6話
「ハンス、フェリス。ここから先は俺一人……いや、セバスと二人で行く。お前たちはここで『素材(ドロップ品)』の整理をしておけ」
「ハッ! 坊ちゃん、死なない程度に楽しんできてくださいよ!」
「閣下、ご武運を。この冥府の鎧があれば、森の主とて敵ではないでしょうが」
ハンスとフェリスを外縁部に残し、レオンはセバスを連れて大森林の最深部、通称『呪われた魔導域』へと足を踏み入れた。
勇者ルートの知識によれば、この奥には後に魔王軍の最終兵器を作り出す天才魔導師、リネットが隠れ住んでいるはずだ。
彼女はあまりに高度な魔導理論を追求しすぎたため、王立アカデミーを追放され、この森で餓死寸前の引きこもり生活を送っている。
(彼女の作る魔道具はヤバい。全自動で家事をこなし、指一本で山を吹き飛ばす。そんな便利キャラを魔王軍に渡すのは損失だし、何より俺のニート生活には彼女の技術が不可欠だ!)
不気味な茨の森を抜けると、そこには今にも崩れそうな古塔が立っていた。
レオンは迷わず、持参した「特製重箱」を地面に置く。
「……セバス、例のものを準備しろ」 「御意に。若様の『人徳(餌)』ですね」
セバスが手際よく魔法火で重箱を温めると、中から暴力的なまでの香りが漂い出した。
高級和牛のステーキ、フォアグラのソテー、そして甘く濃厚なガーリックソースの匂い。
「……くんくん……この、高密度のカロリー反応は、何?」
古塔の二階の窓から、ボサボサの銀髪を揺らした少女が顔を出した。
目の下には深いクマ、肌は透けるほど白い。リネットだ。
「……毒? それとも、私を暗殺しに来た王国の刺客? でも、毒にしては……あまりにも、美味しそうな匂い……」
「リネット、お前に商談に来た。その料理を食いたければ、俺の軍門に降れ」
レオンは漆黒の鎧をカチャリと鳴らし、不敵に笑う。
リネットはふらふらと塔から降りてくると、野生動物のような警戒心でレオンを見上げた。
「……貴方、魔王? それとも、死神? その鎧、不吉すぎる……」
「俺はレオン・フォン・グラウス。お前のその腐りかけた頭脳を、俺の『贅沢』のために買いに来た男だ」
「……贅沢? 研究の予算じゃなくて?」
「ああ。俺が指一本動かさずにゴロゴロできる道具を作れ。最高級のベッド、完璧な自動風呂、掃除の手間がいらない魔法壁……。それさえ作るなら、お前に一生、このステーキ以上の飯を食わせてやる」
リネットの瞳が、初めて大きく見開かれた。
アカデミーでは「軍事利用」か「国力増強」の研究ばかりを強要され、生活の利便性など「下俗な研究」と切り捨てられてきた彼女にとって、レオンの要求はあまりにも衝撃的だった。
「……軍事じゃなくて、貴方の怠惰な生活のために……私の、全知全能を注げと?」
「そうだ。嫌か?」
リネットは重箱の中のステーキを一切れ掴み、口に放り込んだ。 その瞬間、彼女の顔が劇的に緩む。
「……契約成立。貴方の『怠惰』は、私の『知的好奇心』をこれ以上ないほど刺激する……。今日から、私は貴方の専属、魔導ニート製造機になる……」
「よし。話が早いな」
レオンは満足げに頷いたが、背後で見ていたセバスはまたしても目頭を熱くしていた。
「……素晴らしい。若様は、その圧倒的な武力(鎧)で威圧するのではなく、彼女の『心の飢え』を理解し、救いの手を差し伸べられた。捨てられた天才を拾い上げ、その知性を平和のために(※ニート生活のために)活用なされる。なんと慈悲深い勧誘でしょうか!」
「セバス、早く彼女を運べ。栄養失調で倒れそうだぞ」
「はっ! 救世主レオン様の下、新たな英知が加わったことを祝し、今夜は宴でございますな!」
こうして、伝説の魔導師リネットが加入した。 彼女は後に、「レオン様を楽にさせるためなら、物理法則すら書き換える」という最も危険な忠臣へと成長していくことになる。




