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恋する二人の隠し事  作者: よしゆき


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3/3

後編






 目を覚ますと、ベッドに寝かされていた。

 そして目の前にはシルヴェストルがいる。彼はディアナに覆い被さっていた。手枷のように、彼の両手はディアナの両手首を掴んでベッドに押さえつけている。


「目が覚めたか、ディアナ」


 ギラギラとこちらを見下ろす彼の双眸は、まるで獲物を狙う肉食獣だ。

 彼のこんな顔を今まで見たことがなかった。昨夜から今まで知らなかった彼の姿ばかり見ている。


「シルヴェストル、さん……」

「昨夜、見たんだろ? 俺があの男が一緒にいるところを。ディアナの匂いがしたからな」


 獣人である彼には気づかれてもおかしくないのに、そんなことすら考えが及ばないほど自分は動揺していたのだとディアナは自覚する。


「会話も聞いていたのか? 俺が獣人だと知って、だから逃げようとしたのか?」

「ぃっ……」


 ギリ……と手首を掴む手に力が込められる。

 ディアナは痛みに顔を歪めた。今まで一度も彼に痛みを与えられたことなどなかった。それほどまでにディアナは彼を怒らせてしまったということだろう。


「怖くなったのか? 俺が獣人だから? お前も結局、他の人間と同じように俺を恐れるのか?」

「ち、が……ぃます……っ」

「違わないだろ! 現に俺が獣人だと知った途端、逃げ出したんだからなっ」


 シルヴェストルは激昂する。彼の瞳は怒りと悲しみで満ちていた。


「残念だったな。獣人は番と決めた者を逃がさない。今さら俺から離れようなんて絶対に許さない」

「きゃあっ……!?」


 シルヴェストルはディアナのブラウスの前を乱暴に開いた。ボタンが弾け飛ぶ。

 彼の手が、ディアナの肌に触れた。


「やっ、だめっ、やめてっ、やめてください……!!」


 必死に叫ぶが、シルヴェストルは手の動きを止めない。


「ははっ、そんなに嫌か? 獣人に触られるなんて汚らわしいって? お前は、その獣人の子供を産むんだ。孕ませて、俺から離れられないようにしてやる……!」


 ディアナは遂に涙を流し、声を上げた。


「私は、子供を産めません……!!」

「っ……え?」


 シルヴェストルはピタリと止まる。そして、涙を零すディアナの顔を見つめた。

 震える声でディアナは再び言った。


「私は、子供を産めない体なんです……っ」

「…………」

「昔、事故に遭って、その時に怪我を負ってしまったんです……。それが原因で……」

「…………」

「すみません、隠すつもりはなくて……いつかはちゃんと打ち明けるつもりでした……」


 まだ交際をはじめて一月だ。もう少ししてから、きちんと伝えようと考えていた。

 その事を知っても、シルヴェストルなら受け入れてくれると思っていた。変わらず、ディアナを好きでいてくれると。

 けれど、彼が獣人であるのなら話は変わってくる。きっと彼にとっては受け入れることなどできない事実だろう。

 ディアナは泣きながら謝った。


