第五十六話:王国貴族たちの「集団亡命」
勇者アルスが「平和の象徴」として国境に立ったことで、グラウス領は世界で最も安全な、まさに地上に現れた楽園と化した。 しかし、その噂を聞きつけ、最も忌々しい連中が動き出す。王都で権力争いに明け暮れ、エドワード王子の凋落とともに居場所を失った「腐敗貴族」たちだ。
彼らは、レオンの領地へ逃げ込めば、これまでの贅沢な暮らしを維持したまま「聖者レオン」の庇護を受けられると、極めて楽観的な勘違いをしていた。
「……セバス。門の外が、香水の安物と加齢臭でえらいことになっている。この不浄な空気の正体は何だ?」
レオンは、最高級の朝食である「黄金の魔導鶏の卵焼き」を口に運びながら、眉間に深い皺を刻んだ。
「若様。王都から亡命を希望する貴族たちが、馬車を連ねて押し寄せておりますな。その数、およそ五十家。彼らは『共にカイル新王を支えた仲ではないか』と、図々しくも若様に謁見を求めておりますぞ」
「……仲? 俺はあんな不良債権(寄生虫)どもを、自分のポートフォリオに入れた覚えはない。リネット、門の前に『消毒機能付き・自動入国審査ゲート』を設置しろ」
領地の門前では、着飾った貴族たちが門番に大声を張り上げていた。
「おい! 私は伯爵だぞ! レオン卿には昔、夜会で挨拶してやったこともある! 早くこの門を開け……」
その時、轟音と共に巨大な銀色のゲートが地面から突き出した。スピーカーから、レオンの冷淡な声が響き渡る。
『――静かにしろ、騒音公害ども。ここは俺の私有地だ。お前らのような「維持費だけかかって何も生産しないゴミ」を収容するスペースは、俺の領地には一平方センチメートルも存在しない』
「な、何という不敬を! 我々は貴族だぞ!」
『貴族? ……ああ、なるほど。お前たちが持っているその地位、資産、権利。それらはすべて、この瞬間から俺が「破棄予定の不良資産」として査定した。……どうしても入国したいなら、条件は二つだ』
ゲートのモニターに、無慈悲な契約条項が映し出された。
『一、全財産、および全爵位をグラウス領に「無償寄付」すること。二、入国後は、領内の公共施設における「清掃奉仕員」として最低十年間従事すること。……嫌なら、今すぐ王都へ帰ってカイル王の重税に喘げ』
現場は阿鼻叫喚となった。だが、彼らには帰る場所がない。王都にはレオンが送り込んだ監査官たちが目を光らせ、彼らの不正を次々と暴いているからだ。
「……くっ、やるしかない。あのレオン卿のことだ、これはきっと『真の忠誠心』を試すための試練に違いない……!」 「そうだ! 掃除を完璧にこなせば、いずれ側近として取り立ててくれるはずだ!」
追い詰められた貴族たちは、涙を流しながら「全財産譲渡」のサインをし、ゲートをくぐった。彼らに手渡されたのは、華やかな衣装ではなく、リネットが開発した「最新式・魔導モップ」と、機能性重視の地味な作業着だった。
「……セバス。どうだ?」
「はい。王都の腐敗した資産がすべて若様の手元へ。さらに、領内の路地裏はかつてないほど磨き上げられております。貴族たちは『閣下に認められるために!』と、血眼になってゴミを拾っておりますな」
「……ふん。無能でも、物理的なゴミを拾うくらいの役には立つ。これで俺の散歩道も少しはマシになるな」
レオンは、無料の労働力として再利用されることになった元貴族たちの姿を窓から一瞥し、満足げにティーカップを置いた。彼が手に入れたのは、莫大な寄付金と、世界で最も清廉な(物理的に)領地という名の、究極の「安眠環境」であった。




