第四十三話:債務の相続と「人質の接収」
「……ハンス。お前、さっきから何をニヤニヤしながら手紙を読んでるんだ。俺の領地の軍事機密を横流ししているなら、今すぐその首を接収するが」
レオンは執務室の窓際で、珍しく心ここにあらずといった様子のハンスを睨みつけた。ハンスは慌てて手帳を懐に隠したが、その顔には隠しきれない動揺と、柄にもない「父親の顔」が浮かんでいた。
「い、いえ、若様……! そんな滅相もない。ただ、かつての女房……いや、今はもう別れた身なんですが、その間に一人娘がいましてね。王都の片隅で元気にやってるっていう報せが届いただけですよ」
「娘……? ハンス、お前にそんな『弱点(負債)』があったのか」
レオンの目が、冷酷な光を帯びた。 (……待てよ。ハンスは俺の防衛網の要だ。もしその娘を敵対勢力に攫われでもしたら、こいつはあっさり俺を裏切るか、あるいは戦闘不能になる。……それは俺の資産価値、ひいては安眠環境に対する重大なリスクだ!)
「……セバス。ハンスの娘の居場所を特定しろ。今すぐだ」
「はっ。既に特定済みでございます、若様」
ハンスが「えっ?」と顔を引き攣らせる中、レオンはリネットに命じて最新の高速魔導船を準備させた。
数日後。王都の路地裏。 ハンスの元妻と娘が住む質素なアパートの前に、見たこともないほど豪華な「漆黒の魔導馬車」が横付けされた。
「……ミナ、そしてリアだな」
馬車から降りてきたレオンは、怯える母娘に冷淡な視線を投げかけた。その背後には、顔面を蒼白にさせたハンスが立っている。
「ハ、ハンス……!? それに、この高貴そうな方は……」
「ハンス、お前の娘の教育環境は最悪だな。こんな湿気た場所では、将来の納税能力が育たん。……ミナと言ったか。お前たちの身柄は、今この瞬間をもって俺が『一括接収』する。拒否権はない。今すぐ荷物をまとめろ」
「わ、若様! 何を仰るんですか! 二人は関係ねぇって……!」
焦るハンスを無視し、レオンは娘のリアを見下ろした。 「……お前、算術はできるか? できないなら俺の領地で叩き込んでやる。……セバス、彼女たちの引っ越し費用と、今後の生活費はすべて『ハンスの給料から天引き(長期貸付)』という形にしろ。……さあ、行くぞ。俺の領地の『完全防音・高度セキュリティ区画』がお前たちの新しい監獄だ」
数時間後、グラウス領。 かつては考えられなかったような、最新式の魔導キッチンと庭付きの一軒家に案内されたミナとリアは、夢でも見ているような顔で立ち尽くしていた。
「……あの、ハンスさん。あの方は、もしかしてとてもお優しい方なの……?」
ミナの問いに、ハンスは複雑な表情で、しかしどこか誇らしげに鼻を鳴らした。
「……いや、あのお方は『自分に不都合なことが起きるのが嫌いなだけ』の、とんでもねぇクズですよ。……だが、そのクズっぷりが、俺たちにとっては世界一の救いなんだ」
ハンスは、家の影で「ふん、これでハンスが裏切る確率は0%だ。俺の計算通りだな」と独り言を言いながら、こっそりリアのために用意した『最高級・魔導学習キット』を玄関に置いて立ち去るレオンの背中を見送り、深く、深く頭を下げた。
「若様。……このご恩、一生かけて俺の拳で返させていただきますぜ」
「……うるさい。さっさと持ち場に戻れ、ハンス。お前の給料、今回の件で五十年間は完済できない設定にしたからな。死ぬまで働け!」
レオンの「リスク管理」は、今日も一人の部下の家族を、最先端の安全圏へと無理やり引きずり込んで(救って)しまったのである。




