14.ひとつになった印
鮮やかな血がポタ、ポタ、と砂利に椿のような赤い花を咲かしていく。
小刀は朝陽の手によってオレに刺さることはなかった。
オレたちは砂利に倒れ込む。
朝陽が小刀を投げ捨てた。金属音が静寂に包まれた空間に響き渡る。
「降参、する」
朝陽に押し倒されているオレの頬に血とは違う透明で温かいものが落ちて来て流れた。
朝陽の涙だ。
「降参、するから。こんなこと、やめてくれっ」
オレは何も言わず、朝陽を真っ直ぐ見ていた。
「葉山、朝陽。お前を認める」
かたかたと震える朝陽の両手が俺の頬を包み込む。左手はオレを守るために小刀で切ってしまった切り傷があった。血がオレの頬を濡らす。
「お前には敵わないよ、暖」
朝陽はオレに口付けをした。
それは深く深くなっていく。
背中にじわり、と痛みが熱が走り、熱くなる。
それは印が刻まれる合図だ。オレはようやく全ての印を手に入れることができたのだ。
ゆっくりと描かれて行く熱は円の時よりも痛くて身を捩りたくなった。
痛みをかき消すようにオレは朝陽に縋るように抱きしめた。
「朝陽ーー!!貴様ー!」
老人の声が近くで聞こえた。朝陽が俺を守るように抱きしめる。
「なんてことをしてくれたんだ!あと、少しだったのに!」
朝陽は背中を蹴られているのか、1回1回の振動がオレにまで伝わってくる。
「……あんたが」
ふつふつと怒りが湧き上がってくる。
「あんたが、朝陽を苦しめていたのか!」
老人がオレの声に狼狽える。朝陽を引き剥がし、老人の前に立つ。
「お前さえいなければ!花吹などいなければ!」
老人が拳を振り上げる。しかし、それはオレには届かなかった。
父さん、朝陽、朝陽の父がオレを守るように囲んでいた。
「お前ら何の真似だ!」
「お父さん、彼は今、私たちの新しい当主になりました。手を出しては神が怒りますよ?」
朝陽の父が静かに老人に伝える。
老人は膝から崩れ落ちた。砂利を握っては朝陽の父に投げる。
地面まで爪で削り僅かに血が滲んでいた。
「お前たちが出来損ないだから!」
朝陽が前に立ち、飛んでくる砂利からオレを守る。
「お邪魔しますよー」
穏やかな声が聞こえた。スーツをオシャレに来た男性と円堂がいた。
円堂はオレを見つけて手を振っていた。
「あれー、もう終わっちゃった?」
「だから早く行こうって言ったじゃないか、お父さん」
円堂の父は、ゆっくりとした足取りでやってくる。
「相変わらずじゃないか」
父さんと朝陽の父が笑う。
だが、老人の怒りは収まらなかった。投げた砂利が地面を跳ね返り円堂の父の高そうな靴に当たる。
「ーーああ?」
急に空気が重たくなった。
円堂の父は老人の前に立つと、足で肩を押す。よろめいた老人は円堂の父を見上げていた。
「印のことなーんも分かってない老いぼれがギャーギャー言ってんなよ?」
ゆっくりしゃがみ込む。
「知らねーなら、教えてやるよ?俺たち円と葉は花を守らなきゃ力を発揮できねぇんだよ。なのに、お前達はその逆をしていた」
老人の肩に指を指す。
「分かるか?出来損ないはお前ら上の世代だよ」
静寂が包まれる。老人は頭を抱え、小さくなる。
「うそだ、そんな……」
「確かに、暖を守った時、すごい力出た気がする」
朝陽が怪我をしていない方の手で拳を握りしめる。
「そう、それが正解なんだよ。神様はなにも戦えって言ってねぇ。認めさせろ、としか言ってないんだよ」
老人は壊れたように泣き叫んでいた。きっと、彼も葉山の呪縛の被害者なのだろう。
「暖、頑張ったね」
円堂がオレの頭を撫でる。朝陽がそれを叩き落とした。
「触んな」
円堂と朝陽の間に火花が見えた気がした。
「わー!怪我しているじゃないか!」
父さんが朝陽の手を取る。
「おい、朝春。布ちょうだい、早く」
朝陽の父が、朝陽の手を父さんから奪いハンカチで抑える。父さんは空いてしまった手でオレを抱きしめる。
「朝陽、頑張ったな」
朝陽の父が優しく笑う。朝陽はとても驚いた表情をしていた。その父親に抱きしめられ、少し恥ずかしそうに耳が赤くなっていた。
ああ、やっと朝陽が幸せになれる。
オレはそう確信した。
「そーだ、暖。あれは良くなかった。父さん、本当に心臓止まるかと思ったよ」
優しかった抱擁がギチギチとオレを締め上げていく。オレは父さんの腕から抜け出そうにも抜け出せなかった。
「次はしちゃだめだからね」
「うん。ってか、父さん。朝陽のお父さんと仲良かったの?」
「当たり前じゃないかー!印取り合った後はよく遊んでたよ」
父さんはオレの頭を撫でる。
みんなが笑っていた。もちろん真実を知ってしまったことで絶望している人も居るが、いつかは笑える日が来るかもしれない。
オレはやっと神様に会えるための条件を揃えることが出来たのだと実感する。
「父さん、オレ、神様に言いたいことがあるんだ」
「うん。どーん、と伝えておいで」
父さんは優しく微笑む。
「とりあえず、ケーキ食べたいな」
「相変わらずだね、お前は」
父さんはオレの頭をぐしゃぐしゃに撫でながら笑った。
その晩、オレは脱衣所にいた。1枚ずつ服を脱いでいく。足元に重ねられていくシャツと肌着。
鏡にはオレの引き締まった体が映る。
そしてゆっくりと背中を映す。白い椿に濃い緑の葉。そしてそれを囲む白い線の丸。
オレはやっと片道切符を手に入れることができた。
絶対にこのくだらない印の戦いをオレで終わらせる。




