第二十四話:傲慢なる帝国の「盲目」
バルムート帝国軍の本陣。黄金の刺繍が施された巨大な天幕の中では、前線指揮官であるバルカス将軍を筆頭に、帝国騎士団の重鎮たちが地図を囲んでいた。
彼らの視線は、地図のさらに先――王都へと注がれており、足元の「グラウス領」など、もはや石ころ程度の認識しかなかった。
「……予定通り、三日後には王都への進軍を開始する。補給部隊は遅れるな。今回の侵攻は、魔王軍が動き出す前に王国の肥沃な穀倉地帯を我が物にする、帝国の威信をかけた戦いだ」
「はっ! 将軍、しかしこの『グラウス領』という場所を通過せねばなりませんが、事前の調べでは没落した辺境の地とのこと。一気に踏み潰して進みますか?」
若い士官が地図の端を指差すが、バルカス将軍は鼻で笑い、ワインのグラスを傾けた。
「ふん、調査など不要だ。あそこは数年前、無能な領主が私腹を肥やして自滅したカスのような土地だ。今や農民が数人、芋を掘って飢えを凌いでいる程度だろう。……宣戦布告を出したのは、あくまで『掃除』の前の礼儀だ」
「左様でございますな。帝国五万の精鋭が通るのだ。馬の蹄に踏まれたことにすら気づかずに、彼らは消えるでしょう。我々の目的はあくまで王都の資産。あのような貧相な村に時間を割くのは資源の無駄です」
騎士団長の一人が嘲笑を浮かべる。彼らの頭の中にあるのは、王都の金銀財宝と、勝利の後に得られる輝かしい爵位だけだった。
「斥候からの報告によれば、最近何やら怪しげな飛行物体が見えたとの話もありますが……」
「馬鹿め。農民が上げた凧か何かだろう。あるいは、追い詰められて幻覚でも見たか。帝国が誇る魔導科学の前では、辺境のまじないなど児戯にも等しい」
将軍は冷淡に地図上の「グラウス領」の上に、飲み干したワインのグラスをドンと置いた。
「この地は、単なる『道』だ。住民がいたとしても、軍靴の泥を拭う雑巾にでもしてやれ。我々は三日以内にここを通り抜け、王都の城門を叩く。……進軍開始だ!」
その頃。 彼らが「雑巾」と呼んだその土地では、レオンが魔導モニター越しに、帝国の天幕の位置をセンチメートル単位でロックオンしていた。
「……セバス、聞こえたか? あいつら、俺の領地を『掃除』するとか言いやがったぞ。しかも俺のプライベート・飛行船を『凧』呼ばわりだ。……許せん。あまりの侮辱に、俺の情緒が不安定になった。慰謝料として、あの将軍たちが着ている最高級のシルクの下着まで剥ぎ取ってやれ」
「御意に、若様。……あの方々は、自分たちが今から『道』を通るのではなく、『巨大な食肉加工機』の中に自ら飛び込もうとしていることに、まだ気づいておられないようですな」
レオンの「過剰防衛」という名の無慈悲なシステムが、何も知らない帝国軍を迎え撃つ準備を完了していた。




