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第三十五話:視察団という名の「未開人」たち


グラウス領が「世界一清潔で健康な街」になったという噂は、ついに近隣の領主たちの耳に届いた。 「ただの辺境が、王都より豪華な暮らしをしているだと?」「何か禁忌の魔法でも使っているに違いない」 疑念と嫉妬に駆られた領主連合は、実態を暴くべく「合同視察団」を結成し、グラウス領の門を叩いた。


レオンは、バルコニーから豪華な馬車で乗り付けてくる領主たちを眺め、深く溜息をついた。


「……セバス。あの田舎貴族ども、俺の最新の石畳を泥だらけの馬車で汚しに来たぞ。一平方メートルにつき金貨五枚の『道路摩耗税』を徴収しろ。あと、リネット。あいつらの脳内に直接『グラウス領の常識』を叩き込んでやれ。説明するのは面倒だ」


「な……なんという光景だ……!」


馬車から降りた視察団の代表、ポルックス伯爵は絶句した。 まず、街の入り口に門番がいない。代わりに、銀色に光る魔導ゴーレム(リネット製・清掃機能付き)が、自動で通行人の体温と「所持金(納税能力)」をスキャンしている。


「伯爵、見てください! どぶがありません! それどころか、道端にゴミ一つ落ちていない……。一体どんな奴隷を使えば、これほど徹底した清掃ができるというのだ!」


彼らが驚愕しながら歩を進めると、そこには彼らの理解を遥かに超えた「日常」があった。


噴水から溢れる水: 伯爵が恐る恐る口に含むと、王宮の晩餐会で出る水より甘く、清らかだった。


街灯: 魔法使いが灯した火ではない。太陽の光を蓄えた魔導パネルが、夜でも昼間のような明るさを提供している。


領民の姿: 汗臭い農民など一人もいない。皆、リネットが開発した「汚れにくい作業服」に身を包み、健康的で艶やかな肌をしていた。


「……魔法だ。これは禁忌の魔法に違いない! 領民を幻覚で見せているのか、あるいは悪魔と契約して若さを吸い取っているのだ!」


領主館に招かれた視察団を待っていたのは、最高級のソファーに深く沈み込み、退屈そうに金貨を数えているレオンだった。


「レオン・フォン・グラウス卿! 説明してもらおう! この異常な繁栄の裏には、どのような非道な手段があるのだ! 領民から何を奪えば、これほどの設備が整う!」


ポルックス伯爵の怒鳴り声に、レオンは耳を塞いで顔をしかめた。


「……うるさいな。奪う? 人聞きが悪い。俺はただ、あいつらが『無駄な時間』を過ごさないようにしてやっただけだ。汲み水、洗濯、薪割り、病気、害獣の心配。そんな『金にならない苦労』をすべて俺が(税金で)肩代わりしてやった。その分、あいつらは死ぬ気で働いて納税している。……極めて合理的な『家畜の管理(経営)』だ」


「か、家畜だと!? 貴様、自らの領民をそんな風に……!」


だが、その時。窓の外から酒場の親父の声が響いてきた。 「レオン様ー! 今日も最高の下水道をありがとうございます! お礼に今年の初物、たっぷり納税しときますねー!」


視察団は耳を疑った。領民たちが、自分たちを「家畜」と呼ぶ領主を拝み、自ら進んで財を差し出しているのだ。


「……わ、わかった。もういい、帰らせてくれ……」


視察団は、自分たちの常識が通じない「異界」に恐怖し、這う這うの体で馬車に乗り込んだ。 彼らにとって、レオンは「慈悲深い聖者」でも「冷酷な領主」でもなかった。 自分の快適さのためだけに、世界の理(物理法則と経済)を力ずくで書き換えてしまった**『高潔すぎる怪物』**に見えたのだ。


「セバス。あいつら、俺の最新式の『自動ドア』に指を挟みそうになって悲鳴を上げて帰っていったぞ。……田舎者はこれだから困る」


「左様でございますな、若様。……ですが、あの方々が国に帰れば、さらに『グラウス領の神話』が広まることでしょう。明日には、また別の国から『接収可能な貢ぎ物』を持った使者が来るかもしれませんぞ」


レオンは「もう客はこりごりだ」と毛布を被り、リネットが整備した「完全無音・室温固定」の寝室で、誰にも邪魔されない深い眠りにつくのだった。

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