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恋する二人の隠し事  作者: よしゆき


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前編






 裏口のドアをノックする音が聞こえ、ディアナは作業する手を止めてそちらへ向かった。

 ドアを開けると、そこには見慣れた男らしく整った顔がある。見慣れたけれど、見るたびにドキドキしてしまう。


「こんばんは、シルヴェストルさん」

「こんばんは、ディアナ」


 笑顔で挨拶を交わし、シルヴェストルは両手に抱えた箱の中を見せてくれる。


「今日も色々採ってきたんです」

「本当ね。どうぞ、中に入ってください」


 ディアナは彼を作業部屋へと招き入れる。既に何度も繰り返されたやり取りだ。

 台の上に置いてもらい、箱の中身を物色する。

 中には鉱物などアクセサリー作りに必要な様々な材料が入っている。

 ここはディアナの店兼作業場兼住居だ。こじんまりとした二階建ての建物の一階の表側が店で奥が作業場で、二階が住居となっている。

 知り合いに格安で売ってもらい、この街に引っ越してきてから五年、ずっとここで暮らしてきた。

 細かな手作業が得意で物作りが趣味のディアナはアクセサリーを手作りし、販売している。

 ディアナの作るアクセサリーは繊細で美しいとそれなりに評判で、そこそこの売り上げを保っていた。

 アクセサリー作りに欠かせない材料を売ってくれるのがシルヴェストルだ。知り合いに紹介され、それからは材料はいつも彼から買っている。

 はじめて顔を合わせたとき、背が高く長い前髪から覗く瞳は鋭利で、彼のことを怖い人なのかと思い少し怯えてしまった。けれど話してみると優しく親切な人だった。

 銀色にも見える灰色の髪に、それに隠されるように見え隠れする双眸は琥珀色。目付きは鋭いが、笑うととても可愛いのだ。最初は笑顔など見せてもらえなかった。けれど接していくうちに、徐々に笑みを浮かべてくれるようになった。今では顔を合わせるだけで瞳を輝かせ綻ぶような笑顔を見せてくれる。

 はじめは事務的な必要最低限の言葉しか交わさなかった。話を振っても相槌しか返ってこなかった。けれど少しずつ、彼の方からも話しかけてくるようになって、二人の距離は確実に縮まっていった。

 そんな彼との交際がはじまったのは一月ほど前。彼に告白され、ディアナはそれを受け入れた。

 数日前、はじめてデートというものを経験したり、恋人としての楽しい時間を共有している。順調に二人の関係は深まっていると、ディアナはそう感じていた。


「シルヴェストルさん、この後用事がなければ、今日もご飯食べていってください」


 最初は緊張して、ご飯に誘うのも一苦労だった。二人分の食事を用意したのに結局誘えずに終わってしまったことも何度かあった。けれど今では、自然と誘えるようになっていた。

 シルヴェストルはわかりやすく喜色を浮かべる。


「ホントですか! 嬉しい、ありがとうございます!」


 そして誘えば、彼はこうして毎回素直に喜びをあらわにしてくれる。子供のような反応を見せてくれる彼が可愛くて、堪らなく愛しくなる。

 二人で二階に上がり、仕込みを済ませておいた料理を仕上げていく。シルヴェストルにも手伝ってもらいながら完成させ、それを二人で食べた。

 こんな風に彼と過ごす時間は穏やかで、とても幸せだった。

 談笑しながら食事を終え、食後のお茶とデザートも済ませると、触れるだけのキスを交わしシルヴェストルは家に帰っていく。

 付き合いはじめて一ヶ月。まだ清い交際だ。知り合ってからはもう数年経っているが、恋人になってからは一月しか経っていないのだ。もう少し一緒にいたいと思わなくもないが、焦らずゆっくり時間をかけて恋人としての仲を深めていくのもいいだろう。

 さすがに自分から泊まっていって下さいとは言えない。ご飯に誘うのとはわけが違う。だが、もしシルヴェストルに誘われたらいつでも受け入れるつもりでいた。心の準備はしっかりできている。

 そこは彼のペースでお任せしようと、特に不満も不安もなく交際は続いていた。






 その日、ディアナは早めに店を閉めて買い物に出掛けた。食料が尽きてしまったので色々と買っておかなくてはならない。


「ディアナちゃん、聞いたかい?」


 馴染みの八百屋で商品を見ていると、声をかけられた。この八百屋のおかみで、おしゃべりな彼女はこうしてよく客を話し相手にしている。


「聞いたって……何をですか?」


 きょとんと首を傾げるディアナに顔を寄せ、おかみは声を潜めて言った。


「事件だよ、事件。殺人事件」

「えっ……」

「ほら、先月も何人かやられただろ? 若い女ばかり狙うっていう事件。昨夜も一人殺されたらしいんだよ」

「そ、そうなんですか……?」

「可愛い女の子に乱暴した挙げ句殺しちまうなんて、人間のすることじゃない、きっと獣人の仕業に違いないよ!」


 おかみは決めつけるような口調で捲し立てる。

 獣人とは、人間とは違う種族のことだ。獣の耳と尾、鋭い牙と爪を持っている。

 獣人は人間よりも遥かに運動能力が高く、襲われればあっという間に殺されてしまう。しかし獣人の数は人間に比べ圧倒的に少なかった。獣人と人間との間で争いが起これば、根絶やしにされるのは獣人の方だ。だから彼らは獣人であることを隠し、人間に紛れ人間のように生活している。

