第五十七話:教会の「異端審問」
「……若様。寝室の防音壁を抜けて、何やら『ありがたい歌声』が聞こえてきますな。中央教会の聖騎士団が、若様を『異端』として断罪するため、門前で祈祷を開始したようですぞ」
セバスの報告に、レオンは愛用のアイマスクを剥ぎ取った。その目は、信仰心のかけらもない冷徹な怒りに燃えていた。
「教会……。あの、祈るだけで何も生産せず、信者から寄付金を『接収』して私腹を肥やしている、世界最大のペーパーカンパニーか。よりによって、俺の貴重な昼寝の時間を宗教行事で埋めるとはいい度胸だ」
門前には、白銀の鎧に身を包んだ聖騎士団と、豪華な法衣を纏った異端審問官たちが陣取っていた。 「レオン・フォン・グラウス! 貴様の魔導技術は神の理を歪める禁忌の力! 悔い改めて全財産を教会に寄託せよ! さもなくば神罰が下るであろう!」
「……神罰? セバス、あいつらは自分たちが『神の代理人』だと勘違いしているらしい。リネット、教会の『裏帳簿』へのアクセスはどうだ?」
「……。数分前に完了。……教皇の隠し口座、枢機卿の愛人のための邸宅リスト、さらには聖遺物の『偽造鑑定書』……。全部、接収した」
リネットが魔導端末を叩くと、王都や各領地の広場にある「魔導掲示板」に、教会の極秘資料が次々と映し出された。
それは、貧しい民から集めた喜捨が、教会上層部の贅沢な宴会や、賭博の借金返済に流用されている生々しい証拠だった。 「なっ……なんだ、あの数字は!? 教皇様が帝国のワイン商に金塊を送っているだと!?」 「我々の寄付が、なぜ審問官の別荘に……!」
信者たちの祈りは、瞬く間に怒号へと変わった。
「……おい、お前ら。神の名を語る前に、まずは自分たちの『粉飾決算』の説明をしたらどうだ?」
レオンの声が、空から降り注ぐように響き渡った。 門前にいた聖騎士たちは、掲示板に映し出された自分たちの団長の「横領証拠」を見て、剣を構える手を震わせた。
「これは……これは悪魔の捏造だ! 惑わされるな!」
「捏造かどうかは、お前らの地下金庫にある『金の像』に聞いてみろ。……ああ、その金の像だが。さっきリネットに命じて、遠隔魔導操作で『純金』から『安物の鉛』に原子配列を書き換えて(接収して)おいた。……お前らの信仰心と同じで、中身はスカスカだ」
審問官たちが慌てて懐の聖印を確認すると、それは泥のように黒ずみ、ただの鉄屑へと成り下がっていた。
「ひ、ひぃぃっ! 神の加護が……加護が失われた! 悪魔だ、やはりこいつは本物の悪魔だ!」
「……悪魔? 失礼な。俺はただ、お前たちが隠し持っていた『不当利益』を、世の中に正しく還元しただけだ。……セバス、路頭に迷った聖騎士たちは、ちょうど人手が足りない領内の『深夜警備員』として再雇用してやれ。神に祈るより、俺の眠りを守る方が、よっぽど世界のためになる」
教会の権威は一晩で崩壊し、聖騎士団はレオンの「私設警備隊」へと成り下がった。 レオンは「宗教という名の無駄なノイズ」を排除し、かつてないほどの静寂を手に入れたのである。




