第6話 理(ルール)を乱す者
前回の「白い虚無」から、ロアがどう切り抜けるのか!? そして世界の管理者フィオナが、ロアの力に触れて何を感じるのか。 物語の舞台は、次の街へと動き出します。
白。 おもちゃ箱の底よりも、ミルクをぶちまけた空間よりもずっと、何もなくて静かな世界。 レオニスの地下で爆発した「白い虚無」の内側に飲み込まれたロアは、どこが上か下かも分からない無重力のような場所で目を覚ました。
「…………ここ、とっても静かでいいね!」
ロアはぷかぷかと浮かびながら、クロールをするみたいに空気を漕いだ。 ロアが足をパタパタさせるたびに、真っ白な空間に波紋が広がる。
ピカピカ。
ロアが足をパタパタさせるたびに、光の輪が生まれては消えていく。
『――不具合を捕捉。……消去を開始します』
空から降ってきたのは、感情のまったくない機械の声。 次の瞬間、何百、何千という「白いトゲ」が、矢みたいにロアに向かって飛んできた。
「わあ、たくさん来た! トントン、捕まえられるかな?」
ロアは避けるどころか、飛んでくるトゲに向かって元気にハンマーピッケルを振り回した。 本来なら、そのトゲに掠っただけでロアの体は消えてしまうはずだけど。 ロアがハンマーピッケルを振るたびに、澄んだ音が響いていく。
キンッ、キンッ。
澄んだ音が響くたびに、トゲはただの無機質な破片になって足元にポロポロと落ちていった。
「あはは、簡単だね! これ、全部ゴミなんだ!」
ロアは能天気に笑いながら、地面に降り立った。 出口のあたりで、フィオナが膝をついて震えていた。 彼女には、ロアがやっていることが「世界を壊している」ように見えたけれど、ロアにとっては「ゴミを叩いて遊んでいる」のと変わらない。
「お姉さん、大丈夫? まだ腰抜かしてるの?」
ロアはフィオナのところまでトコトコ歩いてきた。 真っ白な世界の中で、ロアだけが元気いっぱいの色彩を持って、ニコニコ笑っていた。
「……こないで……。あなた、本当に何なんですの……? 私の杖だけじゃではなくて、……この世界のルールまで……!」
フィオナはお尻で後退しながら、ロアから逃げようとする。 けれど、ロアはフィオナの杖から出ている「黒い煙」を見逃さなかった。
「お姉さんの杖、中身がすごく苦しいって言ってるよ。……ほら。お掃除してあげなきゃ!」
ロアはそう言うと、フィオナの震える手から強引に杖をひったくった。
「トントン、だよー!」
ロアが杖の「一番黒いところ」を軽く叩いた。
キンッ。
剥離の音が、空虚な世界に静かに伝播していった。 杖にくっついていた余計な飾りや、難しい計算プログラムが、ペリペリと剥がれて消えていく。 次の瞬間。 杖は以前のようなゴテゴテした装飾がなくなって、透明な一本の「綺麗なガラスの棒」みたいになった。
「あ、いい音! これならお姉さんにピッタリだよ! 」
ロアが返した杖を、フィオナはおずおずと受け取った。 その瞬間、彼女の頭の中に、今まで見えていなかった「本当の世界」の情報が流れ込んできた。 今まで見ていたのは、学校で習った「綺麗なだけの嘘」。 今見えるのは、街の人の汗や、泣き声や、泥の臭いが混ざり合った、でもすごく「生きてる」感じがする本当の景色。
「…………これ、は……?」
フィオナの目から、初めて大粒の涙がこぼれた。 彼女が守ろうとしていた秩序が、どれだけ薄っぺらで、どれだけ冷たいものだったか。少年の能天気な「お掃除」が、全部教えてしまった。
「お外はうるさくて汚いけど、すっごくおもしろいよ! 爺ちゃんの山よりずっと賑やかだもん!」
ロアがニコニコ笑う。
その時。 虚無の奥から、もっともっと大きくて怖い「真っ黒な影」が迫ってきた。 それは、街一つ分どころか、この世界全体の汚れを全部無理やり消そうとする、最強の「お掃除おばけ」。
「……ラグ! お姉さんを連れて逃げて!」
ロアが手を振って、ラグに叫んだ。 境界線のところでこっちを見ていたラグは、目を見開いて叫び返した。
「ロ、ロア! お前、一人でどうするんだ!」
「僕、あのおっきいおばけさんと、もっとお掃除してくる! いっぱい剥がしたら、きっともっと綺麗になるよ!」
ロアの背中が、眩しいくらいの銀色に光った。 それは世界の理なんて関係ない、ただの能天気な「好奇心」という名の嵐。 少年の黄金のハンマーピッケルが、世界を新しく塗り替えるためのリズムを刻み始めた。
キンッ!!
高く、澄んだ音が虚無の深淵に響き渡る。 ロアが叩いたのは、影そのものではなく、この街の「削除」を命じていた最も根源的な情報の結び目だった。 黒い影は、ロアのハンマーピッケルが触れた瞬間、パッと花火のように弾け、無数の光の粒となって霧散していく。
同時に、真っ白だった世界が、ベリベリと音を立てて剥がれ落ちた。 剥がれた白の下から現れたのは、朝日に照らされたレオニスの街並み。 崩れかけた建物はそのままだったけれど、そこから「虚無」という名の冷たい毒はきれいさっぱり消え去っていた。
「……あ、……終わりましたの……?」
フィオナが呆然と呟く。彼女の足元には、お掃除されたばかりの透明な杖が転がっていた。 虚無から吐き出されたロアは、尻もちをつきながらも、満足げに鼻を鳴らした。
「あはは、お掃除完了! おっきなおばけさんも、中身はただの『ホコリ』だったね!」
「…………ロア。あなた、やはりここにいてはいけませんわ」
フィオナが立ち上がり、決然とした目でロアを見つめた。 それは排除のための視線ではない。この凄まじい「剥離」の正体を、そして世界の真実を解き明かすための、切実な願いだった。
「私の故郷……学園都市セレステへ行きましょう。そこなら、あなたのその『力』が一体何なのか、世界の理のどこに属するものなのかを、調べることができるかもしれません」
「セレステ? 美味しいもの、あるかな!」
「ふん、食い気ばっかりかよ、このガキは……。まあ、ここにいても教会に目をつけられるだけだ。行くぜ、お嬢様」
ラグが二人を促し、レオニスの夜明けの中、三人は新たな目的地への一歩を踏み出した。
(第6話終わり)
読んでくださりありがとうございます! レオニス編、これにて決着です。 ロア、ラグ、そして新たに加わった(?)フィオナ。 三人は「学園都市セレステ」へと向かいます。
ここで物語が一気に加速します! 次回もお楽しみに。




