第四十四話:小さき「債権者」と、甘い接収
ハンスの家族を領内の最高級住宅区画へ強制移住させてから数週間。レオンの目論見通り、ハンスの忠誠心は「鉄壁」を超えて「狂信」の域に達していた。しかし、レオンにとって想定外の事態が発生していた。
「……失礼します、レオン様! お父様の上司の、世界一偉いレオン様!」
執務室の重厚な扉を元気よく開けて入ってきたのは、ハンスの娘、リアだった。その手には、可愛らしくラッピングされた小さな籠が握られている。
「……またお前か、リア。俺は今、帝国の残党からどの程度の慰謝料を毟り取るかという、国家の存亡に関わる極めて重要な計算(資産運用)をしているんだ。子供の遊びに付き合っている暇はない」
「えへへ、お母様と一緒に作ったんです! レオン様が毎日お仕事で頭を使ってるから、甘いものが必要だって、お父様が言ってました!」
リアは恐れを知らぬ笑顔でデスクに近づくと、籠の中から手作りのクッキーを差し出した。
(……チッ、ハンスの奴、余計なことを。俺の食生活まで管理しようというのか。……だが、待てよ。このクッキーの材料……バターも小麦も、俺が税金で設備を整えた最新の『魔導農場』で生産されたものだ。つまり、これは俺の投資が形を変えて戻ってきた『配当』に他ならない)
レオンは無表情のまま、クッキーを一つ手に取って口に運んだ。 サクサクとした食感と共に、上質な砂糖の甘みが広がる。
「……ふん。焼き加減にムラがあるな。あと、塩気がわずかに足りない。……だが、糖分は脳のエネルギー源として効率的だ。没収(接収)してやるから、そこに置いていけ」
「わあ! ありがとうございます! レオン様に食べてもらえるのが、一番嬉しいんです!」
リアが弾けるような笑顔を見せると、レオンは眩しそうに目を細め、すぐに椅子を回転させて背を向けた。
「……セバス。あのガキ、俺の執務室を何だと思っている。警備のハンスに言っておけ。身内だからといって、俺の『聖域』への不法侵入を許すなと」
「若様。ハンスには既に厳重に注意いたしましたが……彼が言うには、リア様が『レオン様に会わないと、宿題の算術が捗らない』と泣いて縋るのだそうで。……若様が彼女に与えた『魔導学習キット』のノルマ、少々厳しすぎたのでは?」
「……。あれは将来、彼女が俺の有能な会計士(奴隷)として働くための先行投資だ。妥協は許さん」
レオンはそう毒づきながらも、リアが置いていったクッキーの最後の一枚を大事そうに口に放り込んだ。
「……リネット。次の開発案件だ。……子供が食べても虫歯にならない、かつ脳を活性化させる『魔導スイーツ』のレシピを構築しろ。……あくまで、領内の児童の学習能率を上げ、将来の納税額を最大化させるための戦略的投資だ。勘違いするなよ」
「……了解。……レオン、……本当はリアに、……美味しいもの、食べさせたいだけ。……ツンデレ、……接収完了」
「黙れ、リネット! 減税するぞ!」
レオンの「冷徹な計算」は、小さき少女の笑顔という、数字では測れない「資産」によって、少しずつ、だが確実に狂わされ始めていた。




