11話 侵入者
ゲートをくぐり迷宮の最下層へと足を踏み入れる。そこにはシカリウスほどの大きさはないものの、魔物達の町が広がっていた。
「……何かあったのですか?」
先に到着していたアイン達と合流すると、フュンフが心配そうな表情でたずねてきた。
あったにはあったのだが、彼女が聞きたいのは用事の内容ではるまい。おそらくは俺の少し沈んだ表情を読み取って気遣ってくれているのだ。
「いや、問題はないよ。さぁ行こう」
彼女達にも悟られるほど目に見えてわかってしまうのか、これほどとはな。などと思いながら質問をはぐらかす。任務が始まる以上俺は彼女たちに寄りかかってしまえる立場にはないのだ。
さて、ここで就く任務なのだが前回と同じく迷宮の最下層の防衛となっている。正確に言えば前は止むにやまれぬ理由でそうなってしまったわけなのだが、今回は制作途中の迷宮ではないので全滅の危機に直面するということにはないだろう。冒険者か魔物かは知らないが、この迷宮のコアを奪おうとしてくる連中を相手にすることにはなるのだが。
さて、そもそもなぜ迷宮などというものがあるのかというと、それは地下深くで龍脈より魔力を組み上げる装置であるコアを死守するための防衛施設なのだ。
人間は別にそんなことはないのだが、魔物は生きるために魔力が必要だ。これを怠るということは死活問題であり、製造方法に非常に高い技術と手間を要するコアは絶対になくてはならないものなのだ。
ではなぜそんな重要拠点に侵入者を招いてしまうような入口を作っているのかとなるのだが、それはより人間領などへ侵攻し、新たな龍脈を探すための兵たちを放出するためだ。
現在ここを含めたシカリウス領の傘下にある迷宮は人間や他の魔物達への争いを仕掛けているということはない。しかし、先代の魔王の時に既存の迷宮の多くが作られているため、入口はあるわ、新たに魔力の採掘施設を作ろうにもすでにおおかた龍脈がある場所には迷宮が存在してしまっているわでこうなってしまっているのだ。
入口を塞いでしまってもいいのだが、先の勇者との大戦で他の魔物達にはもとより、ほとんどの迷宮は人間たちに場所が知られてしまっている。どの道攻めてくるのならば隠す必要もない、ということになっている。
それに、侵入者があるということは何も悪いことだらけではない。彼らを倒すことで迷宮やその防衛者に魔力が行き渡るし、基本的に魔物達は闘争を好むしでまんざらでもない様子も見て取れる。わざわざ冒険者をおびき寄せるために宝箱なんてものも置く魔物だって存在している。
さて、そんなわけで迷宮の防衛戦力の充実に加減をしてはならない訳なのだが、今日ここに俺達が呼び寄せられた理由はというと。
「へぇ、冒険者と騎士団が結構な数ここに向かってきていると」
他のパーティーリーダーの魔物達と打ち合わせをしながら呟いた。そうそうに敵の気配を察知した上層部がこの迷宮の戦力拡充を測ったというわけだ。
幸運なことに勇者含むその一行の姿はないらしい。恐らくはレベリングの効果を知っている連中が腕試しにやって来るということだろうか。
「そうだ。そこで、お前たちは迷宮の比較的上層で戦ってもらいたい。活躍は俺も聞いているぞ。期待している」
「ああ、任せてくれ」
司令官である魔物から命令が下された。この迷宮はシカリウスのように大戦力を擁立しているわけではない。なので向こうが連携をとって大戦力でくるならば上層から防衛戦を張り、少しづつ後退しながら徐々に敵の戦力を減らす必要がある。
司令官の口ぶりだとなかなか頼りにされているようが、恐らく先陣を任されたのはそれだけが理由ではないだろう。
というのも、ここにいる魔物たちのレベルは15~20のものが多いからだ。
前のような低級な魔物ではなく、守護を任されているれっきとした戦士たちなのである。俺達のレベルはせいぜいレベル10そこそこ。おまけに実績も少ない。仲間との戦力に差が開いてしまっては連携も取りづらくなるということだ。つまり、正直俺達を持て余しているという意味が出てこないでもないのだ。
そこで本隊とは少し離れた上層に配置する。よく言えばルーキー達に戦いをより多く経験させてレベルアップのチャンスとさせる。悪く言ってしまえば……出来るだけ敵の弾数を減らせといったとこか。
ここら辺は少し人間たちの思考と解離していると思わなくもない。人間ならば、程度の差はあるだろうが何事も少しづつ経験を積み重ねさせ、一人立ちできるまで陰ながら見守ってやるというのが普通ではなかろうか。次代の力というものはそうやって受け継がれていくものだ。
だが魔物達はというと。人間と比べて長命であるため世代の交代の頻度が少なく、力を継承させていくという風潮は薄い。さらに、その性質ゆえ常日頃から闘争に身を置いているため、戦いで敵を倒して己の手でのし上がってナンボという考えが浸透している。扱われる命の価値が違うということだろう。
無論前の迷宮の司令官であるハゲルのような情に厚い魔物もいるのだが、大多数の意見ではないのだろう。周りの他のパーティリーダーがごく当たり前といった風に沈黙を守っていることからそれが伺える。
