第三十四話:地下の「清潔」がもたらした、酒場の祝杯
下水道工事の地下で数万の魔獣軍団が「蒸発」し、レオンが一人で「衛生管理(大虐殺)」を終えたという報せは、瞬く間に城下町へと広がった。
その日の夜、酒場『赤ら顔の豚亭』は、かつてないほどの熱気に包まれていた。
「おい、聞いたか! 下水道の奥底で、あの『病の王』と呼ばれた大ネズミの軍勢が閣下お一人に全滅させられたらしいぞ!」
一人の若い工員が、興奮で顔を真っ赤にしてジョッキを掲げた。
「ああ、現場にいた奴が言ってたぜ。閣下は『俺の街を汚すな』と一言仰っただけで、数万の魔獣が光の塵になったんだと。……普通、領主様が自らドブさらいなんてするか? 俺たちの見えないところで、閣下は泥にまみれて戦ってくださってるんだ!」
カウンターでは、かつて病で家族を失いかけた老人が、涙ながらにエールを飲み干していた。
「……ありがてぇ。本当にありがてぇことだ。上だけじゃなく、地面の下まで清めてくださるなんてな。これで冬になっても疫病を恐れずに済む。レオン様はな、俺たちの『命の根っこ』を守ってくださってるんだ」
「まったくだ! それに見てみろよ、この酒場の裏のドブ川を。昨日まであんなに臭かったのに、今は透き通ってやがる。閣下が作ってくださった『魔導浄化槽』のおかげで、街全体がせっけんの匂いがするくらいだ!」
酒場の主人が、景気よく樽の栓を抜く。
「今日は俺の奢りだ! 閣下が地下を掃除してくださったおかげで、仕入れた野菜の持ちも良くなったし、何より客の食欲が倍増してやがる! レオン様が俺たちの胃袋まで健康にしてくださったんだ、飲め、歌え!」
「「「レオン様、万歳!!」」」
酒場の一角では、移住してきた元帝国の会計士たちが、真剣な顔で手帳を広げていた。
「……計算が出た。この下水道整備による労働損失の削減と、医療費の低下。それによって生まれる余剰利益を考えれば、前回の増税分など、もはや投資額のコンマ数パーセントに過ぎない。閣下の『衛生戦略』は、国家運営を数百年先へと進めてしまった……」
「しかも、あの魔獣の残骸を『魔力燃料』として再利用するとは。……無慈悲なまでの効率化。だがそこには、一滴の無駄も許さないという、命への深い敬意を感じる……。ああ、閣下! 貴方はどこまで気高いのだ!」
その頃、領主館の最上階。 レオンは、バルコニーから流れてくる「レオン様万歳!」の合唱を耳にし、安物の耳栓を深く押し込んでいた。
「……セバス。酒場の奴らがうるさすぎて眠れん。あいつら、浄化した川の水で酒を割って、さらに飲む量が増えてるじゃないか。結局、俺の安眠を妨げているのは、俺が便利にしたインフラのせいなのか……?」
「左様でございますな、若様。……ですが、酒の消費量が増えれば、それだけ酒税(接収)も増えますぞ」
「……。セバス、明日から酒場に『静寂推奨時間』を設けて、守らない奴からは罰金(追加納税)を取るようにしろ。……ふん、あいつらが健康になった分、たっぷり働かせてやるからな」
レオンは不機嫌そうに毛布を被ったが、その枕元には、領民たちから届けられた「感謝の特製ハーブティー」が、リネットによってこっそり置かれていた。




