3人で
レンの左手が、爆ぜるように燃え上がった。
グローブの縫い目から、橙色の炎と白い衝撃波が同時に漏れる。
焔の中で、空気そのものがきしんだ。
「……マジで燃えたし」
ビビが、素で引いた声を出す。
召喚屋は、逆に楽しそうに口笛を鳴らした。
「おもろい男やわ、ほんま」
「たっぷり遊ぼうぜ、召喚屋」
レンが左手を軽く振る。
炎が尾を引いて白い床をなめ、ぱち、と火花と一緒に耳を打つ“音”が飛んだ。
鼓膜を指で弾かれたみたいな、不快な衝撃。
「うっ……!」
ひよりが思わず耳を押さえる。
その肩のあたりで、風の精霊ルーチェが眉をひそめた。
「ちょっとレン、こっちまで響いてるんだけど!」
「悪い。まだ慣れてねぇ」
レンは片目を細めたまま、正面の召喚屋から視線を外さない。
左手の魔力が、剣とは違う経路で身体の中を巡っていく。
それだけで、全身の感覚が少しずつ塗り替えられていく。
その一瞬の隙を、召喚屋は見逃さなかった。
「ほな、景気づけや」
ローブの裾が揺れる。
白い床に、黒い染みがいくつも浮かんだ。
穴から、獣の脚と鳥の翼、腐った腕と骨ばった尻尾が這い出してくる。
肉と骨が、歪んだパズルみたいに組み合わさっていく。
三体分、すでに立ち上がっていたキメラの隣に——四体、五体、六体目。
「ちょっ、増やしすぎじゃ——」
「ビビ」
召喚屋が短く名前を呼ぶ。
「はいはーい、“おかわり”タイムね」
ビビがぶ厚いブーツのかかとを鳴らす。
足元に現れた光のリングが、キメラの影をなぞった。
影が膨らみ、肉と骨と皮膚がそこに“コピー”されていく。
同じシルエットが、ぷつぷつ増えていく。
ひよりは、数えるのをやめた。
(多すぎる……!)
白い空間の半分が、キメラで埋まる。
ぐちゃぐちゃな脚が床を鳴らし、複数の喉が意味のない唸り声を漏らした。
「ひより、青年」
レンが短く呼ぶ。
「ルーチェと一緒に、キメラ側を頼む」
ひよりの肩の上で、ルーチェがくるりと一回転した。
「はいはい、こっちは任されました〜」
「はい!」
「わ、わかりました!」
ひよりは、軽く右手を握る。
手の甲に滲む紺色のマークが、心臓の鼓動に合わせて微かに光った。
——あのときのことを思い出す。
* * *
桃農家たちのビル、作戦会議の夜。
屋上の隅で、レンとひよりは向かい合って座っていた。
ひよりの左手首の内側から、紺色の印がじわじわと右手の甲へ広がりはじめていた頃。
「いいか、ひより」
レンが、ひよりの右手をとる。
「そのマークは、俺の“風の魔力”の線が、ちょっとだけ漏れてる状態だ」
「……漏れてるんですか、これ」
「雑に言うとそう。
蛇口をひねれば、少しだけ外に出せる」
「出した風で、私でも戦えます?」
「うまくやればな。ただし——」
レンは、ひよりの指を一本一本ひらかせた。
「“殴る”んじゃなくて、“押す”イメージだ。
掌の真ん中から、前に空気を押し出す。指先じゃなくて、この印のところから」
ひよりは、真剣に頷く。
「やってみます」
「全力はまだダメ。
最初は、肩の力を抜いて——“息を吐く”くらいの感覚で出せ」
「……はい」
すぐ横で、ルーチェがくすくす笑っていた。
「そうそう。それと、戦闘中はあたしが横で見ててあげるから」
「ルーチェ先生……」
「ちゃんとレンの代わりに怒るから安心しなさい」
「安心ポイントそこなんですか!?」
ひよりが突っ込み、レンが小さく笑った。
* * *
今は、笑っている場合ではない。
白い空間の中で、キメラの群れがうねった。
「ひより、息吸って、吐くみたいに」
右肩の横で、ルーチェが小さく囁く。
「指先じゃなくて、マークのとこ。
“ここから前に押す”って、イメージだけ合わせて」
「……はい!」
ひよりは息を吸い、右足を一歩前に出した。
目の前に、キメラが突っ込んでくる。
腕を振り下ろすんじゃない。
手のひらを、ただ前に突き出す——みたいに。
「——っ!」
マークが、一瞬だけ強く光る。
右手の前の空間が、ぎゅっと歪んだ。
バンッ、と見えない壁が弾けるような音がする。
キメラの頭部が、目に見えない何かにぶつかって横に弾かれた。
前脚がもつれ、そのまま床に叩きつけられる。
「っ、今の……!」
「ナイス! ちゃんと出てる!」
ルーチェがわぁっと拍手した。
「ほら、どんどん覚えなさい!」
別のキメラが、横からひよりを狙ってくる。
「右!」
叫んだのは、青年だ。
青年の足元には、細い風の帯がまとわりついている。
ルーチェが事前にまいておいた“レール”だ。
風のレールを蹴って、青年が横へ滑るように動く。
ひよりの死角にいたキメラの焦点が、わずかに青年の方へ向いた。
青年の頭の中に、別の視界が一瞬だけ重なる。
ルーチェが共有してくる“俯瞰の目”。
(ここで倒れたら、あっちのキメラとぶつかる——)
「こっちだ!」
青年はギリギリで前に出ない。
風に身を預けるようにバックステップし、距離だけを取る。
その瞬間、ひよりが二撃目を打ち込んだ。
「——っ!」
右手を斜め上に突き上げる。
マークから、さっきより細い“突風”が伸びた。
キメラの背中を斜めに撫でるように走り、バランスを上にすっ飛ばす。
床から足が離れたところに、さらにルーチェの風が横からぶつかった。
「おりゃっ!」
風の精霊が、ノリノリで補助を入れる。
宙に浮いたキメラ二体が、ぎちぎちと絡まりながら床に落ちた。
「……できてる……私、ちゃんと……!」
ひよりは、自分の右手を見つめる。
マークは、まだじんじんするけれど——痛くはない。
「調子に乗って出しすぎないでね」
ルーチェが横目で釘を刺す。
「ひよりの体力と魔力も、ちゃんと減ってるから。
“押す”力は、いまくらいの強さをキープして」
「わかりました!」
青年が、小さく笑った。
「……なんか、俺が一番地味じゃないです?」
「山田さんが距離を取ってくれてるから、私、周り気にせず前だけ見れてます!」
「そうそう」
ルーチェも頷く。
「あんた、視界共有の相性いいのよ。
“当たらないライン”を直感で見つけるの、けっこう才能よ」
「マジですか……?」
「マジ」
青年は少し照れながらも再び風のレールに足を乗せた。
「じゃあ俺は俺で、“当たらないギリギリ”続けます」
「それでいい」
ひよりは、右手を構え直す。
キメラがまた一体、突っ込んでくる。
「来なさい!」
掌から、風が前へ押し出される。
——レンの風とは違う。
もっと荒くて、ところどころ抜けている。
でも、それでも。
(ちゃんと届いてる……!)
キメラの動きが、ひよりの前で止められる。
その横から、ルーチェの風の刃が足元を切った。
バランスを崩したところに、青年の蹴りが関節を砕く。
「一本!」
「今のは綺麗に決まったわね!」
3人の連携が、少しずつ形になっていく。




