11.本音 side:朝陽
気絶してしまった暖を背負って暖の家に向かっていた。
夕日は傾き始めていた。
俺は背中から伝わる暖の温もりを感じる。
暖が気絶してくれていて良かった。もし起きていたら酷いことを言ってしまっていたかもしれない。
今だけはこの時間が続いて欲しい。
どうしようもないくらい暖が好きだ。
同時にドロドロとした感情が湧き上がる。それはあの日からずっと続いている。
夜、ふらりと暖の家に足を向けていた。それは一度や二度では無かった。
1日だけ部屋の電気がついていない日があった。オレは気になって翌日も足を運んでいた。
1台の車が暖の家の近くに停車していた。物陰に隠れたが円堂には気づかれたらしい。あいつは笑っていた。俺を見て。
そして暖と抱き締め合っていた。
突き放すようなことをしてしまったのは俺だったが、実際に見てしまうと心が抉られる気持ちになった。
帰るか、と振り返れば部活帰りだったのだろう。紬に会った。
「お兄ちゃんに会ってかないの?」
「もう、そんな関係じゃないから」
「じゃぁ、なんでここに来たの?」
「分からない」
紬は車から出てくる暖を見る。
「取られちゃうよ」
「俺にはもう関係ないんだって」
「……2人とも嘘つき」
紬が俺の横を通り過ぎて行く。
俺だってどうしたらいいのか知りたい。近づけばきっともっと暖が危険に晒される。
本当は側にいたい。色んな話がしたかった。
暖は俺を切り捨てたのだろう。新しい道を進もうとしている。俺は邪魔なだけだ。
「もういいや」
俺はふらり、と来た道を帰って行く。人通りが多くなって行くとスマホが振動した。
画面を見ると暖からの着信だった。
「……なに」
もういい、と言いながら俺は未練がましく電話に出ていた。電話向こうの暖は息が上がっていた。紬から聞いて走って追いかけて来てくれたのかもしれない。
嬉しかった。
『今どこ』
「家」
俺は嘘をついた。俺の横を車や人が行き交う。
『すんごい嘘つくじゃん』
電話向こうから同じ音が聞こえる。だけど、俺は足を止めなかった。チカチカと点滅する横断歩道を渡って行く。
振り返ると信号機は赤になった。とことん付いていない。暖は今にも泣きそうだった。俺はそんな暖にひどいことしか言えない。
「次は絶対、お前のこと降参させてやるから」
車が俺達の関係を断ち切るように横切って行く。俺はスマホの電源を切った。
暖を襲おうとしていた刺客の横を通る。
「余計なことするな。手を出すな。全員に伝えろ」
睨み付けると刺客はどこかに消えて行った。
自宅に帰ると乾いた音が俺の耳元でした。
「まだ、印を手に入れられないのか!!」
祖父が俺の頬を平手打ちした音だった。父はその後ろで見ていた。
俺の家は日本家屋だ。広い畳の上で正座をして祖父の声に耐える。
「すみません」
「葉山はずっと当主になれていない!早く印を奪え!そして神に会うのだ!」
なぜ、そこまで当主にこだわるのだろう。
俺には理解が出来なかった。
もし俺が願うとしたら、暖と幸せな未来が欲しいと願うだろう。
頭の中に流れていく円堂と暖の抱擁にドロドロとした感情が溢れ出す。
「…何をそんなに神に願いたいのですか?」
口から思わず出てしまった。
「分からないのか!?何でも叶えてくれるんだぞ!?」
「くだらないですね」
俺は笑った。祖父は怒りで震えているようだった。
本当にくだらないと思った。それだけのために俺は暖にひどいことを言って沢山傷つけた。
祖父が拳を振り上げた瞬間、父が割って入って来た。
俺の襟元を持って、静かな声で言う。
「朝陽、彼を殺したくなければ降参させるんだ」
それを言われてしまったら俺の返事は決まってしまう。
父はきっとそれを分かってて言っているのだ。
「分かりました」
俺はそう返事を返した。
今、一番気が楽なのは大学にいることぐらいだった。
「ねぇ、朝陽ー。彼氏とどうなの?」
「だから、教えないって言ってんだろ」
腕にまとわりつく同じ研究室仲間を振り払う。
「最近、のろけ聞かないから心配してんの」
「そうそう、まじ砂糖食ってんのかってレベルで甘いやつ」
「まじそれ、うけるわー」
俺が暖と付き合っていることを知っている女子達は、自分たちに興味がないって分かると俺にベタベタ引っ付いてくるようになった。
なんでもイケメンとベタベタしたいらしい。
意味が分からない。
しかし、今の俺には丁度良かった。ぽっかり空いてしまった穴にゴミを無理矢理ねじ込んでいる気分だった。
暖から届いた一通のメッセージが頭を過ぎる。
ーーオレと付き合ってる時、浮気してた?
なぜ急にこんなのを送って来たのか分からない。
「してねぇよ」
俺は大学4年だ。今は卒業論文やら研究で忙しいが、3年の頃は実習などで忙しかった。家での鍛錬もあった。
会えない時は2ヶ月、3ヶ月は普通だった。暖は理由を聞いてこないから俺は伝えずにいた。
スマホが振動する。知らない番号からだった。
「はい」
『葉山の携帯かな?』
円堂の声だった。
「お前、なんで知ってんだよ」
『暖の携帯から見つけたんだよ。寝ている時にこっそりと、ね』
寝ている時。
円堂と暖は付き合い始めたのだろうか。
またドロドロとしたものが溢れ出していく。
「あれ、朝陽電話?」
「なんか怒ってない?」
女子が近づいて来るもんだから俺は外に出た。
『暖が今、面白い話しててさ』
遠くの方から暖の声が聞こえた。
俺のことを詐欺師呼ばわりしていた。
円堂がちょっかいを出すと暖は怒って声を荒上げていた。
付き合っていた時に思っていた事なのだろう。だいぶぶちまけていた。
『それは、恋愛ごっこ、していたんだね』
円堂の言葉が深く胸を突き刺した。
そのまま電話が切れた。と思ったらまたかかってきた。
『どうだった?詐欺師君』
「詐欺師じゃねぇ」
『さっき、暖にも言ったんだけどね。君たち、痣がなくてもきっと別れてたと思うよ』
「は?」
意味が分からない。俺たちはちゃんと好きあっていた。
『だって本音、話たことないでしょ。好きだ、とは言っていただろうけど』
何も言えなかった。現状も本音を言えていない。
『このままだと、僕が暖のこともらっちゃうからね』
そう言って円堂は電話を切った。
暖は円堂と付き合っていない?
俺はまず先にそこを喜んでしまった。同時に俺たちがちゃんとしたコミュニケーションを取って来なかったのかも理解した。
付き合っていた頃、お互いの苗字も大学はどこに行っているのかさえも知らない。
あとから知ればいいや、という軽い考えだった。この印の件が落ち着いたら同棲しよう、と言おうと思っていたからだ。
俺はしゃがみ込んで、過去を振り返っていた。
そして俺たちは最初から間違っていたんだと気づいた。




