1話
「……そうか。今日が、僕の処刑記念日(15歳の誕生日)だったか」
鏡の中に映る自分を見て、レオン・フォン・グラウスは深いため息をついた。
豪奢な絹の寝衣、手入れの行き届いた銀髪、そして他人を虫ケラのように見下す冷徹な三白眼。
どこからどう見ても、異世界恋愛ファンタジーゲーム『聖女の祈りと光の剣』における序盤のクズ悪役、レオンその人だった。
「若様、お目覚めになられましたか」
音もなく背後に立ったのは、非の打ち所がない動作で一礼する初老の執事、セバスだ。 レオンは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
(出たな、セバス。ゲーム後半、勇者一行に負けて落ちぶれたレオンを『無能な主はもう不要です』と笑顔で刺し殺した、裏の最強キャラ……!)
レオンは前世でこのゲームをやり込んでいた。だが、熱中していたのは派手なアクションと収集要素が魅力の「勇者ルート」のみ。
悪役令息レオンに転生する「悪役ルート」なんて不人気すぎて、攻略サイトの「いつ、誰に、どう処刑されるか」というデッドエンドの箇条書き以外、知識が全くないのだ。
(分かっているのは、このまま放置すれば、強欲な親父と馬鹿な兄貴のせいで家が取り潰され、俺は路頭に迷った末にこいつに殺されるってことだけだ)
死ぬのは嫌だ。 だが、必死に働いて善人になるのも面倒くさい。 俺は、前世で手が届かなかった「贅沢三昧のニート生活」をこの世界で送るために生き残ってやる。
「セバス、一つ聞きたい」 「何なりと、レオン様」 「我がグラウス公爵家の今の資産、そして父上と兄上が隠している『裏金』。すべて把握するのに、どれくらいかかる?」
セバスの眉が、わずかに動いた。
「左様でございますな……。表の帳簿と、旦那様方が闇ギルドに流している分を合わせれば、三日もあれば正確な数字を」 「遅い。今日中にやれ」
レオンは鏡の中の自分に不敵な笑みを向けた。 これから始まる魔王復活、天変地異、そして勇者の台頭。それらを乗り切るには、金と暴力が必要だ。 まずは、この家(財布)を俺の物にする。
「父上と兄上には、身の回りのものをまとめておくよう伝えておけ。今日限りで、この家の主人は俺だ。逆らうようなら……そうだな、あの二人が大好きな『北の最前線』へ、着の身着のままで放り出してやれ」
レオンの本音はこうだ。 (あの二人がいると、俺の遊興費が減るんだよ。さっさと追放して、その隠し財産で俺専用の最強装備を作らせてもらう。勇者ルートの知識があれば、どこにレア素材があるか全部丸わかりだからな)
だが、それを聞いたセバスの瞳に、見たこともない奇妙な光が宿った。
「……なるほど。グラウス家の腐敗を嘆き、自ら悪鬼となって一族を浄化されるおつもりですか。そのために、まずは北の防衛を厚くすべく、身内を盾として配置なさると」
「えっ? いや、単に邪魔だから……」
「承知いたしました。このセバス、若様の『高潔なる覚悟』、しかと受け止めました。
今日より私の忠誠は、現当主ではなく、真の主君たるレオン様にのみ捧げます」
セバスは深々と頭を下げた。その背後から、凍り付くような凄まじい魔圧が溢れ出している。
「レオン様の覇道を邪魔するゴミ掃除は、この老いぼれにお任せください」
「……あ、ああ。頼むよ」
(……あれ? こいつ、こんなにやる気満々なキャラだったか?)
レオンは少し引いた。 だが、都合がいい。セバスの武力があれば、家督強奪も容易だ。
「よし、まずは山賊に占拠されている『忘却の炭鉱』を叩き潰すぞ。あそこには、将来的に勇者が手に入れるはずの『ミスリル銀』が眠っている。勇者に渡すくらいなら、全部剥ぎ取って俺の屋敷の食器にしてやる」
「……あえて勇者殿に試練を与え、同時に領地の資源を確保する。なんと深慮遠謀な……!」
こうして、世界一のクズが世界一の聖者(勘違い)へと成り上がる、略奪と誤解の物語が幕を開けた。




