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1話 目覚めた男

 魔暦432年。長きに渡り己の生存をかけて戦いを繰り広げてきた人間と魔族はある局面を迎えた。勇者率いるパーティーが魔王を討伐したのだ。

 

 総戦力で言えば人類側は圧倒的に不利な立場にあり、刻一刻と迫る敗北を前になす術がなかったのだが、勇者の誕生により状況は一変した。勇者のパーティは少数精鋭ながらも機動力と突破力を武器に瞬く間に各地に散らばっていた迷宮の攻略を始め、最下層に陣取るボスモンスターを撃破していった。

 

 すると、リーダーを失った迷宮は指揮系統に乱れが生じて大混乱に陥り、その隙を突いて騎士団が突入し、迷宮に残った残党を殲滅していった。そうしていくうちに勇者たちはやがて魔王の城へと続く道を拓くことに成功することとなる。


そして魔王の城でも迷宮攻略で使われた作戦、勇者率いるパーティーによる電撃作戦が行われ、多少の被害は出したものの、見事魔物たちの総本山である魔王城を攻略したのだった。

 

 依然として人類と魔物たちの間にある総戦力の差は魔物たちが圧倒的優位にたっていたのだったが、魔王が討ち取られ、重要拠点である魔王の城を人類に抑えられたことで魔物達は戦力を大きく分断されてしまっていた。さらに次の魔王の椅子を狙い、各地で有力魔族たちの内乱が多発した。


すると魔物対人類という大きな構図で見れば、魔物たちは内と外との戦いを強いられることになり、そこを人類につけこまれる事態にまで発展した。


 そんな訳で、人類側は連日各地でお祭り騒ぎ状態が続いている。長い間魔物たちの侵攻に怯えるしかなかった日常が一変し、ついに魔物に反旗を翻すチャンスが得られたのだ。

 

 未だに戦争中ではあるものの、その開放感は大きく、人々は魔王を打ち破った勇者を敬い奉った。勇者はもはや信仰の対象となり、少数の手勢で大群を下す、というまるでおとぎ話のような働きは憧れを生んだ。その結果、各地で冒険者という職業が誕生することとなる。


 彼らは騎士団に属するでもなく、少数で迷宮攻略をライフワークとする者たちだ。自分もあの勇者のようになりたい、という願望から始めた者が多く、今流行りの…という具合も手伝って、村々の腕自慢や荒くれ者が立身出世を夢見て旅立っていった。


 しかしそんな彼らでも意外なことに、ある一定の成果を納めるまでに至ったのだ。それはなぜか。


 今までの対魔物戦における人類の対策としては主に騎士団が大群で迎え撃つ、あるいは迷宮に突入するという手法がとられていた。その方法は決して間違いではない。徐々に侵攻を許しながらでも長年の魔物たちとの戦いを支えてきた実績を持つ戦法だ。が、勇者がとった少数精鋭で一点突破という一見無謀ともとれる戦術のおかげで、この世界におけるひとつの法則が見つかったのだ。


 人間は魔力を蓄えれば蓄えるほど強くなる。


 迷宮などに跋扈する魔物たちを殺し、その魔力を浴びることで物理法則---この世界ではまだ全て解明されてないものだが、をも無視する超常的な力を手にすることができるということだ。


 以前のように騎士団の大群で攻め入り、魔物と対峙するという方法でも魔力を得ることができていたのだが、魔力の受け取り手が大人数ならそれだけ魔力が分散してしまい、得られる力も低くなってしまっていたのだ。そうなると大きな力を持った魔物と出会おうものなら、なんとか戦うために頭数ばかりが必要になって、そしてまた魔力の分散が起きて……という悪循環がおこっていたのだ。


 そんな訳で、未だ数は多くないものの冒険者たちは各地に散らばる迷宮をそれなりに攻略し、名声を高めていった。

 

 というように勇者は魔王討伐のみならず、魔力を体内に溜め込んで強くなる、レベリング---この世界ではこう呼ばれ始めた、のシステムを世に送り出したことで一躍人類のリーダーに上り詰め、魔物を殲滅する象徴として掲げられた。このままいけばそう遠くない未来で人類は長きに渡った闘争を終結させることができるかもしれない。だが--------


◇◇◇◇◇◇


「………ッ………」


 目が覚めた直後、割れんばかりに頭に激痛が走る。わずかに空気を震わせた自分の声さえも聞き取れないほど、ひどい頭痛だ。とっさに手で頭を覆う動作をとったのだが、身体がうまく動かせない。まるで錆び付いた歯車を無理やり回そうとして、失敗してるみたいだ。