 獣人は人間を殺すことを楽しむ残虐な生き物なのだと、多くの人間はそう思い込み獣人を恐れ嫌悪していた。

 けれど、実際に獣人についてわかっていることは少なく、その殆どが憶測に過ぎない。しかし確かなことがわからないからこそ、憶測は増長していった。

 人間が殺される事件が起きれば、獣人の仕業だと頭から決めてかかる。そうして獣人の噂はどんどん悪い方へと広がっていった。噂を信じ、勝手に獣人を恐れ憎悪する。

 大多数の人間は獣人を悪として認識しているが、ディアナは違った。

 というのも、ディアナの祖母が獣人と関わったことがあり、その時の話をよく聞かせてもらっていたからだ。

 祖母は幼い頃、足を滑らせ池で溺れた。その時、助けてくれたのが獣人なのだという。泣きじゃくる祖母を慰め、優しい言葉をかけてくれたのだと。

 祖母は何度もディアナに言って聞かせた。良い人間がいれば、悪い人間もいる。獣人も同じで、獣人だからというだけで悪と決めつけてはいけない、と。

 そう祖母に教えられ育ったディアナは、獣人を恐ろしいと思ったことはなかった。


「ほんっと、恐ろしいよ。獣人がこの街に隠れて、人間のフリしてのうのうと生活してるのかと思うとさ」


 おかみは自身の体を抱き締め身震いする。

 ディアナのような考えを持った人間は少なく、おかみのような反応が当たり前とされていた。


「物騒だから、ディアナちゃんも夜は一人で出歩いたりするんじゃないよ。必ず彼氏に送ってもらうんだからね?」

「は、はい。そうします」


 おかみはディアナとシルヴェストルの関係を知っている。というか、教えるまでもなくバレたのだ。「彼氏」という言葉に慣れていなくて、ディアナは顔を俯けはにかむ。そんなディアナをおかみは「初々しいわねぇ」と微笑ましそうに見つめていた。

 犯人が獣人であるかどうかはわからないが、殺人が起きているのは事実だ。しっかり警戒はするべきだろう。

 ディアナは早めに買い物を済ませ、日が落ちる前に家に帰った。






 ディアナの店は基本的にディアナ一人で切り盛りしている。午前中から夕方まで販売を行い、定休日や店を閉めたあとに製造作業をする。

 営業日の午前である今、ディアナは店に立っていた。

 ちょうど客足が途絶え、ディアナは奥から在庫を持ってきてそれを並べたり、並べられているアクセサリーの配置を変えたりということをしていた。

 ドアの開く音が聞こえ、振り返る。


「いらっしゃいませ」


 入ってきたのは、一人の男性だった。衣服を着崩し、軽薄そうな外見の若い男だ。ディアナの店で取り扱うアクセサリーを好んで身につけるようにはとても見えない。恋人へのプレゼントとかならわかるが。


「どうぞ、ごゆっくりご覧ください」


 頭を下げてその場を離れようとしたら、手首を掴まれ引き止められた。


「君、可愛いね。この店で働いてんの? てか君みたいな可愛い子がこの街にいたなんてなー。なんで今まで気づけなかったんだろ」

「えっ、あ、あの……」

「あ、この店が小さくて見つけにくいからか! 場所が悪いよね、この店。君みたいな可愛い子がこんな店で働いてるなんてもったいないよ、表通りのもっと大きな店で働いた方が絶対いいって!」


 物凄く失礼なことをペラペラと一方的に言われ、ディアナは反応に困る。


「それにしても可愛いね。名前は? あ、俺はゾルターンっていうんだ。ねえ、名前教えてよ」

「ディアナ、です……」

「ディアナちゃんかー。ね、これから俺とデートしない? 店番なんてしなくても大丈夫でしょ、お客、全然入ってないみたいだし」


 ぐいっと手首を引っ張られ、ディアナは懸命に足を踏ん張る。


「こ、困ります。ここ、私の店なんです。まだ閉店時間じゃありませんから……」

「えっ、ここディアナちゃんの店なの? じゃあ、もう店仕舞いしちゃおうよ。あ、なんなら俺が商品何個か買ってあげようか? それで充分でしょ」

「やっ、こ、困りますっ、本当に……っ」

「でさ、一緒に表通りの店に行こうよ。そこでディアナちゃんに似合うアクセサリー買ってあげるからさ。向こうの店の方が品揃えも多いし、ディアナちゃんが気に入るようなアクセサリーたくさんあるよ。ね、だから一緒に行こ」

