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9.知ろうとしなかったこと

オレは自室にいた。どうやって帰って来たのか自分でも分からなかった。

部屋で1人、フォルダに仕舞われた写真を眺めていた。

朝陽の笑った顔。寝てる顔。ご飯を美味しそうに食べてる顔。

オレたちは幸せそのものの中にいたんだろう。


部屋がノックされ、入って来たのは紬だった。


「なに」


「いや、別に用はないんだけどさ」


そう言いながらもオレのベッドの下に座る。紬なりに何かを察して、気にしてくれているのかもしれない。


「別れ、ちゃったの?」


「そーなるのかな」


「諦めたの?」


「どーだろ」


答えながら朝陽との写真を見続けていた。

写真の中の朝陽は砂浜でポーズを撮っていた。

紬がスマホを覗いて来る。


「なーんだ、未練たらたらじゃん」


体育座りをして、紬はスマホを弄り始める。


「部屋帰れよ」


「朝陽さんに理由聞いた?」


「聞いてないっていうか、聞くまでもないっていうか」


紬に頭を叩かれる。意外と痛かった。


「ちゃんと本人から聞いたの?」


「聞いた…よ」


いや、どうだろう。


あの日、話したことと言えば宿命やら印の話だけだった。

朝陽自身の言葉をオレは聞いていない。


「聞いてないかも」


「ほら!ってか、2人とも2年も付き合ってんのに苗字も知らないじゃん」


そうだ。オレは名乗らなかった。初めてカフェで出会った時も。


「名前、なんていうの?」


「暖。暖かいって書いて暖」


「へー、俺は朝陽」


ずっと側にいたのに教えなかった。きっと無意識だったのかもしれない。

もし、あの時、花吹と名乗っていたらこんな辛い思いはしなかったのだろうか。

あの最悪な誕生日の日にも同じような後悔をしていたな、とオレは小さく笑う。

オレは朝陽がケーキを食べようとしている写真を見る。

スマホに残る朝陽も本当の朝陽だ。同時に暗く怖いのも本当の朝陽だ。


「オレたち、ちゃんとそういうの話したことなかったかも」


「2年間、何してたの?」


「ケーキ食べたり、海行ったり、映画見たり」


「違うよ!そうじゃなくて、大学どこ行ってるのかー、とか」


「したことないかも」


うそでしょ、と紬が口元を引き攣らせていた。

オレは知らなかった。朝陽がどこの大学に行っているのか、家族構成はどうなっているのか。何も知らなかった。


「オレらやばくね?」


「やばいどころじゃないよ。それは引く」


「まじかー。お前に教えて貰うとか最悪だわー」


紬にまた頭を叩かれる。


「じゃぁ、あたし寝るね」


「おーう」


オレ達は毎日会っているわけではなかった。予定が合わなければ1週間の時もあれば1ヶ月、3ヶ月空いたこともあった。

会っていない間、何していたのかもオレたちは話をしていない。


「あれ?なんだかムカついてきたな」


オレは朝陽に届かないかもしれないメッセージを送ってみた。


オレと付き合ってる時、浮気してた?


「オレ、女々しいなぁ」


いじわるなメッセージを送って返事を待つことにした。

だけど、次の日もその次の日もメッセージは返って来なかった。





あれから1ヶ月経っていた。

葉山の刺客は一度も来ていない。もちろん朝陽にも会っていない。嵐の前の静けさのようだった。


「明日から夏休みだな」


次の講義まで時間が空いたため、優希と食堂でカップアイスを食べていた。

空調がしっかり効いて涼しくて気持ち良かった。


「暖は何すんの?」


「なーんも予定ないし」


「あれ、この前まで恋人いたじゃん」


「んー、たぶん別れた」


オレは最後1口を口に入れる。

カップアイスはもうなくなってしまった。


「たぶんって」


「オレら付き合ってたのになーーんも知らなかった」


「詐欺師と付き合ってたみたいじゃん」


オレは笑ってしまった。

それはそうかもしれない。それはきっと朝陽も同じだ。

オレもまた、何も話さなかったのだから。


「それは、大変だ」


目の前に新しいカップアイスが差し出される。顔を上げれば円堂だった。手に持っているスマホには苺のキーホルダーがぶら下がっている。


「暖は詐欺にあっちゃったの?」


「そーなんすよ、円堂先輩きいてあげてくださいよ。この間、別れた子が詐欺師みたいでー」


優希がいらぬことを言い始める。


「うわ、かわいそー。でも、それはあっちも同じなんじゃないー?」


にやついた顔で円堂がオレを見下ろす。傷口に塩を塗られた気分だった。塗られる塩にオレは耐えられなくなった。


「だー!うるさいな!オレだって聞かれたら喋ったよ!なんか聞いていいのかも分かんなかったし!」


円堂がにやにやと笑う顔を見て、怒りが更に込み上げてきた。


「会えない時なんて2ヶ月だぜ!?ちょっと浮気してんのかな?とか思うじゃん。でもそれ聞けないし、他にも聞いていいのかわかんなかったし。でもさ、普通本当に好きなら知りたいと思うじゃん!?オレは知りたかったけど聞けなかっただけだけどね!」


食堂で休んでいた他の学生達がオレが言った言葉にコソコソと話始める。

何か、間違っていたのだろうか。



「それは、恋愛ごっこ、してたんだね」


円堂が自分のスマホを出してオレの目の前に置いた。

通話中だった。書いてあった名前は葉山朝陽。

オレは通話を切った。


「あんた、まじで性格悪くないか?」


オレはゆっくりと円堂を見上げる。優希が今にも殴ろうとしているオレの腕にしがみつく。


「だってそうでしょ。結局、アザのせいにしてるけど、普通に君たちいつかは別れてたんじゃない?」


オレは腕を下ろした。


「円堂のばーーか!」


悔しかった。核心をつかれた気がした。

オレはカップアイスを持って逃げるように食堂を出た。




食堂を出て日陰で食べようと思った頃にはカップアイスの中身はほぼ溶けかけていた。

セミの鳴き声が近くに聞こえ、顔を上げると歩いて来た通行人とぶつかる。


「あっ……」


転がっていったカップアイスは中身を零しながら転がっていく。


頭の中で先程円堂に言われた言葉が巡る。


ーーー恋愛ごっこ、していたんだね。


セミの声が大きくなる。


ひっくり返って止まると焼けたアスファルトの上でカップアイスの中身が静かに坂を下っていった。

それはまるで壊れてしまったオレたちの姿だった。








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