「ほ、本当に、ごめんなさい……こんなことなら、もっと早くに伝えるべきでした……」

「…………」

「この事を知ったら、きっとシルヴェストルさんに捨てられてしまうって、そう思って……それが怖くて、知られる前に逃げ出してしまいました……」


 泣きじゃくるディアナを、シルヴェストルは呆然と見下ろしていた。


「は……? 俺が……獣人だから、逃げたんじゃないのか……? 獣人が怖くて、逃げ出したんじゃ……」

「違います! 獣人は、子孫を残すことを何よりも重要だと考えているって、そう聞いたことがあります……」


 人間よりもずっと数の少ない獣人は、本能で子を孕ませることを第一に行動しているのだと。

 シルヴェストルだって子供を作ることを一番に望んでいるのだろう。しかしディアナは彼の望みを叶えることができない。


「だから、私が子供を産めないと、知れば……シルヴェストルさんは、もう、私に見向きもしなくなると、思って……」

「……俺が、怖くないのか……? 俺は、昨夜、あの男を……」


 シルヴェストルは愕然とした様子だった。

 獣人は恐れられるのが当たり前だと、彼は思っているのかもしれない。

 そんなことはないのだと伝えたくて、ディアナは素直な気持ちを口にする。


「シルヴェストルさんを怖いなんて、思いません。怖いのは、あの男性の方です。私、自分が狙われているなんて気づかなくて……シルヴェストルさんが助けてくれなければ、きっと殺されていました……。だから、ありがとうございます」

「そ、そんな……。でも、俺は逃げようとするお前を捕まえて、無理やり、自分に繋ぎ止めようとしたんだぞ……」

「驚きましたけど、怖いとは思わなかったです……。寧ろ、そこまでして私を離したくないと、そう思ってくれたんだとしたら、嬉しい、です……」

「…………」

「あっ、も、もちろん、シルヴェストルさんは私が子供を産めないことを知らなかったから……だから追いかけてきてくれたって、わかってます……」

「…………」

「本当に、ごめんなさい……。私が紛らわしいこと、したせいで、シルヴェストルさんに勘違いさせて……こんなことまでさせてしまって……。あの、だから……えっと……」


 ディアナは懸命に笑みを浮かべる。


「私は、シルヴェストルさんに相応しくありません……。シルヴェストルさんは、私じゃなくて、他の女性と幸せになってください……」


 別れの意味を込めてそう伝えれば、次の瞬間、ディアナは彼に思い切り抱き締められていた。


「っ、え、と、シルヴェストル、さん……?」

「ごめんっ、ディアナ、ごめん……っ」

「ど、どうしたんですか……?」

「何も知らずに酷いことしてごめんっ……。好きなんだ、ディアナが……俺は誰よりもディアナが好きなんだっ……だから、そんなこと言わないでくれ……っ」


 悲痛な声で訴えられ、ディアナは戸惑う。


「で、でも、私は……」

「俺はディアナがいてくれればそれでいい」


 シルヴェストルはきっぱりと言い切る。


「確かに獣人は、番を孕ませることに執着する。それは子孫を残すことを、人間よりも重大に思っているからだ。でもそれだけじゃなく、好きな相手を自分に縛り付けて離れられないようにするためなんだ」

