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昼過ぎの恐怖体験

作者: 竹仲法順

     *

 その日の正午前まで、俺は駅前でティッシュ配りのバイトをしていた。道行く人たちに一個ずつ渡すのが仕事だ。晴天で雲は一つもなかった。俺も単発のバイトには慣れている。普段自宅のパソコンか持っていたスマホでその手のバイトを探り出し、応募していた。採用となればすぐに狩り出される。ずっとそういったアルバイター生活が続いていた。昔大学在学中に一度だけ上下ともスーツを着て、インターンシップで仕事をしたことがあったのだが、今はもうすることがない。ずっとバイト生活が続いていた。部屋も大学時代からの場所をずっと移らずにいたのだし……。

     *

 正午を過ぎた頃、持っていたスマホが鳴り出す。主任の鬼岡(おにおか)からだ。すぐに通話ボタンを押して出る。何せ鬼岡は本当に鬼のように怖いからだった。こういったバイトを斡旋するのは大概ヤクザ紛いの人間が多かったのだし、実際鬼岡もどこかの組に所属しているらしい。

「前田、上がっていいぞ。会ったらバイト代渡すから来いよ」

 ――分かりました。では。

 電話を切って片付けを始める。ティッシュはかなり残っていたのだが、別にいいと思いダンボールごと抱え込んで歩いていく。そして鬼岡がいる街裏手のビルへと行った。駅から二百五十メートルぐらいしか離れていなくてそう不便でもない。俺も駆け足じゃなくてゆっくりと歩いていった。やがて鬼岡たち主任がいる場所へと入っていく。この詰め所から今日の午前九時に駅前まで出勤したのである。半日の単発バイトはさすがにきつかったのだが、報酬は断然いい。

「戻りました」

 鬼岡のいるはずの部屋の扉をノックしたが反応はない。どうしたのかなと思い、ドアノブに手を掛けて右に回すと開いて、開いたままの状態だったようだ。不可思議に思ったのだが、多分施錠のし忘れだと思い、室内へと入っていって、

「主任、ただ今戻りました」

 と改めて言うと、次の瞬間、鬼岡がソファーの上で倒れていた。首には絞められたような跡があって、すぐに救急車を呼ぼうと思い、スマホを取り出して一一九番通報する。さすがに慌ててしまう。ついさっきまで鬼岡は生きていた。何者かによって殺害されたのか……?確かに扉が開いたままだったから、犯人が侵入し、他殺だった線も考えられないことはなかったのだが……。やがて救急車が駆けつけてきて、すでに死亡していた鬼岡の遺体を担架に載せ、運び出す。

     *

 俺の他にもバイトの人間が数名いたのだが、皆帰った後だったようだ。俺以外の人間に鬼岡は報酬を渡し、俺だけがもらえず、おまけに事件にまで巻き込まれた。警察は他殺の線で捜査を開始したようだが、これと言った手掛かりが見つからない。鬼岡謙一がなぜ殺害されないといけなかったのか、理由が判然としないのだ。そして俺も自宅マンションに帰らせてもらおうと思った。その矢先に鬼岡の仲間の一人が俺に、

「前田、バイト代渡すから」

 と言って単発バイトの報酬をくれた。俺もあまりいい気持ちはしなかったのだが、さすがに鬼岡が死ぬとは思っても見なかった。しかも不自然な感じで。首周りの索条痕が引っ掛かる。絞め殺したのは一体誰なのだろうと感じながら……。だがいいのである。報酬を受け取り、ビル前の駐輪場に停めていた自転車に飛び乗って自宅に戻る。疲れていた。シャワーを浴びて、帰りに買った弁当で軽く一缶ビールを飲むつもりでいる。確かアルコールフリーのビールがダースで買ってあったはずだ。俺も酒は飲むのである。わずかな量だったが……。

     *

 木造でボロの自宅マンションに帰り着き、室内へと入ってすぐに着替えを用意した。そしてシャワーを浴びるため、バスルームへと向かう。年中温水シャワーを浴び続けていた。夜の寝付きをよくするためである。冷水シャワーにすると体が冷えてしまって血液の循環が悪くなるから温めにしていた。風呂場でシャンプーした後、コンディショーナーまでして髪を整えてから、ボディーソープで体を洗おうとしたとき、ほんの一メートルほど先に男性が一人立っている。まだ若い男だ。誰だろうと思い、

「おい、何で他人の家に勝手に入ってきてるんだ?出ろ!」

 と言うと、男が笑い、

「鬼岡謙一は俺が殺した。お前にも死んでもらう」

 と言い出す。俺も不可思議で、

「何言い出すんだ?」

 と訊くと、その男は下半身がなく、上半身しか現れてなかった。つまり霊である。そしてその男の霊が、

「俺は田辺康太だ。昔鬼岡の仲間たちからリンチを受けて死んだ。だから鬼岡に報復した。今度は鬼岡の下で働いてたお前を殺す」

 と言い、にじり寄る。取り出したダガーを手に持ち、近寄ってきたので、

「止めろ!俺は関係ないじゃないか?」

 と言うと、田辺が、

「鬼岡に関係するヤツらは全員許さない。いくら泣いても喚いても意味ないよ。誰も助けに来ないんだしな」

 と言ってまた軽く笑い、一瞬の後表情を変えて、一気に俺へと近付いてきた。ダガーが腹部と急所である心臓部に突き刺されると、ドッと血が溢れ返る。そしてそのまま意識がなくなった。確か倒れ込む前に「ギャー」と喚いたのまでは覚えていたのだが……。

     *

 不意に目が覚めた。今までの出来事は夢で、俺自身、今朝はベッドの上で汗だくのまま眠っていたようだ。ベッドサイドのアラームを見ると、ちょうど午前八時半である。自分でも容易に気が付くぐらい汗が大量に出ていた。そして覚めた後、起き出す。仮にもし今日、あの鬼岡のいるバイト先に行ったらこうなっていただろう。つまり同じ夢でもさっきまで見ていたのは予言の類なのだった。ふっと背後に何者かの存在感と視線を感じる。ふっと振り返ると、次の瞬間、金属バットが振り下ろされた。バーンバーンと大きな音を立てて繰り返し繰り返し。そして振り下ろしているのは田辺本人だった。やはりどっちにしても殺される運命だったのだ。出勤するにしても、家で過ごしているにしても。徐々に意識が遠くなり、やがて死んでしまった。次に生まれ変わるときは、田辺のような悪霊となってまた地上に戻ってくるのだろうか……?分からない。死んでしまって死後の世界へと向かっている今の俺には。

                              (了)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章の書き方、表現の仕方が好きです。 ストーリーも最後はどんでん返しになっていて良かったです。 [気になる点] 短編なのでしょうがないですけどもうちょっと人物に深みがでれば良いと思いました…
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