「私、行けません、は、離して、ください……っ」


 ゾルターンはディアナの言葉など無視して強引に店の外へ連れ出そうとする。

 こんなことははじめてで、どうすればいいのかわからない。不安に押し潰されそうになった時、店のドアが開く音が聞こえた。

 そう思った次の瞬間には、手首を掴む男の手は離れていた。


「彼女に何をしている?」


 聞き慣れた、けれどいつもよりもずっと低い声が耳に入る。

 いつの間にかすぐそこにシルヴェストルが立っていて、彼がゾルターンの手を引き剥がしてくれたのだとわかった。


「ちょ、なんだよアンタ、急に入ってきて。邪魔すんなよ、俺はこれからディアナちゃんとデートするんだから」

「あ?」


 シルヴェストルの纏う空気が一気に冷たく鋭いものになる。

 彼の気迫に当てられたようにゾルターンは鼻白んだ。


「な、なんだよ、別にアンタに関係ないだろ……っ」

「関係ある。俺は彼女の恋人だ」

「は、ぁあ? なに、カレシ持ちだったのかよ」


 ゾルターンは先程とは一変、ディアナに向かって吐き捨てるように悪態をつく。


「だったら早く言えってーの。なに? 俺にナンパされて嬉しくなっちゃったとか? はっ、ブスだから普段ナンパなんかされないだろうしね」


 その時、ザワッ……と空気が変わった。

 寒気を感じ、ディアナの腕に鳥肌が立つ。

 そのゾッとするような空気を放っているのはシルヴェストルだった。

 ディアナを庇うように背を向けて立っている彼の顔はこちらからは見えなかったけれど、彼の顔を見るゾルターンの表情は明らかに怯えていた。


「な、なんだよ、あーあマジ萎えたっ……」


 顔を蒼白にしながらも虚勢を張り、ゾルターンは足早に店から出ていった。

 姿が見えなくなり、シルヴェストルが振り返る。彼は心配そうに顔を曇らせていた。張り詰めていた空気も緩んだ。


「ディアナ、大丈夫でしたか? 何もされてない?」

「は、はいっ、私は大丈夫です。シルヴェストルさんが来てくれて助かりました」


 いつもと変わらぬ彼の様子に、ディアナもホッと肩の力を抜く。


「私、どうしていいのかわからなくなってしまって……だから、シルヴェストルさんが助けてくれて嬉しかったです」


 笑顔で素直な気持ちを伝えれば、シルヴェストルは照れたように頬を染める。


「そ、それなら、よかった、です……」


 互いに顔を見つめ微笑み合う。


「あの、もうお昼ですし休憩しませんか? ディアナと一緒に食べようと思ってサンドウィッチを買ってきたんです」


 シルヴェストルは持っていた紙袋を持ち上げる。どうやらお昼に誘うために来てくれたようだ。

 ディアナは迷わず頷いた。

 奥へ移動して一緒にサンドイッチを食べる。


「そうだ、ディアナ、時間のある時に俺にアクセサリーの作り方を教えてくれませんか?」


 そうシルヴェストルに言われ、ディアナは少し驚いた。

 以前、ディアナがアクセサリーを作っているところを見ていたシルヴェストルは、「そんな繊細な作業、俺にはとてもできそうもありません」と言っていたのだ。


「もちろん、いいですけど……」


 どうして急に? というディアナの疑問を察し、シルヴェストルははにかむ。


「あ、えっと、その……俺の作ったアクセサリーを、ディアナに、身につけて、ほしくて……」


 たどたどしく理由を口にする彼は、頬だけでなく耳まで赤くしていた。

 ディアナはときめきに胸がきゅんと締め付けられる。


「あっ、いや、あの、たぶん、きっと、ディアナのように綺麗なものは作れないだろうし、というか不恰好なものになってしまう可能性の方が高いんだけど……」

「嬉しいです! 欲しいです、是非!」


 ディアナは身を乗り出し力一杯主張する。

 その勢いにシルヴェストルはビクッと肩を竦めた。


「そ、そうか……?」

「はいっ!」


 こくこくと何度も頷くディアナにシルヴェストルは苦笑を浮かべる。


「それなら、私も作ります。シルヴェストルさんの為だけのアクセサリーを」

「えっ……」

「お互いに作って、それを交換することにしましょう」

「いや、だが、俺にはディアナと交換できるようなレベルのものは作れないですよ……?」

「大切なのは気持ちですよ! 私にとってはシルヴェストルさんが作ってくれたことに意味があるんです!」

「ディアナが、そう言ってくれるのなら……」

「はい。これからずっと身に付けていられるように、頑丈なものがいいです」


 にっこり微笑んでそう言えば、シルヴェストルは表情を緩めた。


「ふ……。そうですね。ではディアナも、とびきり頑丈なものをお願いします」


 嬉しそうにくしゃりと笑う。

 シルヴェストルのその笑顔に胸がきゅんきゅんした。

 滅多に笑わない彼のこんな笑顔を見れる者は殆どいないのだろう。

 そう考えると自分は彼の特別な存在なのだと思えて、堪らなく幸せな気持ちになった。










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