第四十八話:図書室の「休眠資産」と、最悪の未来予測
王宮の最果て、埃を被った古書が積み上がる王立図書室。そこが、第三王子カイルの領土だった。
「……君がレオン・フォン・グラウス辺境伯か。兄上がひどく立腹していたよ。君を不敬罪で処刑すると息巻いていた」
カイルは本から目を離さず、淡々と告げた。その瞳には野心も活力もなく、ただ「嵐が過ぎ去るのを待つ」ような諦念が宿っていた。
レオンは、図書室の椅子の座り心地を(硬すぎて資産価値がないと判断しながら)確かめると、鼻で笑った。
「……処刑だと? あの無能には、俺の髪の毛一本を接収する権限すらない。それよりカイル、お前はここで本を読んでいれば、そのうち平和に死ねるとでも思っているのか?」
「……。私は王位など興味ない。兄上が王になれば、私は静かに隠居するだけさ」
「馬鹿か、お前は」 レオンの声が図書室の冷気を震わせた。
「あのエドワードという不良債権が王座に座った瞬間、最初にする仕事は何だ? ……お前の排除だ。お前がどれだけ無欲だろうと、王位継承権という『流動性の高い資産』を持っているだけで、あいつにとっては喉に刺さったトゲなんだよ。お前がここで本を閉じようとした瞬間、背後から短剣を接収されるのが目に見えている」
カイルの指が、ピクリと止まった。
「……暗殺、か。分かっているよ。でも、私には力がない。兄上には軍も、商人も、王都の貴族も付いている」
「力なら、俺が貸してやる。……いや、『投資』だ」
レオンはカイルの前に、リネットが作成した「国家経営シミュレーション」の魔導書を叩きつけた。
「いいか。お前が死ねば、この国はあの無能のせいで急速に劣化し、俺の領地の平和(安眠環境)が脅かされる。それが俺にとっては最大のリスクなんだ。……だから、お前を王にする。お前はただ玉座に座って、俺が作った『合理的な法律』に判子を押し、俺の領地に余計な干渉をさせない防壁になればいい」
「……私を、君の操り人形にするということかい?」
「人聞きが悪いな。……『外部委託された経営者』と言え。お前は殺されずに済むし、好きなだけ本が読める環境を俺が(税金で)保証してやる。……どうだ、お前にとってこれ以上の『お得な取引』はないはずだぞ」
カイルは、初めてレオンの目を真っ向から見据えた。 そこには正義も慈悲もなかったが、同時に「自分を利用し尽くしてでも、その生存を保証する」という、どの味方よりも確かな『利己的な執着』があった。
「……。断れば、兄上に殺される。受ければ、君の道具として生きることになる。……なるほど、選択の余地はないようだね」
カイルは自嘲気味に微笑むと、レオンが差し出した「契約書(という名の支持表明)」に指を添えた。
「分かった。君に私の人生を『接収』させよう、レオン辺境伯。……その代わり、王宮の図書室に最高級のソファを入れるのを忘れないでくれ」
「……ふん。座り心地の悪い椅子は、思考の効率を下げるからな。セバス、リネットに連絡しろ。王立図書室の全面リフォーム(という名の盗聴・防衛拠点化)を開始する」
「御意に、若様。……ついに『玉座の買い叩き』が完了しましたな」
レオンの「究極の快適さ」を求めるわがままは、ついに一国の後継者争いという泥沼を、強引に『整理整頓』し始めたのであった。




