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ネクロマンサー

中野の廃ビルを後にして、

レンとひよりは静まり返った街を歩いていた。


昼のゾンビたちは相変わらず微動だにしない。

まるで時間が止まったかのように立ち尽くし、

風が紙袋を転がす音だけが響く。


しばらく歩いたところで、

ひよりが恐る恐る口を開いた。


「そ、その……自己紹介、まだでしたよね……」


レンは横目で見る。


「……ああ。」


「北川ひよりです。

 れんさん、よろしくお願いします。」


「レンだ。」


ひよりは小さく笑った。

少しだけ緊張が解けた顔だった。


住宅街に入った頃、

レンは足を止めた。


「ひより。」


「はい、れんさん。」


「同行するなら……

 ひとつ伝えておいたほうがいいことがある。」


ひよりの表情が固くなる。


レンは腰の剣に手を添えた。


「俺は……魔法が使える。」


ひよりの目が見開かれた。


「ま、魔法……?」


「異世界で覚えた。

 ただし——」


剣を少し持ち上げる。


「魔法はこの剣を通さないと使えない。

 直接は何も出せない。」


ひよりは驚きつつも、真剣に頷いた。


「……さっきのやつとかもそうなの?」


レンは視線をそらした。


「隠しても仕方ない。

 連れて歩くなら、情報は揃えておくべきだ。」



「ひより、ひとつ聞くが。」


「はい、れんさん。」


「お前がいたコロニー……

 バリケードが妙に厳重だったな。」


ひよりは少し驚いたように返す。


「え? あれくらい普通ですよ。

 バリケードがないと、ゾンビがビルの中に入ってきちゃいますし。」


レンは歩みを止めた。


「……ゾンビがビルに“入ってくる”のか。」


「はい。昼は動きが遅いですけど、侵入くらいは全然。

 私、何度も追われましたから。」


レンは黙り込んだ。


(……おかしい。)


昨夜のビルでは扉が開いていたのに、

ゾンビは内部へ一歩も踏み込まなかった。


まるで——

入ってこないように制御されていた

かのように。


ひよりが不安げに覗き込む。


「れんさん……?」


レンは視線を前へ向けたまま言った。


「俺が見たゾンビは……

 一度も中に入ろうとしなかった。」


ひよりは目を見開いた。


「気分じゃないですか?ゾンビの」


「…」


「ごめんなさい」


風がビルの隙間を抜けた。


(やはり——

 誰かが、俺を監視するために“止めていた”……?

 人工のやつ……あれを操っている誰かが。)



「れんさん……

 なにがどうなってるの…?」


「操作されている可能性が高い。」


「えっ?」


「お前が気にすることじゃない」



レンは歩き出した。


(問題は“どこから”操作されているかだ。)



レンは何の迷いもなく言った。


「……新宿だな。」


「し、新宿……」


「お前の情報だと、ももりんが向かっていたのも新宿。

 それに大規模なコロニーがあるんだろう?

 人工ゾンビの主、もしくわゾンビを操作してる奴が潜んでいるなら……あそこだ。」


ひよりの表情に、恐怖と希望がゆっくり混ざっていく。


レンは短く言った。


「向かう理由は充分だ。」






——その頃。

新宿・歌舞伎町。


ビルの屋上にひとりの男が立っていた。


黒いローブが風に揺れ、

男の視線の先では

大量のゾンビが道路の中央で不気味に静止している。


その中心に立つ“人工ゾンビ”の頭部には、

黒い石が埋め込まれていた。


男は低く呟いた。


「……またひとり、帰還者が動いたようだな。」


男の脳裏には、

人工ゾンビの視界から送られてくる映像が投影されていた。


ビルの上を風に乗って飛ぶ男。

腰に下げた一本の剣。


ローブの袖から淡い光が溢れる。


「風属性……剣の媒介……

 興味深いタイプだ。」


男が指先をわずかに動かす。


新宿一帯のゾンビたちの瞳が、

同時にぼうっと光を宿した。


命令に備えた“起動”の光。


男は静かに命じる。


「監視強度を上げろ。

 ——帰還者がこちらへ向かっている。」


人工ゾンビが無言で頷く。


男は背を向け、非常扉へ消えていった。


「歓迎しよう。

 風使い。」


街は再び沈黙に包まれた。

ただしその沈黙は、確かに“誰かの意志”によって保たれていた。




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