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人獣奇譚  作者: Unajin
6/11

#第参幕


 あの日以来、何かと山へ登れば"(父の仇)"はセツの前に姿を現す様になり、セツはその度に"獣"を撃ち取ってやろうと試みるのだが上手く行く事はなく、やがてセツは諦めて"獣"の成すが侭にさせる事にするのであった。

 尤も、大概の場合は"獣"がセツの後ろを猟犬の様に追うばかりでセツを捕って喰おう等と言う考えは無い様なのだが、其れよりも"獣"が現れるとその日の狩りは殆どボウズで終わると言う状況が問題なのだ。


「何故私に纏い付く」


 その日も兎一匹穫れず、セツは苛立ち気に後ろを歩く"獣"を問い詰めた。


「"仇討ち"はどうした、"山狗(ケモノ)"どもは村里に居ると教えてやったろう」


 飄々とした様子で"獣"はそう言い返す。


「"仇"は今、目の前に居るだろう。それに……お前の言葉を信じる理由も術もない。本当に村人の中に"山狗(ケモノ)"が隠れて棲んでいるとしても、其れを見破る方法が無いのならどうすることも出来ないではないか」


 娘は不機嫌な顔でそう告げると、"獣"はわざとらしく会話の話題を変更する。


「所で、怪我の具合はもう良いのか?ほれ、あの"マシラ()"の面はどうした」

「アレはもう辞めた、どうせ山の主は"ヒト"と"マシラ"の区別も付かぬからな」


 その言葉に"獣"は大きな口を歪ませるのであった。

 この表情は"獣"が笑っているのだと気が付いたのは最近の事である。 

 そして、セツはこの"獣"の笑みが嫌いでは無いと思うように成っていた。


 結局、この日は僅かな茸と山菜を穫って小屋へと戻る事にした。

 この所大きな獲物を捕っていないせいか、すっかりと村里へ降りる回数も減っている。

 しかも在ろう事か抜け抜けと"獣"はセツの住む山小屋に上がり込んでは一緒に飯を喰う始末である。

 この図々しい"父様の仇"に呆れつつ、心の中では何処かこの"獣"との生活が楽しくも在るとセツは思い掛け、その思いを否定するかの様に首を振るのであった。


「大体、何故お前の分まで食事を作らねば成らぬのだ、コレではまるで私が――」


――お前の嫁の様ではないか。


 セツはそう口に出し欠けて、慌ててその言葉を飲み込んだ。


「何じゃ?」


 "獣"は首を傾げると、不意に立ち上がり小屋の外へと出る。

 そして、その半刻ほど後――すっかり鍋が煮え経った頃合いに小屋の戸を叩く音が鳴る。


「村長?」


 米袋と野菜の入った駕篭を土産に背負い山小屋を訪れた村長に戸惑いつつ、セツが小屋の中へと村長を招き入れると、村長は二つ出されていた椀を見て訊ねた。


「誰か、来ておったのか?」

「いえ……父様の為に」


 セツは自分の迂闊さに心中で舌打ちをしつつ、表情を崩さずに平然とした様子で答えるのであった。

 その言葉を信じた村長は何とも言えぬ表情で、この猟師の娘の心中を察するかの様に頷き其れ以上は何も言わずに座る。

 そして、セツにそのまま食事を続ける様に促しながら、村長は出された薬草茶を啜り訊ねるのであった。


「この頃はどうしておった?顔を出さぬので心配して来てみたのじゃが」

「さっぱり獲物が捕れなくて、手ぶらでは情けなくてなかなか降りれませんでした」


 セツは箸を止めて、少し照れ臭そうに頭を掻く。


「村一番のテッポウ撃ちと呼ばれるお前さんが不猟とは、珍しい物だな」

「悪い"モノ"に憑かれたか……其れか、山の主の気まぐれやも知れません」


 セツはそう言うと、件の"獣"があの口を歪めて笑う姿を思い浮かべていた。


「お前ももうすぐ、十六に成るのか」

「……」

「そろそろ身の振りを考えてはどうじゃ?村里の娘で婿を貰っとらんのはお前さん位じゃて」


 村の娘達は十五になれば嫁ぎ先を探し、十六になる頃には嫁ぐか婿を貰い子供を成すのが常である。

 本来ならばセツもテッポウを担ぎ、野山を駆け回り鹿や猪を捕る等という生活とは無縁であったろう。

 しかし、セツは自ら望んで父様の仇討ちの為に"獣"を探し、山を駆け泥と傷にまみれると言う日々を送る

ことを選んだのだ。

 其れ故に、今更村里へ降りて村の男か別の村の顔も知らぬ男の元へ嫁ぐ等と、そんな事は考えた事すら無かったのだ。


「村長様、セツは誰の元にも嫁ぐつもりは御座いません。それに……"マシラ()"の真似事をしてテッポウを担ぎ、獣相手に生傷を増やす様な娘を貰おう等と言う酔狂な家は在りません」


