るってことは……こっちだな。行こう」


 遠見のスキルで敵が辿るであろう道筋を予測して先回りする。そして敵が予定のポイントを通り過ぎようとした瞬間を見計らって任意トでラップを発動させた。すると床や壁が動き始め、迷宮内がゴリゴリと音を立てて変化を始めた。


「とりあえず成功かな。あとは俺達次第だ」


 俺は敵戦力の分断を図ったのだ。迷宮が突然姿を変えたことで冒険者たちは4人構成から2人と2人にはぐれてしまったのである。理想的な状況へと推移したことでひとまず安堵する。


 しかし彼らとて馬鹿ではない。少しの時間があればこんな仕掛けはすぐ見破られて合流されてしまうだろう。そこで。


 「各個撃破だな。いくか。」


 俺は離れ離れになった冒険者たちの片割れへと歩を向けた。そしてアインたちはもう片方のグループへと近づいていっている。


 通常は少ない手勢をさらに少なく分割して攻めるのは愚策かもしれない。だが。


「罠……か。おかしいな結構気をつけてたはずなんだけど。ちょっと待っててねジーク。こんな壁すぐに私の魔法でぶっ飛ばしてやるんだから」


「待てよ。魔法だったら俺だって使える。手伝うよ」


「あ、そうだったね」


 俺が現在相手にしようとしてる二人組は魔法を使えるのである。この二人のレベルはそれぞれ15と17だ。このレベルで魔法が使えるということは人間でいえばなかなか才能がある部類に入るだろう。


 こんな奴らをアイン達と引き合わせるのは避けたい。未だ魔法が使えない彼女達は魔法戦のノウハウがないことから、大きなダメージを被ってしまう可能性がある。それよりだったら俺一人でなんとかしてみたほうがまだいい。よって彼女たちには壁の向こう側にいる別の二人組を襲わせているのである。


 さていよいよ戦闘開始だ。俺のレベルはアイン達と同じく11。なす術なくやられてしまっても全く不思議ではない。更にアイン達と戦場を別にしたことで仲間のフォローも受けられない。だが俺にはこの闇がある。


 息を殺して冒険者たちへ近づいていく。今や俺の体は闇そのものといっていいくらい周りに擬態してしまっている。


 彼らは仕掛けを破るために魔法の用意をしている最中だ。こちらに気づく気配さえ感じない。


 一歩一歩彼らに近づきながら空間侵食のスキルを発動させ、手からあふれだした黒い液体で一本のナイフを作り出す。


 聞くところによればこいつらは初陣を終えて間もないそうだが、それもあだになったのかもしれない。初めてで不安な体験から解放されたことでつい気が緩んでしまっているのだ。


 誰にでも起こりうることなのだが、彼らにしてみれば今回それが致命傷になったわけだ。敵がいるかもしれない状況で無防備に背後を晒してしまうなどとは。


 だがそんなものに手心は加えたりはしない。そう思いながら刃を振り落ろそうとしたのだが。


「わっ。急に髪飾りがとれちゃった」


 カランと貴金属の塊が床に落下したような音が響いた。


「おいおい何やってるんだ。ホラ拾ってやる……か………ら」


 ジークという男が少女の髪から落ちたアクセサリーを拾おうと突然振り返った。当然そこには刃物を振りかぶる俺の姿があるわけで。


 奴と目が会った瞬間俺は持てる限りのスピードで武器を横に一閃した。狙うはその首…だったのだが。


「クッ!!敵だエレーヌ、背後から襲われてるぞ!!」


「…えっ!?」


 それを寸でのところで剣で防がれてしまう。たいした抜刀技術だ。


「チィッ……!」


 俺は舌打ちをして返す刀を避けながら暗闇へと引っ込んでいった。奇襲は失敗である。あのままいけば間違いなく二人共倒せていたのだが、なんの冗談か偶然起こった出来事により彼らはそれを凌いだ。


 さて大変なことになった。こちらは暗闇に身を隠しているとは言え彼らに存在を気づかれてしまった。もはや奇襲など出来ないだろう。しかし正面切って出て行こうものなら殺されるのは目に見えている。


 ……そこらの冒険者達よりは出来る、と思っていたのだが、まさかこれほどとは。当人たちの才能や勘の良さはもとより、こいつらは運をも味方につけてしまっている。


 この感じ、知っている気がする。うまく説明できないのだが、俺の本能と記憶の奥底に眠るものが囁いている。本人の自覚なく事がうまく運び、ピンチに陥ったとしても必ず道が用意されている。


 ………勇者だ。


 しかしこいつらがあの魔王を倒した勇者であるはずはない。レベルが足りなさすぎる。恐らくは勇者の卵か、それに類するものであると目星を付ける。


 だがそれでも十分すぎるほど危険な相手だ。こんなものを相手にしていていては命がいくつあっても足りやしないだろう。しかし出会ってしまった以上は避けて通れない。


 俺だけなら闇に身を隠してこの場から逃げ出すことだってできる。己の生存を求めるならそれが正解だろう。しかし、ここには俺の他にアイン達がいる。俺が引いてしまってはその矛先は彼女らに向かってしまうのだ。


 だから引けない。こいつらを俺がこの場で倒してしまう必要がある。真っ当な理屈でいえば困難を極めるだろう。単純な力の差も去ることながら、こいつらは神の祝福でも受けているようなものだ。


 しかし逆にこれはチャンスなのかもしれないとも思っていた。こいつらが勇者へと至る運命を捻じ曲げ、それに勝利してしまうというのは、それだけ俺のほうにより強い世界の力が働いていることを意味する。ということはつまり……


 ぼう、と迷宮に明かりが灯され始めていた。恐らくはあの二人組の火の魔法だろう。いくつかの火の玉のようなものが浮かび、一定間隔を保ちながらあたりを漂って照らしている。


 それにどの道ここに居れば見つかってしまうのだ。迷っている暇はない。


 足元に落ちていた小石を拾い上げ、あらぬ方向に投げた。そしてそのまま冒険者たちへと襲いかかる。気休めだが、音のした方向に気を取られてくれれば儲けものだ。


 そしてやはりそんな都合のいいものは起こらず、姿を現した俺に魔法士の女が放った火球が飛んでくる。詠唱をしている姿を見ていたのでこれはなんとか回避することができた。しかし、問題は次である。


 男が剣を構えている。先ほど一度打ち合ったことからこいつの剣の腕が並外れていることが分かっていた。


 手元になにやら霞がかかった、と思った瞬間わき腹に激痛を感じた。


「ぐゥっ……!!」


 つい悲鳴がこぼれそうになった。斬られたのだ。奴の剣筋を見切り、咄嗟に妖姫の涙を硬化して脇腹に忍ばせていたとはいえ、ダメージは馬鹿にならない。さらに武器に火の魔法でも付与していたのか傷口から徐々にダメージが蓄積されていっているようである。だが。


「なに!?」


 男が驚きの声をあげる。てっきりそのまま白兵戦へともつれ込むと思い込んでいたのだろうか。瀕死の重傷だが一刀を耐え切った俺はそのまま奴を通り過ぎ、魔法士の女へと襲いかかったのだ。


「ジークっ…!」


 女が叫び声を上げ抵抗しようとするのだが、そのままの後ろ手を押さえつけながら刃を喉元に当ててやる。


「捕まえたぞ。形勢逆転だな」


 俺は笑みを浮かべながら宣言した。

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