 体の関節が軋みを上げている。ずいぶん長い間倒れていたのだろうか、これ以上動かさないでくれバラバラになる、といった悲鳴さえ聞こえてきそうなほど消耗しているようだ。それでも無理して上体を起こそうと努力してみるのだがやはり身体のどこにも力が入らない。諦めてぐったりと脱力する。


 そうしている間にも頭痛は続く。よくわからないイメージが頭に浮かんでは通り過ぎていき、俺はガクガクと痙攣し続けたままその場から動けずにいた。一体これはなんだ、どうなっているんだ。声さえあげられず苦しみに耐える。


「ですからよぉ、この階層にゃもうなんにも残ってませんぜ」


「………っ!」


 遠くから人の声が聞こえてきた。思わず助けの声をあげようとしたが、やはり声が出せず徒労に終わる。

 

 足音は複数だ。石か何かでできた床を歩いているのだろうか、コツコツと足音を立ててどんどんこちらへ近づいているようだ。助かった、このままこちらへ来てくれれば気づいてもらえるはずだ。


「この迷宮は勇者が魔王の城にたどり着くための足がかりの一つとしていた迷宮でしてなぁ、ここのマスターはそうそうに勇者がぶっ殺しちまったんでさぁ」


「で、でも、もっと下の階層にはまだ魔物が残っているんでしょ?そ、そいつらが外に出ようと上の階層に登ってきてたら危ないじゃないか」


 男数人のグループだろうか。その先頭に立っている二人の男がなにやら会話しながら向かってくる。片方はいかにも冒険者といった風貌の男だ。腰に剣をさし、軽鎧を身につけている。


「それはありませんぜ、確かにこの迷宮は踏破こそされちゃいませんが、やつらはずっと奥に引っ込んだまま出てきた試しがないんですよ。なぜか守りは硬いが決して攻めてくることもない。一応生きている迷宮だから適度な緊張感があって、あなたのようなかけだしの騎士様や俺達冒険者連中にとってはいい練習場所になるってんで有名な場所ですぜ」


 それに答える形でもうひとりの男、背が小さく小太りで金に物を言わせたようなきらびやかな装備をまとった少年が答える。


「か、かけだし?貴様も僕を侮辱するつもりか!父上にいいつけてクビにするぞ無礼者!」


 突然怒りだし、肩をすくめる男に怒鳴りかかった。少年の後ろに控えるようにして立つ甲冑をまとった戦士たちがやれやれといったようにあとに続いている。


 話をまとめると、冒険者風の男の話ではここは迷宮の内部階層ということらしかった。そしてあの少年の迷宮探索の練習に来ていると。そして迷宮、勇者と考えたところで俺は自分の記憶がないということに気がついた。正確には自分が何者か分からい。彼らの会話から出た単語などから大筋の話は理解できることから、すべてを思い出せないということはないにしろ、俺の名前やなぜこんなとこに倒れているかなどがさっぱり思い出せない。一体どういうことだ、この今も続いている頭痛と何か関係あるのか、などと考えていると。


「うわああぁぁあ」


 少年が大層な驚きっぷりで尻もちをつき、ある一点を指差している。


「ま、魔物だ!」


 少年の視線の先は------俺だった。




少年があうあうと言葉にならない驚きを浮かべているが、俺も驚いている。自分に関する記憶を失っている俺だが、不思議と自分は人間であると思い込んでいたからである。


「おー、こんなとこに魔物がいるなんて初めてだな。だが安心してください騎士様。こいつはゾンビつって、レベルは1。間違いなく最弱の魔物ですよ」


 慌てふためいている少年とは対照的に冒険者風の男は落ち着いて解説している。

「みたところ瀕死なようですな。人を襲うどころか、たって歩くことも不可能でしょう。知性もほとんどないので仲間を呼んだり待ち伏せしてたりということもありません」


 ゾンビだと?それは俺も知っている。このイヴァリース大陸に展開している魔物は数多くの種類がいるが、その中のひとつのアンデッド系最弱のモンスター。死んだ人間の死体に微小ながら魔力がやどり、人間を襲うために迷宮などを徘徊するのだが、移動スピードは人間が普通に歩く速度にも劣り、攻撃もただ腕を振り回すなど単調なものが多い。身体が腐っているので耐久力もほぼ無しに等しく、棒っきれでも持ってれば子供でも撃退が可能だ。などと突然頭に浮かんできた知識に驚きつつ、復唱していると。