「え……」

「俺は他の誰でもなく、ディアナと一緒にいたい。離れたくない。好きなんだ。愛してる。ディアナ、俺とずっと一緒にいてくれ」


 シルヴェストルは泣きそうな顔で、懇願する。


「ディアナ以外と幸せになんてなれない。ディアナと離れるなんて嫌だ」


 まるで子供が駄々をこねるような言い方が可愛くて、彼は真剣だというのにきゅんとときめいてしまう。また新たな一面を見れて嬉しくなる。


「私でいいんですか……?」

「ディアナじゃなきゃ嫌だ」


 即答され、思わず笑みが零れる。


「私も、シルヴェストルさんと一緒にいたいです。これからもずっと」

「ディアナ……」

「大好きです、シルヴェストルさん」


 まっすぐに伝えれば、途端に彼の顔は喜色に塗り替えられた。

 シルヴェストルはディアナの両手を取った。


「シルヴェストル、さん……?」

「さっき、痛かっただろう……? 強く掴んでしまって……」


 そう言って、ディアナの手首を優しく撫でる。


「ごめん、ディアナ、痛い思いさせて、怖がらせて、ごめん……っ」


 手首を強く掴まれベッドに押さえつけられたことを思い出す。

 確かに痛かったけれど、大したことはない。現にもう痛みなど全く残ってはいない。

 それなのに、彼は眉を下げ悲しげな顔で必死に謝っている。

 素直に反省し謝る彼が可愛くて、ディアナは大丈夫だと伝えるように微笑んだ。


「平気です、あれくらい。痛みなんてもうありません。それに、驚きはしたけど怖くなんてなかったですよ」

「ディアナ……」

「だから、そんなに謝らないで」

「……ごめん」

「ふふ。また謝ってますよ」

「あっ……」

「ふふふ……。シルヴェストルさん、叱られた子供みたいで可愛いです」


 成人した男性に可愛いなんて失礼だとと思いつつも、笑みが漏れてしまう。

 シルヴェストルは不可解な顔をしていた。


「可愛い? 俺が?」

「はい、可愛いです」

「ディアナの方が余程可愛いだろう?」


 心底真面目な口調で返されて、ディアナは顔を赤くする。嬉しいけれど、そんなにはっきり言われると恥ずかしい。

 真っ赤に染まるディアナの頬を見下ろし、シルヴェストルは愛しげに目を細める。


「ほら、ディアナの方がずっと可愛い」

「んっ……」


 シルヴェストルの舌が、ディアナの手首を舐めた。


「ひゃ、ん……ふふふっ、擽ったいです……」


 ペロペロと熱心にねぶられて、ディアナは笑い声を零した。

 笑いながら、いつの間にかディアナの目から涙が流れていた。

 気づいたシルヴェストルがギョッと目を見開く。おろおろと心配そうにディアナの様子を窺う。


「わ、悪い、痛かったか……っ?」

「違うんです……私、私……もう、シルヴェストルさんに、二度と触れてもらえないって、思ってたから……」


 彼が獣人だと知ったとき、自分は愛想を尽かされ見向きもされなくなってしまうのだと思っていた。


「だから、またこうして触れてもらって、シルヴェストルさんと笑い合うことができて……嬉しくて……っ」


 ぎゅうっと彼に抱きつく。

 すると更に強い力で抱き締め返された。


「ディアナ、好きだ。俺がお前を手放すことなんてない。俺にはお前だけだ」

「シルヴェストルさん……」

「愛してる、ディアナ……」

「私も、愛してます」


 ぴったりと体を重ね、二人は深く口づけ合う。






「あの……実は、シルヴェストルさんに、お願いがあるんです……」

「どうした、改まって」


 店の定休日の今日、シルヴェストルが家に来て二人で過ごしていた。

 先ほどまで一緒にアクセサリー作りをしていた。一段落終え、今度は二階へ移動しまったりと話をしていたのだが。

 ディアナはずっと、シルヴェストルに対して気になっていることがあった。不快な気持ちにさせてしまうのではないかとなかなか口に出せずにいたのだが、こうして気にしていることを隠し続けるのもよくないのではないか。そう思い、勇気を出してシルヴェストルに言ってみることにした。


