12.温かい家庭 side:朝陽
「でさー、課題が超むずくてさ」
「わかる!あいつの課題難し過ぎるよね!」
円堂との電話のあと大学の帰り道、同じ研究室の女子が俺にまとわりついていた。
特に気にすることなく歩いていた。
頭の中は暖のことでいっぱいだった。
2年も一緒にいたのに暖のことを知らなさ過ぎた。一緒にいて楽しかったし、ちゃんと好きだった。
俺たちは2年間、予定合わせて会って、キスしてセックスして。よくよく考えてみると本当にどうしようもない付き合い方をしていた。
「ここのカフェ、めっちゃケーキ美味しいんだよー!」
腕を組んでいる女子が横のカフェを指さした。
俺はカフェの中を見た。沢山ケーキが並んでいた。
ここに来たら暖は喜ぶだろうな。
そんなことをふと、思っていたら、店内の客と目が合った。
見慣れた茶髪に少し幼さが残る目元ーー暖だった。
ガラスに映る俺は、どうみても女子を多数侍らせて歩いているようだった。
今まで気にしたことがなかったが、暖に見られるとやましい気持ちになった。
暖は俺から目を逸らした。
「おい、お前ら手、離せ」
「なんで?」
「暖が勘違いするだろ」
俺は女子達を置いて店内に入った。この間、降参させる、とか言ったのに今の暖を放っておけなかった。
だが、出てくる言葉はどうしても冷たくなってしまう。
「なんでいるんだよ」
暖に今まで、どうやって優しく接していたのかわからなくなる。
テーブルの上にはコーヒーと手が付けられていないチーズケーキがあった。
俺が好きなケーキだ。
暖が好きなケーキはモンブランだ。絶対、知らないカフェに来た時はモンブランから食べるのが当たり前だった。
1人、家から少し遠いカフェに来てわざわざチーズケーキを選ぶ。
暖が愛おしくて堪らなかった。
「おい、こっち向け」
暖の手首を掴んだ。冷房のせいなのか暖の手首は冷たかった。
「オレは誰にも会いたくなかったから、わざわざ電車乗ってきたのに」
まさか今の暖から嫉妬されるとは思わなかった。
俺をまだ好きでいてくれているのだろうか。
聞いてもいいのだろうか。
しかし、それは暖によって聞く機会を失う。
暖はカバンを持って立ち上がると嫉妬と怒りが混ざったような表情をしていた。それに傷ついているようだった。
「そのチーズケーキ、間違って注文しちゃったから食べていいよ?好きだろ?」
暖は店を出て行ってしまった。
聞く勇気がなかった。
ーー恋愛ごっこ。
その言葉が胸を痛いくらい突き刺していた。
俺は暖が手をつけなかったチーズケーキを食べた。
どれくらい放置していたんだろう。ほんの少しだけパサついていた。
店を出ると女子達に謝られた。
「俺も悪かった。止めなかったのは俺が悪い。かっこ悪いよな。見栄っ張ってた」
「ごめんね、まじで。彼氏追いかけないの?」
「なんで」
女子達は驚いていた。
「馬鹿なの?普通、追いかけるでしょ。ほら、早く!」
背中を押され、俺は暖がどこにいるのかも分からないのに暖の家方向の電車に乗りこんだ。
駅に着いて暖の家方向に足早に向かった。
途中、1人で歩いている刺客の姿が見えた。
暖を追っているかもしれない。
夕焼けがやけに赤く、急ぎたい気持ちを抑え、後に着いて行く。
着いた場所はあの廃墟だった。俺は刺客にバレないように中に入って行く。
「疲れた」
暖の声が聞こえた。
そして何かを殴る音がした。扉を開けて見ると、倒れている刺客の奥で倒れている暖がいた。
棒を持っていた刺客は俺を見てどこか慌てていた。
「おい、お前ら手ぇ出すなって行ったよな?」
刺客を殴ると吹き飛んだ。いつも通り殴っただけなのに、すごい音を立てて。
「なんだ、これ」
拳を開いたり閉じたりする。
威力が尋常じゃないくらい上がった気がした。
