第三十三話:地下の「不衛生」と、無慈悲な大清掃
上水道の整備により、レオンのQOLは劇的に向上した。しかし、一つだけ許せないことがあった。
「……セバス。流した水が、そのまま領地の外の川に垂れ流されているというのはどういうことだ。これでは俺の領地の景観が損なわれる。それに、汚水をそのままにしておくと、不衛生な魔物や害虫が湧く原因になる。俺の美しい庭に、ハエ一匹入れるなと言ったはずだ」
「若様、下水道の概念は、この世界のどの王国にも存在しません。排水は垂れ流すのが通例で……」
「却下だ。完璧な密閉式下水道と、魔導浄化槽を建設しろ。 俺の領地から出るゴミは、一粒たりとも外に漏らすな。すべて分解して、再利用可能な魔力資源(税金)に変えるんだ」
レオンの「潔癖な独占欲」により、領地の地下を縦横無尽に走る巨大な下水道工事が始まった。
だが、工事が地下深くへと進んだその時、現場の作業員たちが悲鳴を上げて地上に逃げ戻ってきた。
「レ、レオン閣下! 大変です! 地下の下層に、数千、いや数万という『ドブネズミの魔獣軍団』が巣食っていました! あの数は……街一つを一晩で食い尽くすほどの脅威です!」
ドブネズミの魔獣。一匹は弱いが、その圧倒的な数と病原菌を媒介する能力は、冒険者ギルドでも「最も関わりたくない災害」に指定されている。
「……ほう。俺がこれから作ろうとしている清潔な地下迷宮に、そんな汚らわしい連中が住み着いているのか」
レオンの周囲に、零下を下回るほどの冷気が渦巻いた。 (数万匹だと? そいつらがもし下水道を通って、俺の風呂場の蛇口から出てきたらどうする! 俺の安眠が、ネズミの足音で妨げられるだと!? 断じて……許さん!!)
「リネット、換装だ。――『害獣駆除モード:殺菌・消毒』。一匹残らず、塵に変えてやる」
レオンはリネットとセバスを連れ、未完成の地下通路へと降り立った。 暗闇の先から、キチキチという無数の爪の音と、赤く光る数万の瞳が迫ってくる。
「リネット、始めろ。……強い魔力は必要ない。徹底的な『衛生管理』だ」
「了解……。高濃度・魔導除菌ミスト、噴霧。……仕上げに、超高温の『浄化の炎』で完全焼却……」
リネットが指を鳴らした瞬間、通路全体を青白い光の霧が満たした。 魔獣たちがその霧に触れた瞬間、苦しむ暇もなく、その肉体は分子レベルで分解され、病原菌ごと消滅していく。
「キィッ!? キィィィーッ!」
逃げ惑う数万の群れに対し、レオンは一歩前に出ると、漆黒の手袋を嵌めた拳を地面に突き立てた。
「……汚ねぇ足で、俺の領地の地下を歩くな。――『資産防衛』!!」
ドォォォォォン!!
レオンの「潔癖の怒り」が魔力となって通路を走り抜けた。炎ですらない、純粋な「消滅の波動」が地下を駆け抜け、数万のドブネズミ軍団を、音もなく灰すら残さず消し去った。
数分後。地下通路は、レオンの部屋よりも清潔な「無菌状態」になっていた。
「……よし。セバス、今の魔獣たちの残骸が分解されて魔力結晶になったはずだ。すべて回収して、下水道の常夜灯の燃料にしろ。一銭たりとも無駄にするな」
「御意に、若様。……ああ、なんという慈悲。閣下は、誰にも見えない地下の汚れを、自らの手で清められた。民を病から守るために、最も過酷で汚れる仕事を一手に引き受けられたのですね……!」
セバスの報告を聞いた工事現場の技師たちは、感動のあまり震え上がった。
「閣下は……俺たちの安全のために、数万の魔獣を一人で……! 『汚ねぇ足で歩くな』というお言葉は、俺たちに『清潔で文化的な生活を送れ』という、神のごとき祝福だったんだ!」
こうして完成した「グラウス式・超衛生下水道」は、世界で最も清潔な地下空間として語り継がれることになる。 レオンは、ただ「自分の風呂にネズミが来るのが怖かった」だけなのだが、その徹底した排除ぶりは、王都の衛生学の研究者たちから「公衆衛生の守護聖人」として崇められる結果となった。




