第8話 臨界するバグ
お読みいただきありがとうございます!セレステへの道中、立ち寄った村で「情報の爆発」が起きます。
学園都市セレステへ行く途中の小さな町『フォレスト・エッジ』は、いまにもパニックになりそうだった。
「……逃げろ、……逃げろおぉ!! 井戸から、……おばけが出てくるぞ!!」
誰かが叫んで、広場から人がどんどん逃げていく。 町の中央にある大きな井戸が、地響きみたいに「ゴーッ」と音を立てて震えていた。 井戸から溢れてきたのは、水じゃなかった。それは、真っ黒でベトベトした、すごく汚い「泥」みたいなもの。ロアのゴーグルで見ると、その泥からは「もう無理だよ!」「苦しいよ!」っていう、世界が捨てた『ゴミ』たちの叫び声がいっぱい聞こえてきた。
「…………うわっ。これ、すごく熱い。……ゴミがいっぱい詰まって、熱を出してるんだね」
ロアは馬車から飛び降りて、井戸のところまで駆け寄った。 黒い泥が飛び散ると、地面の石畳が「ピカピカ」とおかしな光を上げて、骨組みだけのワイヤーフレームになっちゃう。泥が地面を「なかったこと」にして消しているのだ。 「おい、近寄るんじゃねぇ! これ以上そいつに触れたら、ロア、お前だって消されちまうぞ!」 ラグが大きな剣を構えて、ロアの前に立ちはだかった。 でも、ラグの剣が泥に触れると、ギギギッ、変な音がして火花が散った。剣が少しずつ、砂みたいに崩れ始めている。
「おじさん。それ、力ずくじゃダメだよ。……中にあるゴミさんたちが、お掃除してほしくて暴れてるんだもん」 「ゴミだと……? こいつは呪いか何かじゃねぇのか!」 「……ううん、おじさん。……この下、……誰かが泣いてるよ。……よし、お掃除開始だ!」
ロアは井戸の縁にひょいと登ると、黄金のハンマーピッケルを高く掲げた。 ドクン。ドクン。 地面の下から、大きな心臓の音みたいに不気味な音が響いてくる。それは、世界が「いらないもの」として地下に閉じ込めてきた、かわいそうなゴミたちの声。
『――エラー。……ゴミ箱がいっぱいです。……中身を全部ぶちまけます』
空から降ってくる機械の声がそう言った瞬間。井戸から、真っ黒な巨大な柱が、ドカン!と空に向かって噴き出した。
「…………えーい、トトントン!」
ロアは、その真っ黒な柱に向かって、黄金のハンマーピッケルを真っ向から振り抜いた。
キンッ――!! 町中に、これまでで最も澄み渡った剥離の音が響き渡った。 ロアが叩いたのは、泥そのものではない。それを「溢れろ」と命じている、世界の歪んだ命令の最弱点。 「おばけさん、もう暴れなくていいよ! お掃除したから、もう一回綺麗なお水に戻してあげるね!」
ロアがニコニコしながらもう一度叩くと。噴き上がっていた黒い柱から、ボロボロになった「文字のゴミ」がパラパラと剥がれ落ちていった。真っ黒だった泥は、少年のハンマーピッケルに触れるたびに、キラキラ輝く「透明な水」に変わっていった。 「なっ、……うそ……! あんな酷い汚れが、……全部消えちゃったの……? いいえ、……もとの『綺麗な水』に書き換えられたんですの……?」
フィオナが膝をついて、その光景を信じられないものを見るような目で見守っていた。セレステのやり方なら、汚れたものは全部焼き捨てる。でも、ロアのやり方は「汚れているところを剥がして、元に戻してあげる」こと。 数分後。広場には、とっても冷たくて美味しそうな水が満ちた井戸だけが残されていた。 でも、ロアは井戸の底をじーっと見つめたまま、動かなかった。
「……お掃除したけど。……でも、一番下にある『おっきな黒い手』は、僕のハンマーピッケルじゃ届かなかった」 「……ロア、お前……」
ラグが少年の肩に手を置いた。ラグの手は、少しだけ震えていた。 宿場町を出る時、ロアはまた空を見上げた。夜空の「穴」は、さっきよりももっと大きくなっている。
「…………行かなきゃ。……お姉さんの街には、もっと大きなお洗濯物があるみたいだし!」
ロアは能天気に笑って、馬車に飛び乗った。 世界がもう限界なことなんて、ロアはあんまり分かっていない。 でも、お掃除のしがいがある場所が待っている。それだけで、少年の心はワクワクしていた。
(第8話終わり)
読んでくださりありがとうございます! 噴き出した泥を水に変えたロア。しかし、その根底にある不気味な手の存在が……。 お楽しみに!




