#序
■序章を加えて全部で5幕、幕間6つで構成される"人の娘"と"山の獣"の物語になります。 □文中のセリフや言い回しの中には結構な頻度で当て字が使われています。 ※一部に過激、暴力的な表現を含みます。
幕が上がり、舞台の中央に立つのは語り部。
語り部は深ぶかとお辞儀をすると、物語の口上を語り始める。
誰もが、その物語の始まりに、胸を膨らませて聞く。
物語の始まりは、語り部の言葉によって語られる。
――さてさて、今宵の物語は、一人の女と一匹の獣の物語だ。
(聴衆の拍手が沸き起こる)
――とある村里に近い山には、一匹の獣が住まう。獣の躰は牛よりも大きく、灰色の毛は針の様に鋭く硬く、その牙は、岩をも易々と噛み砕くと言われ、村里の人々には畏怖されていたのであった。
(語り部の語りに合わせ、弦楽器の囃子が掻き鳴らされる)
――獣も、生きる為に里へ降りては人を襲い、民家を襲いては食い物を奪い、里の人々は遂にこの獣を退治する運びとなり、村一番のテッポウ撃ちの名人である、猟師の男は村里の人々に懇願され、断りきれずに死合う事になったのだ。
(調子の良い、勇ましげな囃子)
――猟師の娘が父を送り出した後、再び猟師の父を見たのは、その夜が明けた後。山の中腹で、無惨にも頭を噛み砕かれ、臓物を全て喰い尽くされた、わり果てた姿であった。
(一変して、勇まし気で有った合いの手はおどろおどろしく変わり、舞台の明かりは語り部を照らすのみになる)
――猟師の娘は父の無念を晴らすため、自らテッポウ撃ちと成る。娘は、いつしか村里一のテッポウ撃ちの猟師となり、父を喰らった獣の仇討ちをする運びとなる。
(明かりは徐々に暗くなり、語り部の顔を闇に浮かび上がらせる)
――さてさて、一人の猟師の娘と一匹の人喰いの獣、お互いの生死を賭けたこの戦い、果たしてどちらの死によって幕が下ろされるのか、娘が獣に抱き始める感情は何なのか……続きは、物語の幕が上がった後のお楽しみだ。
(明かりは消え、語り部もその舞台から消える)
(暗転、後――物語の幕が上がる)