コロニーの王
少女の案内で、レンは雑居ビル群を抜け、
ひときわ古びた廃ビルの前に立っていた。
入口には鉄パイプで組んだ柵があり、
門番らしき男が二人、だらしなく座っていた。
少女を見るなり、一人が声を荒げる。
「戻ったのか。で、そいつ誰だよ。」
少女は答えに詰まった。
レンが代わりに言う。
「道を聞きたいだけだ。」
男はレンの腰の剣を見て、あからさまに笑った。
「なんだよこれ! おもちゃか?
ダセぇなあ。武器なんて持ち込み禁止だぞ。」
もう一人が剣に手を伸ばす。
「没収な。危ねえから置いてけよ。」
レンは剣から手を離さず、静かに言った。
「触るな。」
声量は低いのに、妙な圧があった。
門番は理由もわからず後ずさった。
少女はレンの袖をぎゅっと掴んでいた。
その細い指は震えている。
⸻
内部は薄暗く、湿った空気が滞留していた。
焚き火を囲む生存者たちは、誰一人として顔を上げない。
案内された奥の部屋には、
場違いなくらい立派な椅子があった。
その上に痩せた男が座っている。
派手なコートに、腰のピストル。
このコロニーの“王”だ。
男はレンを見た。
「外から来たならまず俺に挨拶だろ。
ここは俺が作った安全地帯だ。
従うか、出ていくか好きに選べ。」
少女がレンの背に隠れる。
男は続けた。
「ただし出ていくなら、その剣は没収な。」
レンは淡々と返した。
「人を探してるだけだ。
情報があれば、それだけでいい。」
男の眉がつり上がる。
「なんだ、その態度は。」
男はピストルを抜き、
レンの額に押し付けた。
少女が小さく悲鳴を上げた。
「ここでは俺が法律だ。
情報が欲しければ土下座でもしてみろよ。」
レンは動かない。
表情も変えない。
「……好きにしろ。」
男は怒りで顔を歪め、引き金を引いた。
乾いた銃声が部屋に響く。
その瞬間、
レンの足元で風がわずかに揺れた。
光にならない程度の微弱な魔力。
弾丸はレンの身体を避けるように
明後日の方向へ逸れ、壁にめり込む。
男は目を見開いた。
「……あれ?」
二発目。
三発目。
全て当たらない。
門番たちは腰を抜かし、
少女は口元を押さえて震える。
弾が尽きた。
沈黙。
レンはゆっくり歩み寄り、
男の胸ぐらを掴んだ。
「終わったか。」
男は震えたまま頷くしかなかった。
レンは冷たく問いかける。
「聞きたいのは一つだ。
ももりんを見たやつがいるか。」
男は泣きそうな声で返した。
「し、知らねぇよ……!
アイドルだろ? 知るわけねぇ……!」
(……だろうな。)
レンは男を放り、踵を返した。
⸻
ビルを出たところで、
少女が息を切らしながら追いかけてきた。
「……あなた。
ももりん、探してるの?」
「え、ああ。」
少女は胸元をぎゅっと握りしめて言った。
「わ、私……
ももりんが“向かってる”って聞いたの、
もっと北の、新宿のほうだよ。」
レンの足が止まる。
少女は続けた。
「スマホが使えてたころ……
桃農家の情報通の子とずっと連絡してて……
(桃農家とはももりんのファンネーム)
“ももりん、新宿入り”って聞いて……
その途中で、通信が全部止まっちゃって……
ゾンビに囲まれて逃げて……
気づいたらこのコロニーに迷い込んでたの……」
レンは静かに少女を見る。
少女は震えながら言った。
「だから……
ももりんは“この先”に向かってたの。
それを知ってるのは、私だけ。」
レンの表情が、わずかに動く。
少女は最後のカードを切った。
「ももりんが“最後に何て言ってたか”……
知りたいよね?
その情報……今持ってるの、私だけだよ。」
——沈黙。
少女は涙を浮かべながら言った。
「……だから。
私も連れて行って。」
レンはしばらく少女を見つめ、
やがてふっとため息をついた。
「足手まといはいらないんだが。」
少女はうつむいた。
レンは歩み寄り、少女の肩を軽く叩いた。
「……分かった。
勝手にしろ。
ただし、食い物とかは自分で確保しろよ。」
少女はぱっと顔を明るくし、
今にも泣き出しそうな笑顔で言った。
「ありがとう……!
桃農家は……推しを裏切らないから!」
二人は中野の廃ビルを出て、
新宿へ向けて歩き出した。
遠くで、人工ゾンビの気配がじわりと揺れた。




