3.初めまして
あれから熱がぶり返し、2日休んでしまった。3日振りの大学では友人の優希が貰ったレジュメとスライド資料を貰って置いてくれた。
「優希、ありがとな」
「いいよ、風邪だろ?」
金髪に髪を染めた友人の優希は、オレに
「じゃぁ、今度お昼ご飯奢れよー」
「1番高い定食はやめてくれ」
オレは休んだ分の資料を持って、大学の図書室に行く。
誰もいない窓際の席に座る。
外は夏に向けて花を落とした木々が茂り初めていた。
「ここ、座ってもいいかな?」
春のような穏やかな声がした。顔を上げれば少し長めの髪に緩くパーマをかけ、メガネをした男が立っていた。
他にも席はあるのに、とオレは後ろの席を見る。
「……どうぞ」
「ありがとう」
オレの隣に座った人はシトラスの香りがした。いい香りだった。
「君、花吹暖君でしょ?」
モサッとしているように見えて色気があった。
「はい」
「円堂大和です。初めまして、ここの4年生なんだよ」
オレは思わず勢いよく立ち上がってしまう。そんなオレの腕を優しく握り座らせる。
「ここ図書館だから。しー、でしょ?」
人差し指が唇に押し当てられる。朝陽とは違う男に触れられ、ぞわり、と悪寒が走った。
オレはその手を退かす。
「それでなんですか」
「僕と勝負しよう。君が勝ったら印あげるよ」
円堂は鎖骨に描かれた丸を見せてくる。
「……なんの勝負ですか」
「君たちさ、付き合ってたんでしょ。知らずに」
優しく笑い頬杖をつく。円堂が何を考えているのか全く分からない。オレは警戒心を強める。
「まぁ、印は発現してる相手じゃないと見えないしね。仕方がないよ。可哀想にね」
「勝負はなんですか」
「僕と付き合って、僕が君のことを好きになったら勝ちだよ」
オレは立ち上がる。
「無理です」
席を立つとまた腕を掴まれた。今度は強く。
「じゃぁ、殺し合いするの?」
痛みに顔を顰め、円堂を見ると穏やかな表情をしていたが目は笑っていなかった。
オレは腕を振り払い、図書室を後にした。
家までの帰り道、オレは円堂の言葉が頭の中でぐるぐると回っていた。
ーーー僕と付き合って、僕が君のことを好きになったら勝ちだよ。
戦わずに済むなら円堂が提案してきた勝負に挑むべきだ。
しかし、それを拒むのはやはり朝陽への思いがあった。
オレは足を一度止め、薄暗い路地に入る。奥まで行き、後ろを見る。
「お前ら、葉山だろ」
オレの後ろには葉山家が送り出したであろう刺客が3人いた。襟元に椿の葉が描かれている。
ずっと道中、視線を感じていた。もしかしたら、と思い路地に入ってみたが正解だったらしい。
1人が走って来る。オレは避けて腹部に拳を入れる。その間を開けずもう1人がナイフを顔に向かって切りつけてくる。オレはそれを避け顎に拳を入れた。
最後の1人は逃げて行く。
「昔、父さんが言ってたけど本当に気緩ませたら、死にそうだな」
オレは倒れている2人を放って路地を出て足を止めた。
息を切らした朝陽と目が合う。
「なんだよ、朝陽もオレを倒しに来たのか?」
「……そうだって言ったら?」
「この間の続き、かな?」
オレたちは近くの廃墟のビルに入った。
「弱いんだから、早く降参して印寄越せ」
「葉山はどうしてそこまでして、戦うんだよ。他にもやり方はあるだろ?」
「残念ながら俺はこのやり方しか教わっていない」
朝陽がオレに向かって拳を振るう。オレはそれを避けて懐に入るが攻撃を入れる前に蹴りが入り吹っ飛んだ。
やっぱり強い。オレでは勝てないかもしれない。
受身を取って倒れたオレの目の雨に朝陽はいた。そのまま、また蹴られたが立ち上がり朝陽の足元を狙う。
地面に手を付いた朝陽の拳がオレの顔に入った。
ポタポタと口端から血が流れ、地面に小さな椿のような花を咲かせる。
オレはその落ちた血を見て悲しくなった。朝陽は手加減をしていない。
「朝陽はなんで当主になりたいの?」
「お前も知ってるだろ?願いを叶えるためにだよ」
「その願いは?」
「言うわけねぇよ」
朝陽が目の前からいなくなる。同時に背中に痛みが走り、オレはまた吹き飛ばされていた。
「降参したって言え」
オレの前に立つ朝陽の声はひどく冷たかった。優しかった瞳もオレを射抜く刃のようだ。
「いやだって言ったら?」
腹部に朝陽の蹴りが入る。
「ならこうするしかないよな?」
「オレは絶対、降参しない!」
「じゃぁ、降参させるまでだよ」
なんで、オレ達はこんなクソみたいな戦いをしなきゃいけないんだよ。
朝陽の振り上げられた拳はオレに当たらなかった。
「花は大事にしなきゃ」
オレの前に立っていたのは円堂だった。朝陽の拳を受け止めていた。そのまま朝陽に蹴りを入れて吹き飛ばす。
「葉っぱごときがそうやって花を虐めるもんじゃないよ」
「……円堂」
吹き飛ばされた朝陽が円堂を睨む。
それを気にしていないのか、円堂はオレの手を取って立ち上がらせる。
「よく大事な人を傷付けられるね。僕には絶対できないことだよ」
オレに付いた汚れを払っていく。
「別に……大事じゃない。俺はそいつを降参させて印を奪うんだよ」
朝陽の言葉がオレの胸を容赦なく突き刺す。円堂がにやり、と笑った気がした。
「じゃぁ、僕がもらってもいいよね?」
「何言ってーーー」
「大事、じゃないんでしょう?」
朝陽は黙ってしまった。オレの傷ついた胸がズキズキと痛みが広がっていく。
もう朝陽にとってオレは本当に敵、なのか?
どうしようもないくらい悲しかった。
オレは円堂の手を取った。
「お前の勝負に乗ってやる。オレが勝ったら印、くれよ」
円堂は穏やかに笑って、オレの頬に手を置く。
「おい、何してやがる」
朝霞の声に怒気が混じる。
「暖、僕が側にいる間、守ってあげるからね」
円堂が笑ってオレを抱きしめる。
腕の隙間から見た朝陽は驚いた表情をしていた。次第に厳しい表情に変わり、その拳は震えていた。
オレは朝陽の姿を遮るように円堂の背中に腕を回した。
そして心に決める。
円堂の背中をふつふつと湧いてきた怒りのままきつく抱き締める。
オレがこのクソみたいな争いを終わらせてやる。
それで神様に言ってやるんだ。
ーークソ野郎って。




