第三十一話:潜入者と「幸せな洗脳」
魔王軍四天王が一角、『謀略のヴィクター』は、商人に変装してグラウス領の城下町に降り立った。 彼は力による破壊ではなく、内部からの崩壊を得意とする。これまでに数々の王国を、重税への不満を煽ることで内乱へと導き、自滅させてきたのだ。
(ククク……聞いたぞ。あの「漆黒の聖者」とやら、あろうことかこの時期に三割もの大増税を断行したらしいな。民の心は荒み、反乱の火種はそこかしこに落ちているはずだ。私が少し風を送り込んでやれば、この黄金の街も一晩で灰になる……)
ヴィクターはまず、情報収集のために最も活気のある酒場へと潜り込んだ。
「おい、あんた。新顔か?」
隣に座った髭面の男が声をかけてきた。ヴィクターは卑屈な笑みを浮かべ、わざとらしく溜息をついた。
「ええ……。旅の商人ですが、驚きましたよ。この領地は三割も税を上げたと聞きましたが、さぞかし暮らしは苦しいのでしょう? 領主の強欲さに、皆さんも内心ではらわたが煮えくり返っているのでは……?」
ヴィクターが「反乱への誘い」を口にした瞬間、酒場の空気が凍りついた。 (よし、食いついたな。さあ、領主への罵詈雑言をぶちまけるがいい!)
だが、髭面の男はヴィクターの肩をガシリと掴み、異様なまでに瞳を輝かせた。
「……おいおい、新入り。あんた、何もわかっちゃいねぇな。レオン様がなぜ税を上げられたか、その深い慈悲を理解してねぇのか?」
「え……? じ、慈悲?」
「ああ! あの御方はな、俺たちが『自分で金を管理する手間』すら省いてくださってるんだ! 見ろ、この酒場の裏にある『魔導式・全自動洗濯場』を! 増税分で建てられたんだが、おかげでカミさんの機嫌は最高、俺の服はいつもピカピカだ。レオン様は俺たちの『家庭の平和』を税金で買い取ってくださったんだよ!」
「は、はあ……」
「それだけじゃない!」 今度は向かいの席の女将が身を乗り出してきた。 「あんた、うちのガキが通ってる『レオン様記念・早期英才予備校』を知らないのかい? 税金のおかげで授業料はタダ。おまけに給食は高級素材の栄養満点メニュー。閣下は『将来の納税者を粗末にするな』と仰ったそうだけど、あれは照れ隠しだよ。あんなに子供たちの未来を愛している御方はいないわ!」
ヴィクターは困惑した。何を言っても「レオン様の愛」に変換されて返ってくる。 彼は場所を変え、今度は「過酷な労働」を強いられているはずの建設現場へと向かった。
「おい、君。こんなに巨大な壁を作らされて、領主を恨んではいないか? 休みもなく働かされているのだろう?」
作業員の青年は、最新式のパワースーツ(リネット製)をガシャガシャ言わせながら、至福の表情で答えた。
「恨む? 冗談だろ! このスーツ、閣下が『作業効率を上げろ、お前らの鈍い動きを見てるとイライラする』って言って配ってくれたんだぜ。おかげで一日の仕事が二時間で終わる。残りの時間は閣下が作ってくれた『全自動・娯楽施設』で遊び放題だ。閣下は俺たちに『自由』を接収してくださったんだ!」
「『自由を接収』……!? 意味がわからんぞ!」
三日後。 ヴィクターは公園のベンチで、真っ白な顔をして虚空を見つめていた。 領民一人一人に不満を植え付けようとしたが、逆に「レオン様がいかに合理的で素晴らしいか」を二十四時間体制で説教され続け、彼の精神(謀略脳)は完全に崩壊していた。
(……ダメだ。この街に、不満なんて概念は存在しない。皆、領主に金を毟り取られることにエクスタシーを感じている……。あの男、レオン……。謀略で民を操る私などより、遥かに高度で狂気的な『幸せな洗脳』を完成させている……!)
「あ、あの……レオン様、万歳……。納税、楽しい……」
ブツブツと呟きながら、ヴィクターは自ら領主館の門を叩いた。 「……接収してください……。私の魔力も、魂も、魔王軍の機密情報も……すべて税金として納めますから、どうか私をこの街の『全自動・猫カフェ』の店員にしてください……」
監視カメラでその様子を見ていたレオンは、激しく顔をしかめた。
「……セバス。あの変な商人の格好をした奴、機密情報を差し出すから『猫カフェ』で働かせろとか言ってるぞ。……気持ち悪いから、とりあえず地下の『全自動・尋問室(という名のカウンセリングルーム)』に放り込んでおけ。あと、機密情報は高く売れそうなら接収だ」
レオンの「ただの増税」は、ついに四天王の精神すらも「接収」してしまったのである。