「あのですね……獣人は、その……獣の耳と尻尾が生えているのだと、聞いたのですが……シルヴェストルさんも、生えているのでしょうか……?」

「ああ」

「そのっ、あの……もし、嫌じゃなければ……見せて、いただけたらと……」

「見たいのか?」

「あっ、嫌だったらいいんです!」

「別に嫌なわけじゃない……ただ、見ても気味が悪いだけだと思うぞ」

「そんなわけありません!!」


 ディアナは反射的に声を大にして否定した。

 あまりの勢いにシルヴェストルは目を丸くしている。


「あっ、す、すみません……。でも、気味が悪いなんて、そんなこと思ったりしません、絶対」


 力一杯断言すれば、シルヴェストルは照れたように頬を染める。


「っ……そ、そうか」


 はにかむ彼が可愛くて、ディアナの胸はきゅんきゅんした。「可愛い」は彼にとっては誉め言葉にはならないので口には出さず胸に秘めておく。


「でも、普段はどうしてるんですか? 耳も尻尾も、生えているようには全然見えないんですが……」


 尻尾はともかく、耳は帽子や布で隠さなければ丸見えになってしまうはずだ。けれどシルヴェストルは特に隠すこともなく頭部を晒したまま生活している。


「仕組みはよくわからないが、耳も尻尾も押し込めたら引っ込むんだ」

「ええっ……」

「ちょっとだけ残ってて、それを引っ張ったら出てくる」


 シルヴェストルはベッドに座り、見やすいように頭を下げる。


「ほら、ここに耳があるだろ」


 手を取られ、彼の頭に導かれる。髪を掻き分けると、ちょこんと飛び出す獣の耳の先端が見えた。ほんのちょっとなので、普段は完全に髪に隠れているのだ。


「これを引っ張ると……」


 シルヴェストルは両手で両耳をぐいっと上に引っ張る。するとぴょこん、と三角の獣の耳が飛び出した。


「こうやって出てくる」

「ほ、おぉぉー……」


 仕組みは全くわからないが、ディアナは感心し思わず手を叩く。

 シルヴェストルは同じ要領で尻尾も引っ張り出した。

 ピンと立った耳に、ふさふさの長い尻尾。

 それらが、好きな人に生えているのだ。ときめかずにはいられない。

 ディアナは恍惚とした顔で彼を見つめた。


「あ、あ、あ、あ、あのぉ……」

「なんだ?」

「ももももし、もし、もしっ、嫌じゃ、なければ、さ、触らせて、いただけたらと……思ったり……」

「別に嫌じゃない……」


 頬を染め顔を反らすシルヴェストルの尻尾がブンブンブンブンと激しく揺れていて、ディアナは痛いくらいに胸をきゅんきゅんさせられた。


「で、で、で、では、お言葉に甘えて、失礼いたします……!」


 ベッドに座るシルヴェストルの正面に立っているディアナは、彼の頭へ手を伸ばした。震える指で、そっと獣の耳に触れる。途端、フワッと柔らかな感触が伝わってきた。

 柔らかくて温かい。ディアナは虜となり、気づけば夢中でその感触を堪能していた。

 一体どれほど時間が過ぎたのか。ディアナは飽きることなく。彼の耳に触れていた。お互い向かい合う形でベッドに横になり、彼の頭を胸に抱えるようにして耳をふにふにし、頬擦りする。一生触っていたくなる、究極の癒しだ。ディアナはうっとりと目を細め、ぴくぴく揺れる耳に鼻を埋める。


「っ、ディアナ……まだ、触るのか……?」

「あっ、すみません、こんなにしつこく触られたら、嫌ですよね……?」

「別に、嫌なわけじゃない……」


 呟くような小さな返事は、彼の本心なのだろう。ディアナを気遣ってくれているわけではなく。

 だって、ディアナが触っている間、ずっと尻尾がブンブンブンブン動きっぱなしなのだ。今も揺れていて、ぱしぱしぱしぱしとひっきりなしにシーツを叩いている。尻尾も触りたいけれど、動いているのが可愛くて触れずにいる。

 自分に触られて、こんなに尻尾を振るほど喜んでいるのかと思うと嬉しくて堪らない。

 愛しさが込み上げ、ディアナはシルヴェストルの頭をぎゅうっと抱き締めた。


「っ、っ、ディアナ……っ」

「あっ、すみません、つい……きゃっ!?」


 慌てて離れようとするが、そのままベッドに押し倒された。

 顔を真っ赤にした彼がディアナを見下ろしている。


「し、シルヴェストル、さん……? ど、どうし……」

「ディアナ、散々俺のこと触ったよな?」

「え……?」

「だったら、俺も触ってもいいよな?」

「ひゃっ、だめっ、そんなとこ……っ」

「今度は俺の番だ。たっぷりディアナを堪能させてくれよ?」


 にんまりと微笑むシルヴェストルに、ディアナはひくりと頬を引きつらせた。

 それからディアナはたっぷり時間をかけ、体の隅々まで触られ舐められ甘噛みされた。

 その後ぐったりとベッドに横たわるディアナは、軽々しく触らせてほしいと頼んでしまったことをちょっぴり後悔した。







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