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第六十話(最終話):悪徳領主の「正しい二度寝」


カイル王の戴冠式から数年。世界は驚くほどの安定期を迎えていた。 かつて争っていた国々は、レオンという「眠れる獅子(あるいは世界一短気な債権者)」を起こさないことを共通の最優先事項とし、結果として歴史上類を見ない平和が維持されていたのである。


グラウス領の境界線には、今日も「静粛に。閣下の安眠中につき」という巨大な看板が立ち、その前を巡回する聖騎士や元貴族たちは、足音を立てないよう特殊な魔導シューズを履いて任務に励んでいた。


領主館、最深部。 そこはリネットの技術の粋を集めた「究極の遮音・自動調温・精神安定空間」となっていた。


「……若様、お目覚めでしょうか。本日は、帝国から『世界一柔らかい魔鳥の羽毛』が、王国からは『安眠を誘う伝説の竪琴弾き』が届いております。……まあ、竪琴弾きの方は『騒音源になる』というハンスの判断により、既に門前で強制送還いたしましたが」


セバスが静かにカーテンを開けると、そこには、数年前と全く変わらない姿で、最高級の枕に顔を埋めたレオンがいた。


「……ふん。竪琴なんて、ただの雑音だ。セバス、リネットに言え。この枕、あと三ミリだけ低くしろ。それと、太陽の光がまだ僅かに透過している。遮光率をあと一パーセント上げろ」


「かしこまりました。……リネット様、例の調整を」


「……。了解。……空間位相をずらして、光子をゼロに固定。……これで、ここは宇宙で一番暗く、静かな場所になる」


リネットが端末を操作すると、部屋全体が至福の静寂に包まれた。フェリスが扉の外で抜剣したまま不動の姿勢で立ち、アルスが国境で黄金のオーラを放って外敵を払い、カイル王が王宮でレオンの利権を守るための書類を黙々と処理している。


すべては、この部屋の男を、静かに寝かせておくためだけに。


「……ああ、快適だ。経済を回し、他人の権利を奪い、世界を再編した甲斐があったというものだ」


レオンは、自分を慕う者たちの「勘違い」を正すつもりなど毛頭なかった。 彼がこれまでに接収してきた莫大な富も、技術も、人材も、すべてはこの瞬間のためにあったのだ。


「……いいか、お前たち。俺はこれから、究極の二度寝に入る。……世界が滅びるか、この枕の反発力が死ぬまで、俺を起こすなよ」


レオンは満足げに、そして傲慢に、誰に遠慮することもなく目を閉じた。


「御意。……おやすみなさいませ、若様。良い夢を(あるいは、何一つ考えない無の休息を)」


セバスが深々と頭を下げ、部屋の明かりが完全に消える。 悪徳領主、レオン・フォン・グラウス。 欲望のままに世界を買い叩き、合理性のままに敵を排除し、勘違いのままに救世主となった男。


彼の物語は、ここで一旦の幕を閉じる。 ――世界の平和を人質に取った、史上最高に贅沢で、そして最も静かな「二度寝」と共に。

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