 セツはそんな風に言うと、自嘲するかの様に苦笑する。

 そんな娘をみて村長は小さくため息を吐くと、そのため息を苦い薬草茶と共に飲み込むのであった。


「お前さんがそう言うのならば致し方在るまい……其れに、お前さんのお陰でこの村里は守られているとも言えるのは否定できぬからのう」


 村長はそう言うと、真剣な眼差しで娘を見据えその口から娘にとって衝撃的とも言える事を告げようとしていたのであった。


「先日、隣村との山道で隣村の娘が"獣"に喰い殺されたそうだ。この村の者で無かったのは正直不幸中の幸いではあったが……だが、再びあの"獣"が村里の近くに現れたと言うこの時期に、お前さんの様な優秀なテッポウ撃ちを村から出すのも歓迎出来る事ではないとは、何とも情けない話しよのう」


 しかし、その言葉にセツはかつて無い程の驚きを見せるのであった。


「まさかッ!」


 そんな筈は無い、何故なら"獣"はここ数日、常にセツと共に居た訳で在り、隣村に繋がる山道で人を襲う事等出来はしなかった筈なのだ。

 なによりも、あの金色の瞳をした"獣"は人など喰わぬと言い其れを知らしめるかの様にセツと共に山菜や茸を煮た鍋を喰って見せて居たのである。


「――この山に住む"獣"が人を襲える筈が在りません」


 セツは静かにそう否定をすると"獣"から聞いた四匹の"山狗(ケモノ)"の話を村長に告げるのであった。

 無論、その事を己が"獣"から聞いたと言う事は伏せたままである。


「成る程、しかし……その"山狗(ケモノ)"をどの様にして見分けるのじゃ、仮に村里にその"怪物"達が紛れていたにしても其れを見破り、正体を曝す事が出来ねばこのまま村や近隣の場所で襲われる者が増えるばかりじゃ」

「其れは……」


 セツにそんな事が判る筈もなく、村長の問いに答える事が出来ず結局はその様な噂が在ると言う程度でしか語る事が出来ぬのであった。


「仕方あるまい。近隣の村長達と話し合い山道を見回る男達を増やすしか手は無いようじゃな」


 村長はそう結論を出すと席を立ち、「山へ入る場合は気を付ける様に」とセツに念を押して村へと帰って行くので在った。



 村長が小屋を出て其れを見送ったセツが戻ると、そこには先ほどまで姿を眩まして居た"獣"が胡座をかいて鍋を掬っていた。


「だから言ったであろう、"山狗(ケモノ)"どもは人に紛れて人を喰らう機会を窺っているのだと」

「教えろ、"山狗(ケモノ)"を見分ける方法を知っているのだろう!!」


 セツが椀を持ったままの"獣"に詰め寄ると、"獣"はいつものようにその大きな口を歪ませると言った。


「厭だね」

「な――」


 予想外な"獣"の言葉にセツは絶句する。

 しかし、直ぐにセツは再び"獣"に言う。


「お願いだ、村の人々を救う為に"山狗(ケモノ)"どもを見分ける方法を教えてくれ!!」

「何度頼まれても厭じゃ、主は我の言葉を信じようとせず、我を討つ事ばかりを考えて居たのだろう。其れを今更どの口で"山狗"を見分ける術を教えろと言うのか」


 "獣"にそう言われ、セツは流石に何も言い返せなくなる。

 いわばこの事態はセツが招いた当然の状況で在り、山の主を名乗る"獣"を疎んじ父様の本当の仇を信じようとし無かった己れが招いた結果なので在る。


 セツはその場に膝を付くと"(山の主)"に懇願するので在った。


「お山の主様、お願いします。私に"山狗(ケモノ)"を討たせる知恵をどうぞ貸して下さい。あなたの事を信じようとしなかった私が愚かだとは存分に思い知りました――だから、せめて村の人々を守る為に"山狗(ケモノ)"の事をもっと詳しく教えて下さいまし」


 頭を下げ、懇願するセツをジッと見る"獣"は、セツの肩に手を置くと静かに言う。


「良いだろう、だが一つ条件が在る、仇討ちを終えて後――」


 その言葉にセツは顔を上げる。


「主の父様の後を追う等と言う事は忘れるのだ。そして、主は我のモノと成れ――主は美しく強い、"ヒト"にくれてやるには惜しい娘よ」


 そう言って"獣"は何時もの様にその口を歪めて笑う。

 セツはその言葉の意味を理解すると顔を赤くして、戸惑った様に視線を泳がせる。

 しかし、直ぐに決意を秘めた表情で"獣"を真っ直ぐに見据えると頷き言った。


「――判りました」


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