第5話 情報の墓場レオニス
お読みいただきありがとうございます!ラグとの旅を決めたロア。しかし、商業都市レオニスの地下には、世界が捨てた「情報のゴミ」が溜まっていました……。
商業都市レオニス。そこは「大陸の胃袋」と称されるほど、あらゆる物資と欲望が集まり、そして濁った熱気が渦巻く巨大な交易拠点だった。 石造りの街並みには無数の屋台がひしめき、香辛料の香りと人々の怒号に近い喧騒が絶え間なく響いている。だが、ロアがゴーグル越しにその街を見たとき、視界は耐え難いほどの「ノイズ」で埋め尽くされていた。
「……うう、おじさん。この街、すごく耳が痛いよ」 「耳? そりゃおめぇ、これだけ人がいれば騒がしいのは当たり前だろ。我慢しろ、ロア」
ラグはそう言って笑い飛ばすが、ロアが感じているのは物理的な音ではない。 人々の取引、強欲、嘘、そして街の構造維持に使われている魔導回路の「軋み」。それらが目に見えるノイズとなって、空気をドロリと濁らせているのだ。
その日の午後、ラグはギルドの仲間のツテで「地下水道の点検」という、報酬は良いが誰もが嫌がる仕事を引き受けてきた。 レオニスの地下には、都市を支える巨大な排水・動力機構が張り巡らされているが、最近、そこから「得体の知れない汚泥」が溢れ出し、地上の商店にまで実害が出ているという。
「……お掃除の予感がするね、ラグさん」 「へっ、お前の『トントン』の出番かもな。手伝ってくれるか?」 「うん、もちろん!」
二人は暗い地下への階段を降りていった。 地下に広がるのは、地上とは打って変わった静寂と、鼻を突くような金属的な腐臭だった。 ゴーグルを作動させたロアは、言葉を失った。
通路の至る所に、粘り気のある「黒い澱」がこびり付いている。 それはただの泥ではなかった。この街の莫大な取引データ、人々の思念、そしてシステムの排熱が処理しきれずに固形算化した、いわば『情報のゴミ』……理の塵芥だ。
「……これ、全部バグだ。世界が捨てられなくて、ここで腐っちゃってる」
ロアはハンマーピッケルを抜き、壁にこびり付いた巨大な黒い塊を見据えた。 その塊からは、断片的な「価格の数字」や「誰かの罵倒」が、バチバチと火花のように漏れ出している。放置すれば、地下機構を物理的に破壊し、街そのものを「演算不能」に追い込みかねない重症のエラー。
「お掃除、開始!」
独立した一行に、乾いた音が響く。
コンッ。
黄金の一撃が黒い塊に触れた瞬間。 黒い泥は一気にその色を失い、透き通った水のような青い粒子へと分解された。
――バキバキバキッ!
連鎖的に汚泥が剥がれ落ち、地下水道の壁面が本来の白石の輝きを取り戻していく。淀んでいた空気が一気に浄化され、ロアの視界を塞いでいた赤い警告色が消え去った。
「すげぇ……。あんなにドロドロだった場所が、新品みたいになりやがった!」
ラグが驚嘆の声を上げる中、ロアはさらに奥へと進んでいく。 突き当たりの広場には、この異常事態の元凶とも言える、巨大な「情報の繭(バグの心臓)」が鎮座していた。 ロアはその繭の中心にある、最も深く、最も密度の濃いノイズを狙って、渾身の力でハンマーピッケルを振り下ろした。
キィィィィィィィン!!
鼓膜を劈くような高周波。次の瞬間、街の地下を支配していた重圧から、不純な質量が一切合切「剥離」された。 剥がし取られたバグの断片がキラキラとした塵となって消えていく中、ロアは不思議な感覚に包まれていた。 これまで感じていた世界の不自然な重みが消え、自分の身体が、まるで周囲の空気と一体化したかのような自由さを感じたのだ。
ラグの手を借りずとも、ロアの足取りは羽が生えたみたいに軽かった。
だが、その「軽さ」の代償は、すぐに現実となって現れた。 ロアがバグの心臓を「剥離」した場所から、色彩のない真っ白な亀裂が走り始めたのだ。それはひび割れた窓硝子のように地下空間を侵食し、やがて地上のレオニスをも飲み込み始める。
「おい、ロア! なんだこの白いのは!? 街が、消えていくぞ!」 「……あ、剥がしすぎちゃったかな」
能天気に頭をかくロアの前に、一人の女性が音もなく降り立った。 純白の法衣、精緻な装飾が施された魔導杖。冷徹な美貌を湛えた彼女――秩序の管理者フィオナの瞳が、ロアという存在を捉えて激しく動揺する。
「……見つけましたわ。世界の定数を乱し、理を剥ぎ取る致命的なエラー(不具合)……」
彼女の杖が青白い光を放ち、ロアへと向けられる。 同時に、白い虚無が爆発的な勢いで広がり、三人すべてを飲み込んでいった。
(第5話終わり)
読んでくださりありがとうございます! レオニスの地下で出会った謎の女性フィオナ。 世界の管理者を名乗る彼女との邂逅が、ロアの運命を加速させます。
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