「な、なんだ驚かせやがって。クソがっ」


 ガツンと横腹を思いっきり蹴られた。俺はたまらず吹き飛び、近くの壁に叩きつけられる。


「…が…っ…ぁ……」


 がはっと口からよくわからない何かが漏れた。蹴られた箇所を見ると肉も骨も潰れてしまっている。ゾンビだからなのか見た目ほど痛いとは思わなかったが。


「このっこのっこのぉ!あんなので僕を驚かせたつもりか!僕はここの領主の後継のカール様だぞっ。お前ら下劣な魔物なんてすぐに皆殺しにしてやる!」


 さきほどの怯えていた様子はなんだったのか、相手がゾンビだとわかると急に強気になり俺の腹や顔をブーツの底で力いっぱい踏み始めた。


「……………」


 これまたそこまで痛いとも思わなかったが、何やら体からスーッと力が抜けていくような感触に陥る。ああ、前にも経験したことあるかも、これ。


「おいっ、回復ポーションをわたせっ。あのゾンビにぶつけてやる!」


 通常、回復ポーションは使用者の回復を助けるためにあるものだが、アンデッド系に限り、その液体をかけることによってダメージを与えることができる。いつの間にやんだのか、頭痛が収まった代わりにひどい脱力感に襲われている頭でぼうっと考えた。この感覚、前にも味わった感覚。


 死だ。


 ああ、と。やっぱり俺は人間だったのだと思った。身体こそこんなことになってしまっていたが、それはきっと一度死んでゾンビとして蘇ってしまったからなのだ。なぜこんなにも明瞭な思考を持っているのかが不可解だが、再び死に瀕している今この時も俺は俺でいられている。魔物としてではなく、人間として死ねるのだ。


 よしんばこのまま助かったとしても、俺は人を襲わなければいけない。そうやって魔力を集めなければ体を維持できないのだ。魔物は人を襲う。討伐にくる騎士団や冒険者ならまだいいが、時には集落などで何の罪もない人達を襲うことだってある。そうすることは避けたかった。幸い身体中はボロボロだ、回復ポーションをぶつけられれば跡形も残るまい。もう一度ゾンビとして彷徨うことはないのだ。これでいい、これでいいんだ。そうしてゆっくり目を閉じようとしたその瞬間。


「」


 だれかの声を聞いた気がした。きれいな、そしてとても聴き心地のいい声。誰の声なのかはどうやっても思い出せないが、突然カッと全身に力がみなぎった気がした。こんなとこで死んではいけない。まだ終われない。やるべきことが残っている。まるで強迫観念に突き動かされるがごとく、ここで死ぬわけにはいかないという強靭な意思が自分の中から溢れてきたのだ。

 

 俺はその激情に突き動かされ出来うる限りのことをしようと思った。何か、何か生き残る術は………。かすかな風の動きを感じた。見れば、すぐ隣にぽっかりと空いた穴のようなものがある。かなり深いのか、底は全く見通せない。ここから落ちるか?いや、ただでさえ身体の損壊が激しいというのに、こんなとこから落ちたらそれこそ、と逡巡するが、やるしかない。このままここにいるよりはマシだと覚悟を決める。


「…クッ……」


 相変わらず動かない身体に鞭を打って必死に穴へ向かう。腕や足を動かそうとするたびに体が悲鳴をあげ、自壊していってるがそんなのは関係ない。今は体を動かすことだけを考えろ。と奮起しているとやっと穴までたどり着いた。距離にして30センチほどだが息も絶え絶えだ。しかしあとほんのちょっと力を込めるだけで穴へ飛び込める、が。


 どすんと強い衝撃が背中を襲った。見ればポーションの用意を配下に命じていた少年、カールが嫌な笑みを浮かべ俺の身体を穴へ向かわせまいと踏みつけている。


「逃げられるとでも思ってたの?面白いからそばで見てたけど魔物は意地も汚いらしいね」


 あともうちょっとのところで届かない。ここで終わりか、いやでもまだ、と俺が必死に逃れようとするのをカールはゲラゲラと腹を抱えて笑った。


「ん?よく見ればお前変な仮面をつけているじゃないか。お?なにか書いてあるぞ、どれどれREST IN PEACE ? ははっなかなか冗談がわかるじゃないかオマエ」


 うるさい。今はそんな場合じゃない俺はこんなとこでは死ねない。まだやることがある。どけ、どいてくれ。


 「ああもううざったいな暴れるんじゃない。そんなに逃げたいなら逃げていいよホラ足をどけるからさ」


 背中にかかっていた圧力が無くなった。これで俺は---------次の瞬間体に衝撃が走ったカールがポーションを力いっぱい俺にぶつけたようだ。浄化が始まったのか、辺りに煙が充満する。


「じゃあね汚らわしいゾンビ君。今度は安らかに眠るといいよ」


 思いっきり蹴り上げられ、穴に落下していく。最後にカールの哄笑を聞いた気がした。


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