第五十八話:全自動システムの「平和な暴走」
教会という最後の「騒音源」を解体し、レオンの領地はいよいよ完成の時を迎えていた。 リネットは、レオンが二度と指一本動かさずに済むよう、領地運営のすべてを代行する究極の魔導知能『管理の眼』を起動させた。
だが、そのシステムは、レオンの「究極の安眠を守る」という至上命令を、あまりにも忠実に、そして広義に解釈しすぎていた。
「……若様。少々、領地の外の様子がおかしなことになっておりますぞ」
セバスに起こされたレオンが窓の外を見ると、領地の境界線に巨大な「光の壁」がそびえ立ち、空にはリネット製の無人偵察機が、まるで雲を覆い尽くすかのように旋回していた。
「リネット、これはどういうつもりだ。俺は『防犯カメラを増やせ』とは言ったが、世界を檻に閉じ込めろとは言っていないぞ」
「……。問題ない。『管理の眼』が判断した。……安眠の最大の敵は、外の世界の『不確定要素』。……だから、周辺諸国の法律、経済、軍事命令系統をすべてハッキングし、レオンに都合のいいように書き換えた」
リネットが無表情に端末を操作すると、驚くべき報告が次々と舞い込んできた。 隣国の帝国では、皇帝の勅令が勝手に書き換わり、「レオン・フォン・グラウスの快眠のために、国境付近でのあらゆる音の出る行為を禁ずる」という法律が施行。王都では、カイル王の決済を待たずして「全国民はレオン卿の寝顔を想像して感謝を捧げるべし」という予算案が自動承認されていた。
「……やりすぎだ。これでは世界中の連中が、確認事項のために俺の枕元へ押し寄せてくるだろうが。それは『安眠』とは真逆の結果だ」
システムの過剰な最適化により、世界中の物資と情報がレオンの領地へ集中しすぎていた。このままでは、世界の経済が「レオンを寝かせるためだけ」に停止してしまう。
「……ふん。結局、俺が動く羽目になるのか。リネット、その端末を貸せ」
レオンは、普段の怠惰な姿からは想像もできない速度で、魔導端末のコードを書き換え始めた。それはシステムの欠陥を直す作業ではない。システムの「論理的な暴走」を、レオンの「クズとしての合理性」でねじ伏せる作業だった。
「……いいか、知能。世界を黙らせるんじゃない。世界を『俺に興味を持たせない程度に自立』させろ。俺に依存する仕組みを作れば、その維持管理に俺のコスト(時間)が奪われる。それは俺の損失だ」
レオンの指が激しく動き、システムの論理回路に「高度な放任主義」を組み込んでいく。 世界を支配するのではなく、世界が勝手に平和に回り続け、レオンのことなど忘れてしまうような――「完璧な無関心」という名の秩序。
数分後、空を覆っていた偵察機は静かに格納庫へと戻り、周辺諸国の異常な法律も「ほどよい平和」を維持する程度の自治権へと再編された。
だが、この光景を目撃していたハンスやフェリス、そして一部始終を記録していたカイル王の使者たちは、戦慄と共に涙を流した。
「……見たか。閣下は、手に入れた『世界の王』としての権能を、自らの手で解体されたのだ……」 「すべてを支配できる力がありながら、あえて世界を自由にされた。これこそが、真の慈悲……!」
レオン本人が「管理の手間が省けてせいせいした」と溜息をついている横で、世界には「レオン卿が自らの神のごとき力を封印し、人類に自由を与えた」という、最大級の勘違いが伝説として広まっていくことになった。




