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第五十九話:カイル王の戴冠と「レオンの聖域」


王都は、かつてない熱狂に包まれていた。 横暴だったエドワードが去り、賢明な第三王子カイルが新国王として即位する戴冠式。民衆は、この平和をもたらした「陰の主役」がグラウス領の主であることを誰もが知っていた。


「……若様、お召し替えのお時間です。カイル陛下より、戴冠式の最前列、王の真隣に閣下の席を用意したとの招待状が届いておりますぞ。……正装として、この金糸をふんだんに使った重いマントを」


「断る。そんな肩の凝る場所へ行ってみろ、国中の貴族から『次なる利権』を求めて挨拶攻めに合う。睡眠不足どころか、過労で死ぬわ」


レオンは、セバスが差し出した豪華な礼服を指一本で押し戻し、いつもの着古した、しかし最高の手触りの寝巻きを指差した。


「リネット、転送魔導具の準備はいいか。俺は現地には行かん。『映像投影ホログラム』で済ませる」


戴冠式の会場。カイルが王冠を授かろうとするその時、王座の傍らにレオンの姿が浮かび上がった。 会場にどよめきが走る。だが、それは本人の実体ではなく、リネットが開発した高精度の立体映像だった。


「……カイル。即位おめでとう。これで俺の仕事(在庫処理)は終わりだ」


映像の中のレオンは、玉座の前で跪くこともなく、むしろ面倒そうに耳を掻きながら告げた。


「お祝い代わりに、俺から一つ『提案』……いや、『決定事項』がある。ここに、俺の領地――グラウス領を王国から完全に独立させ、いかなる権力も干渉できない『永世不可侵特区』とする宣言書を用意した。今すぐこれに署名しろ」


ざわめきが怒号に近い驚きに変わった。 一領主が国家から独立するなど、通常であれば叛逆罪だ。だが、カイルは微笑み、迷わずその書類にペンを走らせた。


「分かっているよ、レオンさん。君はもう、この国の面倒を見ることに飽きたんだね。君が望むのは、誰にも邪魔されない『静寂』。……いいだろう、今日この瞬間から、グラウス領は王権すら届かない、人類の『聖域』だ」


レオンは満足げに頷くと、最後に会場の全貴族、そして民衆に向けて言い放った。


「――いいか。俺の領地には、許可なく一歩も入るな。手紙を送るな。噂をするのも最小限にしろ。俺はただ、静かに寝たいだけだ。もし俺の二度寝を妨げる馬鹿が現れたら……。その時は、その国の経済を根こそぎ『接収シャットダウン』してやるから、そのつもりでいろ」


そのあまりにも傲慢で、しかし圧倒的な強者の宣言に、人々は戦慄し――そして、再び「勘違い」した。


「……おお、見ろ。レオン卿は、自らが権力を握ることで国が歪むのを恐れ、あえて自らを隔離(隠居)されたのだ!」 「何という無欲! 己を犠牲にして、カイル王に全ての光を譲るというのか……!」


涙を流して感謝する民衆を、映像越しのレオンは心底「気味が悪い」という目で見つめていた。 「……セバス、映像を切れ。……さて、これで公式に俺は『いない人間』になったわけだ。最高の隠居生活の始まりだな」


レオンは王冠よりも価値のある「自由」を手にし、自分のベッドへと帰還した。

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