【番外編】4.卒業祝い 前編
「あ、お前っ。それ、俺の!」
「早いもの勝ちでしょ」
オレは葉山家の朝陽の部屋にいた。 朝陽と円堂が無事に大学を卒業したのでそのお祝いを行っていた。なのにこの有様だ。相変わらず仲が悪い。
一人暮らしをしている朝陽の部屋が候補に上がったのだが、何でも一人暮らしの部屋には円堂を入れたくないらしい。沢山置かれた写真などを見られたくないのかもしれない。
「だー!俺が先に食べようと目を付けてたんだよ!」
朝春さんが用意してくれた何種類かのケーキを2人で取り合っているのだ。どうやら朝陽と円堂はケーキの趣味が似ているらしい。
ちなみにオレはしっかりモンブランを確保している。
オレは2人を放ってモンブランの甘く煮られた上に乗っている栗をフォークで掬う。
「そのチーズケーキは俺のだって!」
「だから、早い者勝ちでしょ!子供かよ!」
オレの体に朝陽がぶつかる。
フォークに乗っていた栗が畳の上に落ちて転がった。
「「あっ」」
転がった栗をオレは見つめていた。モンブランの中で1番好きな場所。それをまず始めに食べることでマロンペーストと生クリームのあの味を更に感動の高見へと上げてくれる。
オレは今、それを失ったのだ。
3秒ルールとか関係ない。あの幸せな瞬間を今、ぶち壊された。
「いい加減にしろよ」
オレはモンブランと残っていたケーキを箱に詰める。
「いや、なっ、ほら上だけ落ちただけでしょ?」
「バカ、それ言うな!暖は上の栗めちゃくちゃ大事にしてんだよ」
「え、そうなの?変なこだわりだね」
こういう時だけ仲が良くなるのはどうかと思う。
オレはケーキが沢山入った箱を持って立ち上がった。
「仲良くなるまで話しかけんな」
「ちょっとケーキは置いて行きなよ!」
円堂の制しする声を無視してオレは朝陽の部屋を出た。
朝陽の家は広い。廊下を歩き、渡り廊下を歩くと鯉が泳いでいる池があった。
鯉が3匹仲良く泳いでいる。とても楽しそうだ。オレたちもそうなっているはずなのに。円堂が挑発して、それを朝陽が答えてしまう。一向に仲良くならない。もう少しで円堂は海外へ留学しに行ってしまうというのに。
「暖君?」
落ち着いた大人の声がする。朝春さんだった。
「どうした?」
やっぱり朝陽に似ている。顔もそうだが歩き方や仕草が似ている。
「あ、いえ。2人がケーキの取り合いするから出てきました」
「あー…。ごめん、それは私がバラバラに買ってきたせいだね」
「いやいや、子供みたいな2人がいけないんですよ!」
朝春さんは小さく笑って、オレからケーキの箱を優しく取る。
「お詫びに私の部屋で食べるといいよ」
朝春さんは優しく微笑み、ケーキの箱を持って歩き出す。
「え、ちょっ、待って下さい」
オレはまさかの提案に戸惑いつつも朝春さんの後を追った。
朝春さんは目の前で茶を啜っている。ケーキではなく上生菓子を食べながら。
とても気まづい。
オレはモンブランをちびちび食べながら朝春さんの部屋を見る。
朝陽から朝春さんは可愛いものが好きだということは聞いているし、何より旅行のお土産で手乗り人形を貰った。
知ってはいたけれども、ベッドの上にも棚の上にも可愛い癒し系のようなほんわかした人形が沢山置かれていた。
朝春さんはそれをオレに見られて気にしている様子はなかった。
むしろ、見せたかったのか?と思うくらいだ。
「あの、可愛いものいっぱいですね」
「妻の趣味が私の趣味になったんだ」
幼い頃に病気で亡くなっていることは知っていた。
朝春さんにとって、この数の人形は奥さんがいなくなった隙間を埋めるような存在なのかもしれない。
「素敵な趣味ですね」
上生菓子を口に含んだ朝春さんは何か言いたそうだった。
「あの、なんでも聞いてもらって大丈夫ですよ?」
「その、謝りたいんだ。刺客で怪我をしたと聞いていたから、本当に申し訳ないと」
「あー、その件ならもう大丈夫ですよ。いいんです。もう本当に」
オレはモンブランを口に含み、生クリームとマロンペーストが混ざり合う味を楽しむ。
「君は晴によく似ているね」
「え、まじっすか」
「うん、よく似てるよ。仕草かな?まぁ、ご飯は美味しそうに食べるところとか?」
家で母さんとキャッキャッしている父さんが頭の中に浮かぶ。あんなのと一緒なのか、と苦い顔をすると朝春さんは声を出して笑っていた。
「はぁ、笑った。息子にそんな顔させてるのかあいつは」
「朝春さんも朝陽によく似てますよ?」
「え、それは本当か!?」
朝春さんは嬉しそうに身を乗り出してくる。
「ええ、仕草とか。顔の綺麗なパーツとか」
にこにことオレの話を聞いてる姿はとても可愛らしかった。
オレたちは他愛もない話をした。
モンブランがなくなった頃。オレは用意された茶を飲む。
「そういえばずっと聞かなかったんですが、いいんですかオレたちのこと」
朝春さんは飲んでいた茶をテーブルに置く。
「いいも何も朝陽が選んだ人だ。私がどうこう言わないよ。朝陽はももう君しか見えていないだろうし」
「そう、ですか」
嬉しかった。
朝陽は綺麗だ。決まった就職先できっと女性からのアプローチが増えるだろう。
いつかオレに飽きて好きな人が出来たら、と最近の悩みだった。
朝春さんの言葉が少しだけ軽くなった気がする。
「暖君。君が心配するようなことはないと思うぞ」
朝春さんは部屋の外を見る。
「お前たち、そろそろ入って来たらどうだ」
襖が静かに開く。そこには朝陽と円堂がいた。
「朝陽!それに円堂!」
「仲直り、したぞ」
「そーそー、仲直りしたよ」
円堂が朝陽の肩に腕を回す。そう言うが朝陽は少し嫌そうだ。
しかし、朝陽も円堂の肩に腕を回す。進歩があった。
「私がバラバラに買ってきてしまったのが悪いが、もう大人なのだから少しは譲り合いをだな」
朝陽と円堂は暫く朝春さんの説教を受けていた。
「お前のせいだぞ」
「うるさいなー。こーゆー時は黙って聞いてるのが早いんだから話しかけるなよ」
「こら、お前たち聞いてるのか」
きっと朝陽はこんな風に注意されたことがないのだろう。
円堂は困った顔をしていた。
オレはそれを他所にフルーツタルトに手を付けた。
3人でこうやってバカしてわちゃわちゃして怒られるのも今だけだ。
オレはタルトに乗っているキュウイを口に含み甘酸っぱい味を噛み締めた。