じゃあ俺はというと、特に問題はない。レベルアップの機会が与えられたのだ、強くなると決めている俺にとっては反対すべき理由もない。
ただ、気にかかっているのはアイン達だ。この迷宮の中でも恐らく一番危険な場所へとまた彼女達を連れて行ってしまうことになる。
命令だから仕方ないと言ってしまえばそうなのだが、その中には間違いなく俺の野心、エゴが介在している。
俺にはまだ彼女達の力が必要なのだ。俺だけでは戦い抜くことはできない。しかし、死んでアンデッドとなった彼女達にはもう戦って欲しくないとも思っている。恐らくは俺と同じ境遇に置かれている彼女達に少なくない同情を覚えているのだろう。
だが、俺はまだまだ強くならねばならない。強くさえあれば彼女達を戦いに駆り立てることもないだろう。
強ければ他のすべてから彼女たちを守ってやれる。しかし、強くなるためには彼女達の力を借りねばならない。そんな二律背反に襲われながら俺は司令室を後にした。
今はまだ闘争へと誘うことを許して欲しい。その代わり絶対に死なせない。そう自分の中で再確認をして配置場所へ向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
迷宮の内部は暗闇に満ちている。魔と名のつく者はおしなべて闇を好み、友とする。魔物である俺たちだって例外ではない。視界が人間の頃に比べて良好なのはもちろんのこと、匂いや迷宮に響き渡る音にまで敏感に反応できる。闇は感覚を研ぎ澄ませていくのだ。
地下深くに掘られ、暗く閉ざされた迷宮はより一層の魔物達の活性化を生む。要塞などではおそらく味わえない感覚であろう。
「近づいてきているな。数は4」
遠くから侵入者達の気配を察知した。二足歩行、淀みない足音のリズム。おそらくは人間だ。
魔物との死闘を繰り広げたのはまだ記憶に新しいが、人間と一戦交わすというのはこれが初めてである。知性の低い魔物を相手にするのならレベル差が多少あろうが、まだやり用はある。しかし、人間とくるとそうもいかないに違いない。
「ちょっと様子を見てくる。ここで待っててくれ」
「わかりました」
暗い迷宮の中を足音を殺して歩いていく。なんだか自分の身体が闇に溶け込んでしまっているような錯覚を覚えた。それだけ今の俺は気配というものを全く感じさせない状態にある。一歩足を地面につけるとそのままドロリと溶けて闇と消えてしまいそうだ。
そうして侵入者達をこの目で確認できる位置につけた。どれ、と鑑定スキルを発動させてみる。
レベルは14が二人と15が一人、さらに17が一人だ。スキルもまぁまぁ冒険者向きなのが揃っている。パーティーの構成を見る限り目立った穴もないようだ。人間にしてはなかなかやる。
こいつらと正面切って戦うのは正直言って避けたいところだ。俺達とのレベル差も理由の一つなのだがいい勘を持っていることも見て取れる。ここはまだ上層なのだが、ここにくるまでにそれなりのトラップもあったはずである。それすらも回避していることから、侮れない。
「ねぇジークはさ……なんで冒険者になろうと思ったの?」
突然パーティメンバーの一人である女が、レベル17………リーダー角であるのか、の若い男に話しかけた。
「急になんだい?そんなこと聞くまでもないだろう」
「いや……さ、前の初陣では上手く事が運んで生還出来たけど、今回もそうなるとは限らないじゃない。なんだか私不安になっちゃって」
俺は息を殺して会話の続きを聞いた。
「何度も言わせるなよ。俺はお前と一緒に冒険して住みよい世の中にしていくんだ」
「私と…一緒に?」
「ああ、お前じゃなきゃ俺の相棒は務まらない。それにお前は俺の………って何言わせるんだよばかっ」
ほう。
「ご、ごめん。でも私なんだか元気が出たよ!」
「またまたいつも通り見せつけてくれちゃってますねお二人さん!」
「そうだな、いい加減ジークも素直になればいいというのに」
そうしてパーティーのメンバーは声を出して明るく笑い始めた。和気あいあいとした雰囲気である。
………なんだか俺は物寂しさを感じた。あの冒険者グループに生前の俺を重ねていたのだ。無論俺に記憶などないのだが、人間を見て遠い昔にもしかしたら俺も同じように笑っていたのではないかとも考えてしまう。
なんだか懐かしいような、それでいてすこしだけくすぐったい。幸い魔物とはいえ俺の姿形は人間そっくりだ。このまま姿を現して話しかけてしまえば、俺もあの輪の中に入ることが出来るかもしれない。だが。
「もう出発しよう。魔物刈りだ。たくさん殺してやつらに復讐してやろう」
とっくに戦いの火蓋は切って落とされている。勇者が魔王を討伐したことで人間は流れを引き寄せ始めた。昔までのようにやられっぱなしではないのだ。積年のうらみつらみは相当なものだろう。よって和解など不可能なのだ。
俺は闇の中でほくそ笑んだ。望むところである。そちらが俺たちを殺してより強い力をえようとするのならば、こちらは人間への未練を断ち切るための道具として利用させてもらおう。