第十八話:学費の重みと死神の鉄槌
その日は、学園の平和な午後になるはずだった。 しかし、突如として空を覆った不吉な魔導障壁が学園を包囲し、校庭には王都の闇組織『黒い蛇』の残党と、彼らが召喚したランクAの魔獣『地獄の番犬』が乱入した。
「ぎゃああ! 助けてくれ!」 「教官たちが障壁に閉じ込められた! 戦えるのは生徒だけだぞ!」
パニックに陥る生徒たち。勇者アルスが剣を抜き、仲間を守るために孤軍奮闘する中、レオンは学園の中庭にある「特等席(特注のハンモック)」で、リネットが淹れた最高級の紅茶を飲んでいた。
しかし。
ドォォォォン!!
一匹の魔獣が暴れた衝撃で、レオンが楽しみにしていた「王都限定・特製モンブラン」がテーブルから転げ落ち、泥まみれになった。さらに、余波で愛用のハンモックの紐が一本、ぷつりと切れる。
レオンの周囲に、かつてないほどの濃密な「殺意」が渦巻いた。
「……セバス。今の揺れで、このモンブランは死んだ。そして、俺がこの学園に納めた『天文学的な額の寄付金(学費)』。その対価である『安眠』が、今、ゴミ共に汚された」
レオンが漆黒の鎧をカチャリと鳴らして立ち上がる。その眼光は、魔獣すらも一瞬で硬直させるほど冷酷だった。
「俺の金を、無駄にするなと言ったはずだ……!」
「な、なんだあの男は!? 構わん、殺せ!」 闇組織の暗殺者たちが一斉にレオンに襲いかかる。
だが、レオンは抜剣すらしない。 「リネット、換装。——『集金用・重力場展開(デッド・税収・ゾーン)』」
「了解……。不法侵入者から、運動エネルギーを強制徴収……」
リネットが起動した魔導具により、レオンを中心とした半径五十メートル以内の重力が数百倍に増幅された。 「ぎゃああ!?」 「身体が……床に食い込む……っ!」
襲撃者たちは、まるで巨大な見えない足で踏みつぶされたかのように、地面にめり込んでいく。レオンはその間を、泥まみれのモンブランを冷たく見つめながら、ゆっくりと歩く。
「お前らが暴れたせいで、壊れた備品の修理代。パニックになった生徒への慰謝料。そして、俺の不機嫌に対する迷惑料。……命で払えると思っているのか?」
レオンが軽く指を鳴らすと、リネットの仕掛けた追尾式魔導弾が、逃げ惑う魔獣たちを正確に、かつ「最も苦しむ角度」で貫いていく。 勇者アルスたちが苦戦していた敵が、まるで害虫駆除のように「作業」として処理されていく光景。
「……し、死神だ……。あれは聖者なんかじゃない、本物の魔王だ……!」 闇組織のリーダーが恐怖で失禁しながら叫ぶが、レオンは彼の手首を容赦なく踏みつけた。
「静かにしろ。……セバス、こいつらのアジトの場所を吐かせろ。一枚の銅貨、一粒の穀物まで、損害賠償として『差押え』だ」
数分後。 あれほど絶望的だった襲撃は、一人の男の「激怒」によって、文字通りチリ一つ残さず鎮圧された。
血の海(と化した中庭)の真ん中で、レオンはセバスが差し出した新しいモンブランを一口食べ、ふんと鼻を鳴らした。
「……味は落ちるが、まあいい。セバス、すぐに『黒い蛇』の全資産の登記をこちらに移せ。学園の修理費を除いた残りは、すべて俺の『精神的苦労代』だ」
「御意に。……ああ、なんと素晴らしい。若様は、生徒たちの命を守るという建前の裏で、自らの学費という『民の血税』を無駄にさせないという、究極の責任感を見せつけられた……! 暴力を持って暴力を制し、さらにその後の復興資金まで敵から奪い取る。これぞ王の采配です!」
「……違うぞセバス。俺はただ、俺の金と時間を無駄にする奴を消しただけだ」
しかし、壁の陰でその様子を見ていたアルスたちは、震える声で囁き合った。
「……レオンさん。僕たちを助けるために、あえて『悪役』の言葉を選んで……。自分の怒りを『金のため』だなんて嘘をついて……。あんなに悲しい背中、初めて見たよ……!」
聖女リアナも、その漆黒の外套に隠された「高潔な魂」に、ついに尊死(気絶)しかけていた。
こうして、王都最大の闇組織『黒い蛇』は、レオンの「学費に対する執着」という理不尽な理由で、歴史から完全に抹消されたのである。




