暴行をでっち上げられた時の対処法
「ダレイユ!お前との婚約を破棄する!ダバリーナに暴行を加えやがって!絶対に許さないからな!」
王立学園創立記念パーティが開催されている大広間で、私の婚約者であるホームラー王子はそう宣言した。人間一人分も離れていないのだから、そんなに大きな声を出さなくても良いのに。耳が痛い。
私は、横の机にあるアヒージョの大皿に伸ばしかけた手を引っ込める。油たっぷりでとても美味しそうなのに……。だが、さすがに無視して食べるわけにもいかないので、アヒージョからの熱烈な誘惑を振り切り、何とか正面に視線を戻す。
王子の左腕には、メソメソと顔を彼の腕に埋めているダバリーナ男爵令嬢がいた。反対の右手の平では、火球を出しては消し、出しては消し、が繰り返されている。王子が他人を威嚇するときによくやる癖だ。なんでも王子曰く、『俺の火魔法は世界一すごい』らしい。彼の世界はとても小さいのだ。
「……私がダバリーナさんに暴行?身に覚えが全くありませんが」
「しらばっくれるのも大概にしろ!彼女の服の下にはたくさんのアザが出来ていたのだ!逃げ場など無いぞ!」
ホームラー王子はそう言って、右腕をビシッと伸ばし、人差し指もピンと伸ばし、私の事を指し示す。この断罪劇に興奮しているのだろうか。彼の頬はやや赤く染まり、呼吸が荒くなっている。その影響で王子の体が少し揺れ、チラリと彼の左腕に隠れたダバリーナさんの顔が見える。彼女は、笑みを浮かべていた。
「逃げも隠れもいたしません。本当に私はやっておりませんので」
「だったらやっていないという証拠を出せ!証拠もないのに、そんな主張通ると思うか!?」
「証拠ですか……ですが証拠を出そうとすれば、ホームラー様にご迷惑をお掛けすると思いますので」
「――俺に迷惑だと?何を言い出すのかと思ったら、証拠が出せないのを俺のせいにするつもりだな!?良いだろう。迷惑をかけてもらって一向に構わん。さっさと証拠を見せろ!」
「では」
王子からの許可は得た。私は、横の机においてあるアヒージョがのった大皿を、おもむろに両手で持ち上げる。
ごめんなさい、アヒージョさん。これからすること、許してください。
心の中でそう唱えた後、王子達のいる方向に向かって、勢いよく大皿を動かす。その反動で、大皿の上に載っていたアヒージョは、彼らを包み込む油と共に空へと飛び立ち、王子の体に着地する。顔に、体に、腕に、彼の左腕にいるダバリーナさんに。アヒージョは散弾魔法がごとく、綺麗にまばらに散っていった。
「き、貴様!何をする!――この俺をあまり舐めるんじゃ無いぞ!お前なんて火球で消し炭にしてやっても良いのだからな!」
ホームラー王子はそう言って、アヒージョの油まみれの顔を右手で拭うと、いつもの癖で火球を右手の平に作り出した。
瞬間、油を伝って服に広がる炎。炎はアヒージョを食らいつくすように、燃えやすい服の上を伝搬していく。もちろん、左腕にしがみついていたダバリーナさんも例外ではない。二人の一張羅は、呪いの炎の装備へと姿を変えていた。
「アッチィ!」「キャァー!?」
上がる悲鳴。彼らのものか、周りで見ていた群集のものかは、もはや区別がつかない。会場はパニックに陥っていた。
「すぐに服を脱いで!まだ火は表面にしか広がっていないわ!」
私の珍しい大きな声。彼らの耳に届いたようだ。
時折アチッ!と声を出しながらも、服を脱ぎ、破きして、二人はなんとか炎の檻から脱出する。彼らの肌に大きな火傷は無く、各々下着が燃えていなかったのは、不幸中の幸いと言えるだろう。
「ダ、ダレイユ!お前のせいだぞ!」
王子は、パンツ一丁の姿で私を責め立てる。タバリーナさんは、なるべく肌の露出を避けようと、正座した状態で地面に頭をこすりつけ、コンパクトに丸まっている。まあ綺麗なスベスベの背中が丸見えだが、そこは目を瞑っておこう。
「暴行していない証拠を出すと言っておきながら、この始末。お前、どうなるか分かっているんだろうな!」
「それはどういうことでしょうか?私は証拠を提示いたしましたよ?」
そう言って、私は床で丸まっているタバリーナさんの方に目をやる。スベスベな背中がとても眩しい。
「確か『彼女の服の下にはたくさんのアザがある』のでしたっけ?――私の目には綺麗に手入れされた肌しか見えないのですけれど?」
その時の王子の顔。憤りと焦りと驚きと、まるでお面のように次々と切り替わる表情は、もはや一種の芸の域だった。あそこまで滑稽な芸を、私は今まで見たことが無かった。
以降、王子が言葉を発することもなかった。
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その後、王家から正式な謝罪と謝礼をいただいく事となった。事前に迷惑をかける了承を得ていたし、火をつけたのは王子だし、不当な言いがかりが明らかになったしで、特にお咎めを言い渡されることは無かった。
これは小耳に挟んだ話だが、あの一件以来、ホームラー王子は火魔法がうまく使えなくなったらしい。残念ながら世界一は別の人に譲った方が良さそうだ。
私はゆっくりとアヒージョをつまむ。シェフにお願いして、夜食用にわざわざ作ってもらったのだ。
油まみれのその味は、美しい背徳感が合わさって、特別な味がした。
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