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17.開花した椿 side:朝陽


暖が今日、当主となり最初で最後の行事をする。

白い袴に身をつつみ、銀糸で描かれた椿を着ている暖に見惚れた。


とても美しかった。


しかし、小上がりに上がり何かを取った暖がふらり、と倒れた。声を上げると暖と俺の視線は確かに交わっていた。


なのに、どうしてこんなことになってしまっているんだ。

鈴の音が遠くから聞こえたかと思うと現れたのは、雪のように冷たい眼差しを持った美しい男だった。

そして肩を抱かれているのは、人形のような表情のない暖だった。誰もこの状況が読めず呆然としていた。


「…神様、これはどういうことですか」


暖の父親が神様の前に行く。


ーーあれが、神。


とても恐ろしいと思った。顔は笑っているが内側に怒りを宿しているように見えた。


「ほら、暖。やってしまいなさい」


恐ろしいくらい穏やかな声だった。

暖の体が動き、実の父親を蹴り飛ばした。なんとか受け身をとったようだったが、背中を壁に強く打ち付けて動けないようだった。


「お前たちは下がっていなさい!」


俺の父と円堂の父が暖に向かって行くが風が吹き、2人もまた吹き飛んでいった。壁に体を打ち付けていた。暖の母親は、その場で青くなっていたが暖の父親の元へと駆け寄る。

円堂と目が合う。


「もう僕ら普通の人だよ。どーすんの、これ」


円堂は苦笑をこぼす。印を譲渡してしまったため、俺たちは花のために力を奮ってもそこら辺の人と一緒だ。


「葉山!前!」


「ーーっ!」


首元を持たれて床に叩きつけられる。背中に衝撃が走り、床が割れる音がした。痛みで息が上手くできなかった。


「葉山!大丈夫か!暖、やめるんだ」


俺の前に円堂が立ちはだかる。しかし、その瞳に何も映さない暖は円堂も同様に床に叩きつけていた。

俺はゆっくり立ち上がる。


「暖、だめだ。戻って来いよ」


だが、暖は俺を見ていなかった。

冷たい冷気が俺にまとわりつく。その方向に向けば神様が穏やかな表情で俺の前に立っていた。


「君が葉の印を持っていた子かな?確か名前は……朝陽だったかな?」


神様の手に赤い剣が現れる。


「これで、君を殺めてしまったら……暖は私のものになってくれるかな?」


この人は本当に神なのだろうか。

俺は虚勢を張っている、どこか苦しんでいる男にしか見えなかった。


「可哀想な暖。さようなら、朝陽君」


急いで回避する力もなかった。膝から崩れる。

暖を横目で見るとこちらを向いていた。


俺はお前とやり直したかった。まだちゃんと話し合えずにいる。

酷いことをしたことも謝っていない。


「ごめんな、暖」


俺は目を閉じた。

しかし、衝撃は来なかった。


「ーーーなぜ」


神様の声が聞こえた。目を開けるとそこには胸を貫かれた暖がいた。


「参ったかよ」


暖はそう言って笑っていた。

剣が抜かれるとその場所からゆっくりと鮮やかな赤が溢れる。美しかった羽織は赤い椿を咲かし始める。

ゆっくりとした足取りで暖がこちらに向かって来る。

誰もがその光景に息を飲んでいた。

俺は立ち上がり暖を胸に迎え入れる。

暖が膝から崩れ落ちた。

止まることを知らない血を暖は見ていた。


「あーぁ……」


とても小さな声だった。

俺は暖を床に寝かせる。


「オ、レ……しくった、わ」


「もう喋るなよ」


「ケー、キ、たべ、たかった、なぁ」


暖に俺の声は届いていないようだった。

それが意味する理由を理解してしまう自分が怖い。

暖の手を震える手で握り締める。


「そ、こにいる?」


「いる。いるぞ、ここに。側にいる」


「あさ、ひぃ……」


暖は目尻から涙を流し、目を閉じた。

円堂が俺の横に座る。


「神様は愚かですね。そう思うでしょ。暖も。ほら、見てあげて下さい。あの情けない顔を……」


神様を見ると手で自分の前髪をぐしゃりと握り締め、暖を見ていた。


「なぜ、なぜなんだ」


自分の手に持っている剣を震えながら見下ろしていた。

ふざけるな、と思った。体は痛みを忘れて俺は神様の襟元を両手で握り締めていた。


「返せよ。暖を返せ」


怒りでどうにかなりそうだ。

殴りたい衝動を抑える。


「……椿?」


神様は俺を見ていなかった。その視線を辿ると暖がいた。暖を見ながら想い人を見ているようだった。

暖の父親と母親が側で泣いていた。

俺は神様の手を離して地面に膝をつく。


ーーー暖は、もう帰ってこない。


この戦いは誰のためのものなんだ。

俺の声にならない泣き声が響き渡る。



その瞬間。


暖が眠っている床一面に完全体の印が刻まれていく。

暖の周りに椿が咲き誇る。

その光景はこの世とは思えない程だった。

椿が弾けると暖の流れた血は消えていた。

暖の母親の表情が明るくなっていく。俺は暖の元へ駆け寄る。

傷口は塞がっていて、触れた手は血が通って温かかった。


「だから、いらないって私は貴方に言ったの」


凛とした声が響いた。

椿柄の着物を着た暖によく似た女性が神様の前に立っていた。


「結局、争いになったじゃない。だから貴方には懲り懲りなのよ。神様のくせに」


神様は涙を零していた。


「椿、椿……会いたかった、椿」


「私は会いたくなかったわ。でも、私の責任でもあるもの」


神様に椿、と呼びれていた女性は暖の頬に触れる。


「ありがとう」


それだけ言うと、神様の元へ行く。


「最後の願い、叶えてあげて」


神様は下に落ちていた水晶を拾い上げる。


「花吹暖。貴方の願い、聞き入れよう」


水晶が光り、凄まじい音を立てて粉々に弾けた。


「椿、君と逝くよ」


「馬鹿な人」


足元から雪が舞うように神様は椿と呼ばれる女性と共に消えていく。

2人が完全に消えるとその舞った光が暖の頬を撫でた。


「んっ……」


暖の声がした。


「暖!」


そこには目を覚ました暖がいた。


「ただいま」


俺たちは暖を抱きしめた。


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