第三十二話:究極の「水回り」と、溢れ出す恩恵
領主館の自室で、レオンは不機嫌の極みにあった。
「……セバス、リネット。この風呂の湯を見てくれ。確かに最高級の薬草を入れているが、結局は人が汲み上げ、火で沸かしたものだ。温度にムラがある。それに、俺が夜中に突然『キンキンに冷えた炭酸水で顔を洗いたい』と思った時、誰が即座に対応できる?」
「若様、それは流石に……」
「さらにだ。この街の井戸水。確かに清らかだが、汲みに行く領民たちの労働時間が無駄だ。あいつらがバケツを運んでいる時間を、もっと別の『納税に繋がる作業』に充てさせれば、俺の資産はさらに増える。……よし、決めたぞ。領地全域に完全自動の上水道を整備する。」
レオンの狙いは単純だった。 自分の風呂をボタン一つで「理想の温度」にし、ついでに領民の家事を極限まで効率化することで、彼らからさらに徹底的に「労働(=税)」を搾り取るためのインフラ投資である。
翌日から、グラウス領は未曾有の大工事に突入した。 レオンは移住してきた帝国技師たちを招集し、リネットの設計図を叩きつけた。
「いいか。水源となる霊峰から、魔導パイプを網の目のように張り巡らせろ。すべての蛇口から『飲用可能な浄水』『魔導加熱された温水』、そして一部の富裕層向けには『微炭酸水』が出るようにしろ。配管には自動洗浄機能をつけ、一滴の濁りも許さん」
「な……! 閣下、それは王都ですら一部の王族しか享受できない贅沢ですぞ! それを全領民の家庭に!?」
「当たり前だ。不衛生な水で領民が病気になれば、納税額が減る。俺の資産価値を守るための、最低限のメンテナンスだ」
技師たちは、レオンの「徹底的な合理性(という名の過保護)」に再び涙した。
一ヶ月後。領地の全家庭に、ピカピカの真鍮製の蛇口が備え付けられた。 街の中央広場にある酒場では、初めて「ひねるだけでお湯が出る」体験をした住民たちが、震える手で蛇口を握っていた。
「……お、おい。本当に出やがった。火も起こしてねぇのに、湯気が立ってやがる……。これで冬の洗濯で、カミさんの手がひび割れることもねぇんだな……」
一人の老人が、蛇口から出る清らかな水を一口飲み、その場に泣き崩れた。
「レオン様……。あの御方は、天から降る雨ですら、俺たちのために飼い慣らしてくださった……。わざわざ税金を注ぎ込んで、俺たちの『時間』と『健康』を、文字通り蛇口から流してくださっている……!」
「聞いたか? 閣下は『お前らが井戸で駄弁っている時間は無駄だ』と仰ったそうだ。……なんと厳しい、そして温かいお言葉か! 私たちに『休む暇があるなら、自分の人生を豊かにしろ』と、背中を押してくださっているんだ!」
領主館の最上階。 特注の「全自動・ジャグジー機能付き大浴場」に浸かりながら、レオンはリネットが開発した魔導ジェットバスの刺激に目を細めていた。
「……ふぅ。やはり水回りは妥協しなくて正解だったな。これでセバスを呼びつける手間も省けるし、俺のQOLは爆上がりだ」
「若様。上水道の完成により、領内での伝染病発生率がゼロになり、さらに家事労働時間の短縮によって、領地全体の総生産額がさらに二割向上しました。増税したばかりですが、また国庫が溢れそうですな」
セバスが報告すると、レオンは湯船の中で不敵に笑った。
「ククク……計画通りだ。これで俺は、さらに豪華な枕を買うことができる……。民草どもよ、しっかり働いて、俺に最高の安眠を献上し続けろよ……」
(※なお、領民たちは「閣下が俺たちのために世界一のインフラを作ってくれた! お礼に倍働こう!」と、レオンの予想を遥かに超える熱量で納税に励んでいた)
レオンの「自分勝手な快適さ」の追求は、結果としてこの世界に類を見ない「超・文明都市」を爆誕させてしまったのであった。