暖の近くに行くと気絶しているようだった。
俺は落とさないように背負って廃墟を出た。
夕日が沈んだ頃、暖の家に着いた。呼び鈴を鳴らすと暖の母親が出てきた。
「あらやだ、イケメン!」
「すみません、暖君をベッドに寝かせたいのですが」
母親はやっと俺の背にいる暖に気付いて部屋に案内してくれた。
ベッドにそっと暖を下ろす。
「ありがとうね、大変だったでしょう」
それがそうでもなかった。暖をとても軽く感じた。
体が何かおかしいのだ。暖を守りたいと思った時からずっと印がある場所が熱を持っているようだった。
俺はそっと指先で暖の頬を撫でる。
「じゃぁ、俺はこれで」
部屋から出て、玄関で靴を履く。
「たっだいまー!ってあれ?」
暖の父親が丁度帰宅して来てしまった。
現当主としての威厳の欠片もない人だった。優しそうで、どこか暖に似ていた。
「あれ、君、葉山の顔に似てるね」
「えっと…」
「何、暖を襲いに来たのかい?こんなに堂々と」
優しい顔をしているのに圧が凄まじかった。何も言えずにいると暖の母親が俺の肩に触れる。
「この子、暖をおぶって連れて帰って来てくれたのよ」
「え、そーなの?なーんだ」
圧は急になくなった。
「ごはん食べて行きなさいよ」
「そーだよ、そーだよ」
暖の母親に半ば強引にリビングへ連れて行かれた。
「そう、それくらいかなー」
暖の母親は鍋の中を確認する。
俺はキッチンでなぜか、手伝いをしていた。
カレーを作っていた。
俺は貰ったルーを中に入れていく。
「お母さーん、ただいまー」
リビングに紬が入って来た。俺と目が合う。
「あれ、お兄ちゃんと寄り戻したの?」
紬の言葉に俺は固まった。
まさか、ここでそのワードを出されると思わなかった。
「紬、それどーゆーことー?」
暖の父親が紬に聞く。
俺は心臓が口から出てしまいそうなくらいばくばくと鳴っていた。
「朝陽さんね、お兄ちゃんの彼氏だよ」
隣にいる暖の母親からの視線が痛い。俺は静かにカレーを混ぜる。いい匂いが鼻を掠める。
用意された皿の上にかけていく。
リビングのテーブルに置いていくと暖の父親と目が合った。
「いつから?」
「2年前からです」
「花吹って知ってた?」
「俺たち、苗字名乗っていないので知りませんでした」
暖の父親はそっか、と一言言っただけだった。
「信じてくれるんですか」
「まぁ、お互い何か感じ取ったんだろうね。ほら、僕らのご先祖様は3つ子だし」
笑っていた。
それ以上、暖の父親は何も聞いて来なかった。母親の方は根掘り葉掘り聞いて来た。
「どこに惚れたの?」
「どこで出会ったの?」
凄まじかった。俺の母親は幼少期に病気で亡くなった。
母親が生きていれば今よりマシな生活が出来ていたかもしれない。
暖はいなかったが賑やかな食事だった。居心地が良かった。
自分の家とは大違いだ。
食べ終わり、玄関まで暖の父親が見送ってくれた。
「…暖のこと好き?」
「言ってもいいんですかね」
「もちろん、ここは葉山じゃない」
「……好きです。大好きです」
やっと言えた。胸のつっかえが解れた気がした。
父親は笑っていた。
「降参はしないんだ?」
「しません。正々堂々、暖と戦って、終わったらやり直してもらうつもりです……無理かもですが」
「僕たちは死ぬな、としか言えない。葉山は昔からやり方が汚いからね。君も死ぬんじゃないよ」
頭をくしゃくしゃに撫でられる。初めて父親の優しさに触れた気がする。
暖の家から帰って来た。 俺の家はそこらの家より大きい。まるで屋敷だ。廊下で父親とすれ違う。お互い言葉を交わさない。
ただ、大きいだけ。
口の中に残るカレーの味が少しだけ幸せな気分にしてくれる。
「ここは、地獄だ」
俺の呟きは軋む床に消えて行く。




