15.過去の因縁
数日後、オレは再び葉山の家にいた。
オレの前を黒い袴を来た男達が歩く。とても静かだった。布が擦れる音がやけに大きく聞こえる。
屋敷の広い廊下を歩きながら、この2ヶ月ばかりの辛かった日々を思い出す。突然、好きな人と敵となり絶望し、それでも前に進んだこと。新しい印の持ち主と出会い、友達になれたこと。そして、最後の戦いで、好きな人が自分で長年の縛りから抜け出せたこと。
そして、オレもまた、全てを背負い神に立ち向かおうとしている。
廊下を抜けると渡り廊下が現れる。横には池があり、鯉が泳いでいた。道向こうから歩いて来た使用人の女性達が立ち止まり、オレを見て頭を下げた。
襖を開けられ、オレは中に足を入れる。
その部屋に入り、オレは固まってしまった。白い袴が置かれ、白い羽織には銀糸で描かれた椿があった。真夏なのに、まるで雪の中に椿があるように見えた。とても綺麗だった。
姿見に映るオレは数人の男性によって白い袴に着替えさせられて行く。
当主、として最初で最後の行事が行われる。
ーー今日は待ちに待った神様と顔を合わせる日だ。
広い部屋に入ると黒い袴に黒い羽織を着た父さん達がいた。背中には完全な印が描かれていた。
「綺麗だよ、暖」
「似合ってる」
円堂と朝陽が微笑んで、オレの元に来てくれた。
「なんか恥ずかしいけどね。ありがとう。朝陽達も似合ってるよ」
円堂達も黒い袴に黒い羽織を羽織っていた。
オレだけ白い袴で、とても目立っていた。
「ほら、しゃきっとしなさい。お前はこれから当主として最初で最後の役目を今からやるんだから」
背中をばしんっと父さんに叩かれる。
「ってか、もっと早くこんな仰々しいやつだって教えてくれれば良かったんだよ」
父さんは気楽にやれ、としか教えてくれなかった。それにどうして葉山の家でやるのかと聞いた時も。
「広いから」
と、しか言っていなかった。
オレはため息をつく。
「それにしても毎回、よくもまぁ屋敷を提供できるな」
円堂の父と朝陽の父がやって来る。
「まぁ、私たちの家は広いですからね。どっかの一軒家でやるより風情があるでしょ」
朝陽の父がそう言うと父さんは笑っていた。
鈴の音が部屋に鳴り響く。一瞬にして静寂になる。黒い着物を来た母さんが襖を開けて入って来る。
やはり、その背にも印が描かれていた。
手には何か箱を持っている。
父さんに腕を引かれ、前に行く。その後ろを葉山家と円堂家が後に続く。部屋にはいつの間にかその三家しかいなかった。
オレは小上がりに上がる。床の軋む音と袴の擦れる音が部屋に響いていた。
父さんに座るよう促され、正座をする。
オレの前に箱が置かれる。父さんは真剣な顔でオレを見た。
「これを開けると丸い水晶がある。それを手に取ると神様がお前を呼ぶから声に向かって歩くんだ」
「わかった」
「じゃぁ、行ってこい」
父さんは小上がりから降り、円堂達の横に座る。
朝陽と目が合った。朝陽はゆっくり頷いてくれた。
オレは箱に手をかける。開けると赤い布に包まれた小さな水晶玉が入っていた。それを手に取るとくらり、と目眩がした。手から落ちた水晶がコロコロとオレの後ろへと転がって行く。
目眩がひどくなっていく。手を着く。
「暖!」
朝陽の声が聞こえると同時にオレの視界は真っ暗になった。
目を開けるとそこは真っ暗だった。
「こっちだよ」
声が聞こえた。まるで雪のようなふわり、と溶けてしまいそうだった。
その声に向かって歩く。光が見えたと思ったらそこは崖の上だった。
「なんだ、これっ」
眼下に広がるのは甲冑をまとった武士達が戦っていた。大きな声が風と共にやってくる。3つの旗があった。椿の花、椿の花、そして円。
「こんな時からやってんのかよ」
鳥がバサバサと飛んでくる。それを避けると場所が変わっていた。
2人侍が刀を構えていた。その傍らには血を流した円の印を背中に描かれていた。
オレは吐き気がした。
刀が振り上げられ、オレは目を閉じる。
次に目を開けると洋装を来た3人組が話し合っているようだった。
場面が変わると葉の印を手に描かれた人は女性を抱いて泣いていた。その手には真っ赤な刀が握られていた。その横で話し合っていた椿の花と円の印を持った男がその様子を眺めていた。
風が吹き、目を閉じる。
次に目を開ければ、椿の花が咲き誇る庭にいた。雪が降っていた。
なぜか寒くなかった。
「可愛い子だね」
雪のような白い髪をした着物を着た男性が赤子を抱いていた。
その横には優しい顔をした女性が微笑んでいた。
雪が吹雪に変わる。オレの視界を遮った。
次に目を開けると、また椿が咲き誇る庭だった。
雪は降っていない。オレは庭から中を覗く。
先程見た白い髪をした男性がいた。オレは直感で彼が神様だと思った。
神様はゆっくりとこちらを見た。そして、立ち上がり近づいて来る。オレは動くことが出来なかった。
余りの美しさと神々しさに飲まれてしまっていた。
雪が降っていないのに、そこには降っているようだった。
「よく、来たね」
ふわり、と溶けてしまいそうな雪のような声が聞こえた。




